一事不再理
一事不再理(いちじふさいり、ラテン語: Non bis in idem)とは、ある刑事事件の裁判について判決が確定している場合には、その事件を再度審理することを許さないとする刑事手続上の原則である。
「既判力説」と「二重の危険説」
[編集]「同一刑事事件について、確定した判決がある場合には、その事件について再度の実体審理をすることは許さない」という結論については変わりがないが、大陸法の系列と、英米法の系列では、多少考え方が異なる。
大陸法では、確定判決は司法から見ての事件についての理解・判断を示し確定するものであるとされ、複数回の検証を経てその理解・判断を示し確定判決に至ったことの結果として、それ以上の実体審理は許されないと解する。この「再度の実体審理を許さない力」を既判力と呼ぶ。
英米法では、事実関係の確定に根源を求めていない。被告人が裁判を受けるというリスクについての刑事訴訟法上の限定条件と解する。すなわち、「被告人が際限なく処罰を受けるリスクを負うことになるのは不公正である」という手続論的な考え方に基づくもので、リスクを負わせられるのは一度だけである(処罰を求める側はその一度のチャンスで有罪の結果を得なければならない。したがって、訴追(検察)側は、判決に関わらず原則として上訴ができない)というものである。これを「二重の危険説」という。
日本における一事不再理
[編集]日本の刑法 |
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日本においては、
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
— 日本国憲法第39条
と明文によって一事不再理が定められており、これに反した公訴がなされた場合には免訴の判決が言い渡される(刑事訴訟法第337条第1号)。
この原則を根拠として、無罪判決に対する検察官の上訴を禁止するべきだという意見があるが、最高裁判所は一審も控訴審も上告審も継続せる一つの危険だとして合憲と判断している[1]。
日本国憲法のGHQ草案では、刑事事後法の禁止(実行のときに適法であった行為の処罰の禁止)と二重の危険の禁止(同一の犯罪について二度裁判を受けない)は全く別の条文であったが、GHQとの折衝を担当した内閣法制局の入江俊郎や佐藤達夫らは「二重の危険」(double jeopardy) の意味を知らず日本語の草案では一旦これを削った。後でGHQが二重の危険禁止条項の削除には同意していないことを知り、残った条文の末尾に付け足したことが第39条を非常にわかりづらい条文にしたのではないかと言われている[2]。
また、無罪判決に対する検察官の上訴が合憲だとする最高裁の判断についても、1審から上告審までがなぜ「継続せる一つの危険」なのか説明していないと指摘されている[2]。
裁判員法の制定の際に上訴審をどうするかについても議論があったものの立法的な手当ては結局何もなされず、裁判員の無罪の判断が検察官の上訴で無意味になるのではないかという懸念が持たれている[2]。
ただし多国間でこの原則をすべて適用すべきかということについてはさまざまな議論がある。例えば他国による日本人拉致事件が起こり、当事国で犯人に免責が与えられた場合、日本政府はそれをそのまま承諾すべきかといった問題があるからである。
日本の刑法第5条においては、他国の裁判所で無罪が確定している事件を日本で訴追することは一事不再理の範囲に含まれず、あくまで日本の裁判所において無罪が確定していることが必要である。一方で、外国で服役等の処罰を既に受けている場合、日本での刑の執行を軽減したり免除したりすることが規定されている。日本の裁判所で無罪が確定している事件を他国で訴追することについても、当該国が同様の立場を取っていれば、同様である。
各国における一事不再理
[編集]ベトナム
[編集]ベトナムの刑事訴訟法では「何人も、既に発効した裁判所の判決を科された行いによって、再び立件され、捜査され、公訴され、 公判に付されることはないものとする。」とされているが、「刑法が犯罪を構成すると規定する別の社会への悪質な行為を行った場合」を例外として規定している(第14条)[3]。
一事不再理に関連する事件
[編集]- テルアビブ空港乱射事件
- ロス疑惑
- 首都圏女性連続殺人事件
- O・J・シンプソン事件
- 辛光洙事件(北朝鮮拉致事件)
- 舞鶴高1女子殺害事件
- 碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件 - 主犯の堀慶末(2019年に死刑確定)[4] は同事件(1998年)を起こした後、2007年には闇サイト殺人事件に関与。同事件で2012年7月に無期懲役が確定したが、翌月(2012年8月)に碧南事件で逮捕・起訴された。
- 新発田市女性連続殺人事件
一事不再理を扱った作品
[編集]映画
[編集]- 『二重の危機』- 1955年のアメリカ映画(監督:R.G.スプリングスティーン)(原題:Double Jeopardy)
- 『情婦』- 1957年のアメリカ映画(監督:ビリー・ワイルダー)(原題:Witness for the Prosecution)
- 『女房の殺し方教えます』- 1965年のアメリカ映画(監督:リチャード・クワイン)(原題:How to Murder Your Wife)
- 『大悪党』- 1968年の日本映画(監督:増村保造)
- 『二重告訴』- 1992年アメリカのテレビ映画(監督:ローレンス・シラー)(原題:Double Jeopardy)
- 『ダブル・ジェパディ/悪党警官が仕掛けた二重の危機』- 1996年アメリカのテレビ映画(監督:デボラ・ダルトン)(原題:Double Jeopardy)
- 『ダブル・ジョパディー』- 1999年のアメリカ映画(監督:ブルース・ベレスフォード)(原題:Double Jeopardy)
小説
[編集]ゲーム
[編集]脚注
[編集]- ^ 最高裁判所第二小法廷判決 昭和25年9月27日 刑集第4巻9号1805頁、昭和24新(れ)22、『 昭和二二年勅令第一号違反、衆議院議員選挙法違反』「一事不再理の原則――檢察官の上訴と憲法第三九條にいわゆる「二重の危險」」、“元來一時不再理の原則は、何人も同じ犯行について、二度以上罪の有無に關する裁判を受ける危險に曝さるべきものではないという根本思想に基くことは言うをまたぬ。そして、その危險とは、同一の事件においては、訴訟手續の開始から終末に至るまでの一つの繼續的状態と見るを相當とする。されば、一審の手續も控訴審の手續もまた、上告審のそれも同じ事件においては、繼續せる一つの危險の各部分たるにすぎないのである。從つて同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危險があるのみであつて、そこには二重危險(ダブル、ジエバーディ)ないし二度危險(トワイス、ジエバーディ)というものは存在しない。それ故に、下級審における無罪又は有罪判決に對し、檢察官が上訴をなし有罪又はより重き刑の判決を求めることは、被告人を二重の危險に曝すものでもなく、從つてまた憲法第三九條に違反して重ねて刑事上の責任を問うものでもないと言わなければならぬ。”。
- ^ a b c 高野隆 (2007年5月14日). “二重の危険”. 刑事裁判を考える:高野隆@ブログ. 2008年10月5日閲覧。
- ^ 刑事訴訟法(ベトナム)、法務省法務総合研究所国際協力部、2018年5月27日閲覧
- ^ 堀慶末 著、(発行人:深田卓) 編『鎮魂歌』(第1刷発行)インパクト出版会、2019年5月25日。ISBN 978-4755402968 。(書名の読み:レクイエム) - 堀慶末(碧南市パチンコ店長夫婦殺害事件・闇サイト殺人事件に関与 / 2012年に後者事件で無期懲役が、2019年に前者事件で死刑が確定)の自著。「第13回 大道寺幸子・赤堀政夫基金死刑囚表現展」特別賞受賞作。