蠣崎要
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蠣崎 要(かきざき かなめ、1929年[1] - 1980年3月20日[2])は、日本の産婦人科医。北海道森町出身[1]。愛称は「がま先生」[2][3][4]。医学博士[1]。日本ペンクラブ会員、日本文芸家協会会員[2]。
来歴
[編集]1954年(昭和29年)[3]、弘前大学卒業[2][3][4]後、九州大学講師を経て1964年、国立浜松病院産婦人科医長に就任。1967年、静岡県浜松市にがま産婦人科医院を開業した[3]。1972年(昭和47年)には鍼麻酔を使った帝王切開手術を日本で初めて成功させている[5]。この他、テレビや雑誌にセックスカウンセラーとして出演した[4][5]。
1980年3月20日、自宅の火事により妻、長女、住み込みの助産婦とともに焼死した[3][4][5]。49歳没[3][4][5]。
著書
[編集]国立国会図書館サーチ[6]より作成
単著
[編集]- 『がま先生診療記 若き婦人科医の社会病理学』(弘文堂、1962年)
- 『男女産別法 赤ちゃんの性はえらべるか』(弘文堂、1963年)
- 『可愛い悪女たち ドクトル・ガマ診療ノート』(日本文華社、1965年)
- 『若き婦人科医長の日記』(東都書房、1966年)
- 『女性への愛のカルテ がま先生の診療ノートから』(大光社、1966年)
- 『婦人科医のカルテ がま先生診察記』(日本文華社、1968年)
- 『がま先生の育性論 明るい性のためのエッセイ』(サイマル出版会、1970年)
- 『女の味 婦人科医の診療ノート』(日本文華社、1971年)
- 『性の発見 豊かな愛を実現するために』(産報、1972年)
- 『がま先生の性教育 高校生の部』(高橋書店、1973年)
- 『わが娘の愛と性 パパが知りたい生理の秘密』(白金書房、1974年)
- 『おとこ大学』(がま書房、1976年)
- 『新・おんな大学』(がま書房、1976年)
- 『誰にもできるツボの本』(開発社、1977年)
- 『がま先生の睡眠健康法 下手な眠り方は万病のもと』(池田書店、1977年)
- 『女性のための知的健康法 心と身体の悩みを解決する12章』(海竜社、1977年)
- 『どくとる・がまのこれが性の知恵だ あなたの性知識は間違っていないか』(永岡書店、1979年)
共著
[編集]- 『私はガンに克った 子宮癌患者と医師の闘病記』 広田晴美共著(恒文社、1966年)
- 『お産の科学 やさしい母親教室』 小南吉男・後藤忠雄共著(サイマル出版会、1971年)
- 『メイコとガマ先生のすぐ効く家庭療法』 中村メイコ共著(産報、1974年)
- 『おんなのからだ』 石浜淳美共著(高橋書店、1974年)
- 『婦人科の針治療』 谷美智士共著(緑書房、1975年)
- 『ハリと産科診療』(医学書院、1975年)
- 『図解鍼灸医学入門 古典鍼灸の法則とその運用』 池田政一共著(医道の日本社、1977年)
- 『誰にもできるツボ療法 症状別治療の実際』 大島久直共著(新星出版社、1978年)
- 『新しい針治療と針麻酔』(東京ヘレン・ケラー協会、1979年)
翻訳
[編集]- エリザベス・ビング 『らくらくお産法 安産に導く妊婦体操と呼吸法』(海竜社、1977年)
- パトリシア・E・ラリー 『メイキング・ラブ』(海竜社、1979年)
監修
[編集]- 『心臓病 必ずなおる正しい治療法』(高橋書店、1969年)
- 『胃腸病の治し方』(高橋書店、1974年)
- 『ハート・レンジャー エス・イー・エックス』 福田照著(新評社、1976年)[7] ※どくとる・がま名義
映画原作
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 『がま先生診療記 若き婦人科医の社会病理学』奥付参照。
- ^ a b c d 「蠣崎 要」『20世紀日本人名事典』 。コトバンクより2021年12月31日閲覧。
- ^ a b c d e f 『朝日新聞縮刷版』 1980年3月号、793頁。
- ^ a b c d e 『読売新聞縮刷版』 1980年3月号、787頁。
- ^ a b c d 『毎日新聞縮刷版』 1980年3月号、675頁。
- ^ “「蠣崎要」の検索結果 | NDLサーチ”. 国立国会図書館. pp. 1-6. 2024年1月13日閲覧。
- ^ “ハート・レンジャー : エス・イー・エックス | NDLサーチ”. 国立国会図書館. 2024年1月13日閲覧。
- ^ “こちら婦人科”. 松竹. 2023年8月19日閲覧。