白い花の咲く頃
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「白い花の咲く頃」 | ||||
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岡本敦郎 の シングル | ||||
B面 | 君知りそめて | |||
リリース | ||||
規格 | SP盤(78回転盤) | |||
ジャンル | 歌謡曲(流行歌) | |||
レーベル | 日本コロムビア | |||
作詞・作曲 |
寺尾智沙(作詞) 田村しげる(作曲) | |||
岡本敦郎 シングル 年表 | ||||
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「白い花の咲く頃」(しろいはなのさくころ)は、寺尾智沙が作詞し、その夫である田村しげるが作曲した歌謡曲で、1950年に岡本敦郎の歌唱によりNHKラジオ第1放送の『ラジオ歌謡』で紹介されてヒット作となった[1]。岡本は、この曲のヒットによって広く知られるようになり、この曲は岡本の代表曲のひとつとされている[2]。
初のテレビ放送となった1953年12月31日の第4回NHK紅白歌合戦で、岡本はこの曲を歌った[3]。
おもなカバー
[編集]水原弘は、1961年12月にこの曲をA面としたシングルをリリースした。倍賞千恵子は、1972年にこの曲をA面としたシングルをリリースした。
また、岡本敦郎の歌唱を集めたコンピレーション・アルバム以外にも、他の歌手によるこの曲のカバーを収録したアルバムは多く、中にはアルバム名にこの曲名も掲げている例もある。
- 白い花の咲くころ (菅原洋一のアルバム) - 菅原洋一の1969年のアルバム(このアルバムでは「頃」ではなく「ころ」と表記されている)[4]
- 白い花の咲く頃 (鮫島有美子のアルバム) - 「日本抒情歌集2」とサブタイトルが付けられた鮫島有美子の2003年のアルバム[5]。
石原詢子は2013年10月23日リリースのアルバム『我がこころの愛唱歌〜夢と希望に満ちてたあの時代〜』、2014年11月10日リリースのCD-BOX『石原詢子 時代のうた』にて同曲をカバーした。このほか、三橋美智也、石原裕次郎、都はるみ、小柳ルミ子、椎名林檎などによるカバーが知られている。
大衆文化の中で
[編集]スタジオジブリによる2011年のアニメ映画『コクリコ坂から』は、1963年の横浜が舞台となっているが、作中で高校生たちが「白い花の咲く頃」を斉唱する場面が描かれており、その当時この曲が広く知られていたことを表している[6]。
同名異曲
[編集]シンガーソングライターの村下孝蔵が、1987年のシングル「陽だまり」のB面に入れ、アルバム『陽だまり』にも収録した「白い花の咲く頃」は、村下が作詞・作曲したもので、まったく異なる曲である。
脚注
[編集]- ^ 二木紘三 (2007年8月27日). “二木紘三のうた物語 / 白い花の咲く頃”. 二木紘三. 2020年8月21日閲覧。
- ^ “2017年 イベントの様子 / 平成29年8月5日(土) 午後2時30分~「レコードディレクター半世紀(6)」~昭和歌謡のうらおもて~”. 金沢蓄音器館. 2020年8月21日閲覧。 “5曲目の「白い花の咲く頃」は、森さんが「岡本敦郎といえばこの曲ですね」と言われるほど大ヒットした曲です。この曲が大ヒットする昭和25年までは、岡本は歌手としては不遇の時代を過ごすことになります。”
- ^ “紅白歌合戦ヒストリー 第4回(1953年/昭和28年)”. 日本放送協会. 2020年8月21日閲覧。
- ^ 菅原洋一* – 白い花の咲くころ - Discogs
- ^ “鮫島有美子白い花の咲く頃〜日本抒情歌集・第2集”. 日本コロムビア. 2020年8月21日閲覧。
- ^ “映画スクエア 音楽・歌・ダンス コクリコ坂から 白い花の咲く頃”. SINGLELINE.LLC. 2020年8月21日閲覧。