HLB値
HLB値(エイチエルビーち、英: Hydrophile-lipophile balance value[1][2][注 1])は、非イオン性界面活性剤の水と油(水に不溶性の有機化合物)への親和性の度合いを表す値である。親水性親油性バランス(しんすいせいしんゆせいバランス)ともいう[5]。HLB値は0から20までの値をとり、0に近いほど親油性が高く、20に近いほど親水性が高くなる。
エマルションの生成において、界面活性剤(乳化剤)は、エマルションの生成しやすさや安定性、O/W型かW/O型かを決定する重要な因子である[3]。界面活性剤の分子構造によって、親水性・親油性のバランスが変化して吸着性に差が生じるためである[6]。このバランスの概念は、1949年にウィリアム・グリフィン (William Griffin) によって提唱された[2][7]。グリフィンは、経験則により非イオン性の界面活性剤にHLB値を与え、界面活性剤の選定基準とした。後に、HLB値を界面活性剤の構造により計算する方法がいくつか提案された[8]。本項目では、主な方法を示す[6]。
グリフィンによる方法
[編集]グリフィンは、3つの関係式をそれぞれの化合物に対して与えた[9][10][注 2]。
多価アルコールと脂肪酸のエステル(Span系)に対しては、式(1)で算出できる。
また、分子中にポリオキシエチレン鎖を含む場合(Tween系)に対しては、式(2)で算出できる。
ここで、Eはポリオキシエチレン鎖(酸化エチレン)の重量分率、Pは多価アルコール基の重量分率である。
親水基としてポリオキシエチレン鎖のみを含む場合(Peregal系、Igepal系)に対しては、式(3)で算出できる。
デイビスによる方法
[編集]デイビスは、分子の親水基、親油基の基数によってHLB値を算出する方法(式(4))を提案した[11][12]。
ここで、nwは親水基の基数、mは親油基の個数、noは親油基の基数である。主に用いられる基数を表に示す[13][14]。
親水基 | 基数 |
---|---|
-SO4−Na+ | 38.7 |
-COO−K+ | 21.1 |
-COO−Na+ | 19.1 |
N(四級アミン) | 9.4 |
エステル(ソルビタン環) | 6.8 |
エステル(遊離) | 2.4 |
-COOH | 2.1 |
-OH(遊離) | 1.9 |
-O- | 1.3 |
-OH(ソルビタン環) | 0.5 |
親油基 | 基数 |
---|---|
=CH- | -0.475[注 3] |
-CH2- | |
CH3- |
川上による方法
[編集]川上八十太は、分子の親水基、親油基の分子量によって、式(5)に示す実験式でHLB値を算出する方法を示した[15]。
ここで、Mwは親水基の分子量、Moは親油基の分子量である。
界面活性剤の性質との関係
[編集]HLB値を用いると、分子の界面活性特性を予測でき、界面活性剤の性質や用途をある程度決定できる[16][17][18]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ Griffin 1949, p. 311.
- ^ a b “Hydrophile-Lipophile Balance Value - an overview” (英語). ScienceDirect. 2022年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月11日閲覧。
- ^ a b Davies 1957, p. 426.
- ^ Davies & Rideal 1963, p. 371.
- ^ 化学大辞典編集委員会 編「親水性親油性バランス」『化学大辞典 4』(縮刷版)共立出版、1963年、921-922頁。doi:10.11501/2529509。ISBN 4-320-04018-X。
- ^ a b 北原 & 古澤 1979, pp. 60–61.
- ^ Griffin 1954, p. 250.
- ^ 氷室 1974, pp. 17–18.
- ^ Griffin 1954, pp. 250–251.
- ^ 早野 1964, p. 37.
- ^ Davies 1957, p. 430.
- ^ Davies & Rideal 1963, p. 372.
- ^ a b c Davies 1957, p. 431.
- ^ a b c d Sherman 1971, p. 155.
- ^ 岡田 1964, p. 435.
- ^ Griffin 1949, p. 314.
- ^ Davies & Rideal 1963, p. 373.
- ^ 北原 & 古澤 1979, p. 63.
参考文献
[編集]- Davies, J. T. (1957). “A Quantitative Kinetic Theory of Emulsion Type. I. Physical Chemistry of the Emulsifying Agent” (PDF). Proceedings of 2nd International Congress of Surface Activity 1: 426-438. オリジナルの2014-08-10時点におけるアーカイブ。 2014年8月10日閲覧。.
- Davies, J. T.; Rideal, E. K. (1963) (英語). Interfacial Phenomena (2nd ed.). Academic Press. pp. 371-383. LCCN 61-8494
- Griffin, William C. (1949). “Classification of Surface-Active Agents by "HLB"” (PDF). Journal of the Society of Cosmetic Chemists 1 (5): 311-326. オリジナルの2014-08-12時点におけるアーカイブ。 2013年5月25日閲覧。.
- Griffin, William C. (1954). “Calculation of HLB Values of Non-Ionic Surfactants” (PDF). Journal of the Society of Cosmetic Chemists 5 (4): 249-256. オリジナルの2014-08-12時点におけるアーカイブ。 2013年5月25日閲覧。.
- 岡田正秀「界面活性剤のHLB:その物理化学的意味と新算出法」『油化学』第7巻第7号、日本油化学会、1958年、434-438頁、doi:10.5650/jos1956.7.434、ISSN 0513-398X。
- 北原文雄、古澤邦夫『分散・乳化系の化学』工学図書、1979年5月25日。doi:10.11501/12682536。ISBN 4769200471。 NCID BN00735625。国立国会図書館書誌ID:000001413766。
- Sherman, Philip M. 編、佐々木恒孝、花井哲也、光井武夫 訳『エマルジョンの科学』朝倉書店、1971年3月25日。doi:10.11501/12699973。 NCID BN01299493。国立国会図書館書誌ID:000001127349。
- 早野茂夫「GriffinのHLB系の解釈について」『油化学』第13巻第4号、日本油化学会、1964年、220-223頁、doi:10.5650/jos1956.13.220、ISSN 0513-398X。
- 氷室寿「乳化剤選択における "HLB" の利用について」『日本化粧品技術者連合会会誌』第8巻第2号、日本化粧品技術者会、1974年、17-21頁、doi:10.5107/sccj1970.8.2_17、ISSN 0289-1379。
関連文献
[編集]- 川上八十太「表面活性剤」『科学』第23巻第11号、岩波書店、1953年、546-551頁、doi:10.11501/3217872、ISSN 0022-7625。
- 日本化学会 編「4. 界面活性剤溶液の性質」『界面化学』丸善〈実験化学講座 7〉、1956年、127-130頁。 NCID BN02104851。
外部リンク
[編集]- 「HLB値」 - 化粧品用語集(日本化粧品技術者会)
- 「親水性-親油性バランス」 - 化粧品用語集(日本化粧品技術者会)
- 親水性親油性バランス - J-GLOBAL
- 『HLB』 - コトバンク