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芝ヶ原古墳

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芝ヶ原古墳群から転送)
芝ヶ原古墳

墳丘
(右に後方部・くびれ部、左の道路部分に前方部欠失部)
別名 芝ケ原古墳/芝ヶ原12号墳
所属 久津川古墳群(芝ヶ原古墳群)
所在地 京都府城陽市寺田大谷
位置 北緯34度51分45.89秒 東経135度47分0.81秒 / 北緯34.8627472度 東経135.7835583度 / 34.8627472; 135.7835583座標: 北緯34度51分45.89秒 東経135度47分0.81秒 / 北緯34.8627472度 東経135.7835583度 / 34.8627472; 135.7835583
形状 前方後方墳
埋葬施設 組合式木棺直葬
出土品 副葬品多数・庄内式土器
築造時期 3世紀中頃
史跡 国の史跡「芝ヶ原古墳」
有形文化財 出土品(国の重要文化財
地図
芝ヶ原古墳の位置(京都府内)
芝ヶ原古墳
芝ヶ原古墳
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芝ヶ原古墳(しばがはらこふん、芝ケ原古墳/芝ヶ原12号墳)は、京都府城陽市寺田大谷にある古墳。形状は前方後方墳久津川古墳群(うち芝ヶ原古墳群)を構成する古墳の1つ。国の史跡に指定され、出土品は国の重要文化財に指定されている。

概要

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京都府南部、城陽市北部の丘陵上に築造された古墳である[1]。一帯では久津川車塚古墳を始めとする久津川古墳群が分布し、その支群の芝ヶ原古墳群を構成する古墳の1つ(芝ヶ原12号墳)になる[2]1986年昭和61年)に宅地開発に先立つ発掘調査が実施され[1]、現在は史跡公園として整備されている。

墳形は前方後方形であるが、前方部は現在までに削平されている(残存長は21メートル)[1]。墳丘の段築は認められておらず、墳丘外表で葺石は認められていない[1]。また墳丘周囲には周溝が巡らされる[1]。埋葬施設は組合式木棺の直葬で、木棺は長さ3メートル・幅0.8メートル[2]、木棺を埋納した土壙は長さ4.7メートル・幅2.5メートルを測る[1]。木棺内からは、銅鏡・銅釧・玉など多数の副葬品が検出されており[1]、特に銅釧の出土は類例のない珍しい例になる[3]

築造時期は、古墳時代初頭の3世紀中頃[3](または3世紀前半頃[4])の築造と推定される。南山城地方では椿井大塚山古墳に先行し、当時としては一帯で最有力の首長墓の1つに位置づけられる[1]

古墳域は1989年平成元年)に国の史跡に指定され[5]、出土品は1990年(平成2年)に国の重要文化財に指定されている[6]。なお、2016年(平成28年)には久津川車塚古墳などの古墳4基を包括する国の史跡「久津川古墳群」が指定されたが[7][8]、本古墳はこれには含まれていない。

遺跡歴

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墳丘

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後方部墳丘

墳丘の規模は次の通り[2]

  • 後方部
    • 南北:21メートル
    • 東西:19メートル
  • 前方部
    • 長さ:約3.5メートル
  • くびれ部
    • 幅:11.6メートル

出土品

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四獣鏡
城陽市歴史民俗資料館(五里ごり館)展示(他画像も同様)。
銅釧

木棺内の調査で検出された主な副葬品は次の通り(いずれも北小口付近から出土)[1][2]

  • 四獣形鏡 1面 - 仿製鏡で、直径12センチメートル。
  • 銅釧 2点 - 同笵。
  • 硬玉製勾玉 8点
  • 碧玉製管玉 187点
  • ガラス製小玉 1,276点
  • ヤリガンナ 1点

以上のほか、墓壙上面の礫敷からは供献土器片として二重口縁壺4点・高坏1点などの庄内式土器が出土している[1][2]。これらの出土品は国の重要文化財に指定され、現在は城陽市歴史民俗資料館(五里ごり館)に保管されている[3]

文化財

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重要文化財(国指定)

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  • 京都府芝ケ原古墳出土品 一括(考古資料) - 内訳は後出。城陽市歴史民俗資料館保管。1990年(平成2年)6月29日指定[6]
国の重要文化財「京都府芝ケ原古墳出土品」の明細
  • 銅釧 2箇
  • 四獣鏡 1面
  • 玉類
    • 硬玉勾玉 8箇
    • 碧玉管玉 187箇
    • ガラス小玉 残欠共 一括
  • 鉄鉇 1本
  • 鉄針残欠 一括
  • 鉄鏃残欠 1本
  • 土師器残欠 一括
  • (附指定)土師器残欠・埴輪残欠 一括

国の史跡

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  • 芝ヶ原古墳 - 1989年(平成元年)9月6日指定、2012年(平成24年)1月24日に史跡範囲の追加指定[5]

関連施設

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  • 城陽市歴史民俗資料館(五里ごり館)(城陽市寺田今堀) - 芝ヶ原古墳の出土品等を保管・展示。

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 京都府埋蔵文化財情報 第104号 2007, pp. 36–37.
  2. ^ a b c d e 芝ヶ原古墳(国指定史跡).
  3. ^ a b c 国指定の史跡・重要文化財 > 芝ケ原古墳(城陽市観光協会)。
  4. ^ 史跡 芝ヶ原古墳(城陽市教育委員会)。
  5. ^ a b c d e 芝ヶ原古墳 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  6. ^ a b c 京都府芝ケ原古墳出土品 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  7. ^ 「史跡等の指定等について」 (PDF) (文化庁記者発表、2016年6月17日)。
  8. ^ 平成28年10月3日文部科学省告示第144号。

参考文献

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(記事執筆に使用した文献)

  • 史跡説明板
  • 「芝ケ原古墳」『京都府埋蔵文化財情報 第104号 (PDF)』京都府埋蔵文化財調査研究センター、2007年、36-37頁。  - リンクは京都府埋蔵文化財調査研究センター。
  • 芝ヶ原古墳」『国指定史跡ガイド』講談社  - リンクは朝日新聞社「コトバンク」。

関連文献

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(記事執筆に使用していない関連文献)

  • 和田晴吾「芝ケ原墳丘墓」『日本古墳大辞典東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607 
  • 『芝ケ原古墳(城陽市埋蔵文化財調査報告書 第16集)』城陽市教育委員会、1987年。 
  • 『芝ヶ原古墳発掘調査・整備報告書(城陽市埋蔵文化財調査報告書 第68集)』城陽市教育委員会、2014年。 

外部リンク

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