利用者:Ayoui44
こんにちは、そして初めましてAyoui44です。なんだか誰も見なさそうなので、暴走したいと思ってます。 自作の短編を、ここに書こうと思います。
自作短編集
[編集]After the night(芥川龍之介の羅生門の続編。)
この作品は文豪、芥川龍之介の「羅生門」の続編である。
平原に、一体の死体があった。その性別は男。その男は右の頬に大きなニキビの痕があった。その死体は紺と山吹の着物を着、何かにすがるような姿勢で倒れていた。その死体には右肩から左大腿部にかけて大きな切り傷があり、その傷からは赤黒く変色した心臓、肺、食道、胸筋が見えていた。そこにはウジ虫がわき、頭部はカラスに啄まれ、眼球はえぐられ、鳥につつかれたようで硝子体が糸を引き、腕と脚はそれぞれ肘と膝から先がもがれ、遥か遠方で野良犬が血相を変えて貪っている。あたり一面はその男の血液で赤く染まっている。
その近くを旅人が通り過ぎる。醜悪な死体を見ると、うっ、と唸って旅人は左手で口を塞ぐが、堪え切れずに吐き出した。
旅人は肩で息をする。息も穏やかになっていく。喉の焼けるような苦痛は、旅人にこれが現実であることを物語った。旅人はため息をついて一言つぶやいた。
「………なんでこれ一人なんだ?」
探求したい気持ちでいっぱいだったが、喉の気持ち悪さをどうにかしたい、と思った彼は、このことを忘れて走り去ってしまった。
なぜこの男はここで倒れている?
この謎を解くにはこの男、先の物語では『下人』の名で登場した男のあれからを辿るしかない。これは、この男のあれからの物語である。
* * *
これはいつのことだっただろうか。ちょうどかの都に桜が咲き乱れ、川には桜の花弁が浮き、風が吹く度にその風は美しい桜色に染まる。地平線に目を遣ると、この季節特有のもやがかかったような風景が広がる。ウグイスはホーホケキョと鳴き、新たな季節を祝福する。
桜の木の下に腰掛ける下人は、虚ろな目で自身の刀を見る。一体この刀で幾人の命を手に掛けたのだろうか、と思うが、数えることを断念する。別に数えたからって罪が軽くなったり、無くなったりせず、また正の字をいくつ要するか分からなかったし、よく覚えていなかったからだ。
確かに、あの頃はこんなことは考えなかった。人殺しは大罪だけれど、私のこの殺人は正義の名の下のものだから罪ではないと思っていた。
だが、そんな杞憂も、この戦いを終えれば、無くなるだろう。
何せ、この世は所詮、勝者こそが正義なのだから。
下人はあの日と同じ紺と山吹色の着物を着、あの日老婆から剥ぎ取った着物は外套(マントのようなもの)に作り替えられていた。
下人は、自身の心情とは真逆な、うららかな春の陽気に包まれていた。
* * *
これは、いつのことだったろうか。確か、あの老婆から着物を剥ぎ取ってから、そんなに経ってはいなかった筈だ。
ある日、下人は酷く飢えていた。下人の職を解雇されてから、一食も口にしていないからである。
四六時中腹は鳴り続けるわ、目の前の物全てが食べ物に見えるわ、もう生き地獄だった。過剰な空腹は腹に激痛を生み、自分の頭の中には「何か食い物はないか、生きた動物でも喰らって生き延びろ」という野生の叫びが駆け巡った。
下人は耐え難い空腹を、「俺は物を盗むだけだ、野蛮な事はしないぞ……!」と言って耐え続けた。ある夜は一晩中唸り、泣き続けた日もあった。
ある日の昼、ウサギが走ってゆく姿を下人は見た。どこに行くのだろうと思ってその後を付いていくと、そこには森があった。川も流れていた。
下人は涙を流した。食物にありつけたと思った。確かに葉は苦くて、エグくて、とても食べられたものでは無かったのだが、腹を満たせればそれでもよかった。ただ、水は透き通り、とても美味しかった。
だが、そんな幸せな時間はそう長くは続かなかった。「この森に天狗がいる」という噂が立ち、それを殺そうとする動きが出たからだ。
下人は逃げた。逃げて、逃げ続けた。殺されたら、また主に仕えられないではないか。あの美しい、輝いていた時に、戻れないではないか。
かつての都に戻ってきてしまった。廃墟は今日も殺伐としている。殺さねば殺される。生きるためには、戦わなければならない。殺さねばならぬ。
また、下人は飢えた。あの地獄に戻ってきてしまった。
耳を澄ませば、コオロギの鳴き声がする。あ、鈴虫も。
下人は口角を不敵に吊り上げる。これで、蔵から、米を、ヌスメル!
下人は狂ったように笑い始めた。体をのけ反らせ、天を仰ぎ、腕を無力に垂らし、手のひらを上に向けて。
* * *
だが、昨年の飢饉は、昨年のだけの事ではなかった。下人の意に反して、米は一粒も採れなかった。イナゴが、米を食い尽くしたらしい。
下人は再び考えた。どこに米があるかをだ。大内裏か?大極殿か?駄目だ。ここは天皇がおわす場所だ。きっと護衛が硬いに違いない。
さらに下人は考える。大内裏の護衛はきっと二人いる。主とともに昇殿したときに、その護衛たちの剣舞を見たが、あれはきっと自分一人で相手できるような人間ではない。
では罠を仕掛け、誘い出すか?きっと無理だろう。剣舞での気迫は尋常ではなかった。彼らの一声で、大内裏は武士で護衛をさらに硬くすることだろう。
下人は、これは無理だと判断する。
考えても、空腹は収まらない。ここには何も食べるものがない。
考えて歩き回るうちに、懐かしい場所にたどり着いた。『羅生門』である。
下人は梯子を上り、中へ入る。
中には、以前と同じく、夥しい量の死体が無造作に転がっていた。あの老婆が髪の毛を引き抜いていた女の死体もあった。これも、これも、あの時のままだ。
恐ろしくも懐かしい異様な空間を、あの時を思い出すように歩いていると、何かが足にあたった。こんな所に死体なんてあっただろうか。
下を見ると、それは誰かの頭だ。足で裏返すと、下人は頭を鈍器に殴られたような衝撃を受けた。
それは、あの老婆だった。他の死体に比べて損傷が少ないのは、きっと凍死したからだろう。この老婆も女の端くれだ。裸のまま外を歩くことには抵抗があったことは、容易に想像できる。つまり、下人が着物を剥ぎ取り、そのまま恐怖に慄き、この場に留まり、そのまま凍死したのだろう。
下人は、老婆の死体の全体を眺める。左手は床を掻き毟るように爪を立てて肘から先を床に付け、右腕は前に伸ばしている。顔を戻してみると、老婆は腹這いの状態であったことが分かった。不自然に両脚を広げていて、ちょうど付け根のあたりに、何かのシミがあった。そのシミからは、生臭い臭いが微かにした。そこで、下人はすべてを悟った。
きっと、この老婆は強姦されたのだ。それも最近。凍死ではなく、強姦され、死に至ったのだ。
俺は、殺人の片棒を担いでしまったのだ、と下人は悟る。
俺は殺人は絶対しないと決めていた筈だ。
だが、現に俺は殺人を助けた。
下人の頬を、二筋の水が流れる。
モウ、俺ハ、人デハナイ……?
「あああ、あああああ………………」
下人は膝から崩れ落ちる。
天を仰ぎ、絶望した。
………………
……………………………誰だ、そこで囁いているのは。何を囁いている。
耳を澄ませる。もっと大きな声で言え。
――――腹、減ッテンダロ?ソコニ肉ガ転ガッテンジャネエカ。喰ッチマエヨ。
嫌だ!そんな人ならざる者のやることはしない!
――――人ジャネエジャネエカ。現ニ殺人ヤッチマッタジャネエカヨ。
五月蠅い!黙れ!!
下人は一年ぶりに刀を抜く。一気に間合いを詰め、切る!!
だが、刀は空を撫でただけだった。
――――喰エ、喰エ、喰エ、喰エ、喰エ!!!!!!!!!!
いつまでたっても悪魔の囁きは消えない。下人は狂っていく。
そうだよ。人じゃない。もう、人じゃない。
じゃあ、喰ってもいいじゃないか。
下人の理性は、完全に崩壊した。
充血した目で、あたりを嘗め回すように見る。
どれから喰おうかな。
腹が鳴る。唾液が滴る。
まず新鮮なものを頂こう。眼下の老婆の死体を起こす。すぐそばに小刀があるのに気付く。
老婆の腹を裂く。脂肪や筋肉がないから、糸のように細い胃、小腸、大腸があった。
下人は老婆の直腸を切り、喉を横に裂く。
引っ張ると、すぐに引き抜けた。とりあえずぶつ切りにして、喉に通す。
次に、横隔膜を綺麗に切り離す。これもぶつ切りにして食べる。
肺、心臓を取り出す。丸呑みにする。旨い。笑みがこぼれる。
腎臓、膀胱も丸呑みにする。次は肝臓、ひ臓、胆のう、すい臓をぶつ切りで頂く。
最後は子宮、卵巣、卵管、膣、陰唇、陰核だ。
下人は小刀を添わせる前に、ふと胸部を見る。………乳腺を忘れていた。皮膚ごと乳房を切除する。愛撫するように、嘗め回し、噛み付く。飲み込む。
更に上を見ると、眼球、脳髄がある。
下人は眼球を抉り出し、頭蓋骨を割って脳髄を引きずり出す。眼球は舌の上で転がす。歯で噛み割り、硝子体を、外側ごと飲み込む。両方そうした。
また、舌を引き抜き、よく噛んで食べる。脳髄のスープは絶品だった。
最後は残しておいた女性器だ。よく噛んで残さず頂く。
下人は、老婆のすべてを食らい尽くした。
他の死体も、同じように食べた。男性器は睾丸と前立腺を袋の中に入れて稲荷寿司のように食べ、陰茎は根元から引き抜き、嘗め回すようにして食した。
下人は激しくむせた。
口から出てきたのは、丁度“P”の形をした何かだった。
* * *
「少し内裏の外を見てこい」
天皇は部下の一人にそう声をかけた。
「はっ。勅命、確かに承りました」
そこに、従者の一人が提案する。
「大変僭越ながら意見を申し上げさせて頂きます。外は卑しき者が蔓延っていると聞きます。護衛をお付けになられてはいかがでしょうか」
「そうだな。お前は我が重鎮だ。お前に死なれては困る。好きなだけ護衛を連れて行くとよい」
「有難き幸せ」
彼は座礼をもって最上の感謝を表現する。護衛は五人連れて行くことにした。天皇は幸運を願い、巫女に幸福の祈祷を上げさせた。
「気を付けて行って来い」
「はっ、御意志のままに」
彼は意気揚々と出かけて行ったが、彼の胸には何か嫌な予感がした。
「行って参る。心配を掛けてすまない」
「ご武運を……!」
彼は鎧を纏い、陣太刀と脇差を腰に下げている。いつでも抜けるように、左腰にである。
* * *
金は、物を買える。金は、全ての源だ。
金を多く持っている者は、大量の資本を得る。その子孫も同じく巨万の富を得る。
それを人は“貴族”と呼んだ。
彼らには人々からの嫉妬が降り注ぐ。この現代社会ではメディアや週刊誌がプライバシーなど関係なしに覗き見し、金を出せばブルジョアと罵られ、出さなければ守銭奴と称されることだろう。
それはこの平安京においても同じだ。特に飢饉の今なら、なおさらである。
ただ単に「貴族が来る」というだけで、飢えた民衆は醜悪な獣のように群がるのだ。
それは今回も同じだ。
「˝お˝恵˝み˝を、˝お˝恵˝み˝を~~~」
金をせびる者がいれば
「˝なぜ˝都ば˝我˝々˝を˝見˝捨でだ~~~~~」
怨恨に満ちた言葉を役人にぶつける者もいる。そう、内裏は平安京の百姓にとって恨みや憎しみ、怒り、殺意、そういった諸々の負の感情の対象なのである。彼らにもし武力があったら、たちまち内裏は攻め込まれ、大臣は皆殺しになり、天皇の首がカラスに啄まれることになるだろう。
「邪魔だ!天皇の勅命による視察だ!邪魔をすれば斬るぞ!」
護衛の一人が見せしめに正面の男の首を斬る。その時、彼の財布が落ちた。
それを見逃す者は、ここにはいなかった。刹那、そこに目掛けて周囲の百姓が押し寄せ、奪い合いを始める。
それを虚ろな目で外から眺める男がいた。下人である。
――――良イノカ?金ダゾ。腹ガ満タセルゼ?
また、あの時のどこからともなく聞こえてくる声だ。彼らはどれ程の金を持っているのだろうか?
――――サアナ。マア、奪ッテカラノオ楽シミジャネエカネェ。
じゃあ、参戦するしかないな。
――――ツイデニ、他ノ五人ノモ奪ッチマオウゼ。ソノ方ガモット金ガ手ニ入ル。
鎧も刀も奪おうか。
――――ソリャ良イ。オ前モワカッテキタジャネェカ。
お前と長く付き合っていれば必然だよ。褒めるな、照れる。
――――フッ、行ケ。
行って来る。
下人はとりあえず一番外側の人間の背後からその首を飛ばす。誰も気づかない。愚か者め。目の前の金に心を奪われて背後ががら空きじゃないか。
次々と首を撥ねていき、残すは貴族とその護衛五人だ。
「おお、見事な刀捌き。愚者を片付けたこと、感謝すぐえっ」
五月蠅いよ。いいから金をよこせ。
下人は近づいてきた護衛の一人の胸を刺し、心臓を貫く。
「お逃げくださぐはっ!」
何敵に向かって背後晒してんだ。
もう一人を下人は後ろから喉を突き刺す。
「っ!!!」
逃がさないよ。
下人は貴族が乗った馬の後ろ脚両方の後ろの筋肉を断ち切る。
その馬は痛みにいななく。急に力が抜けたらしく、貴族は落馬する。
「大丈夫ですか」
三人の護衛は貴族に駆け寄る。
そんなに集まったらいい標的だろうが。
貴族の周りにいる護衛三人の首を矢継ぎ早に飛ばす。
「ひっ…………」
貴族は恐怖に慄き、後ずさる。
そんなに恐怖の色を見せたら、逆に攻められるよ。
下人は間合いを詰める。
「く、来るなああ」
貴族はへっぴり腰で護衛の刀を握る。
下人は貴族の両手首を輪切りにする。貴族は振り返り逃げようとする。
逃がすかよ。
下人は貴族の両足首を輪切りにする。
貴族の表情は見る見るうちに絶望に染まる。
下人は貴族の頭を縦に叩き割る。貴族の脳漿は手から零れるスライムのように貴族の頭蓋骨から零れ落ちた。
貴族と五人の護衛から金と刀、鎧を盗んだ。金勘定の為に中をのぞいたら、“P”字の何かがあった。
――――コイツラハドウスルンダ?
食べるだけだ。
二十往復もして、自分の寝床に死体を持ち帰った。貴族の脳漿を見て、ああ、もったいないと下人は思った。
* * *
「早く歩け!何倒れてんだ!さっさとしろ!」
鬼の形相で、役人は東国の奴隷を率いて鞭をふるう。奴隷たちは苦痛に喘ぐ。
そこには青年はもちろんのこと、年端も行かぬ少女や少年、老人たちもいた。
奴隷たちは歯を食いしばりながら、両手を頭の後ろに組まされ歩く。
「痛い!………ふ、ふええええぇぇぇぇ」
少女は苦痛に耐え兼ね、泣き出した。
「五月蠅え!泣くな!」
役人はその少女に向かって、無情にも鞭をふるう。
だが、少女は泣き止まない。役人は、上の命令に従っているだけであって、真の鬼ではない。その役人は同情してこう漏らした。
「歩いてくれよ。俺は同じ人間を奴隷にするなんて考えられねえんだ。正直、この政策に対して疑問に思う時は少なくねえ。俺がきっとどうにかしてやるから、変えてやるから、解放してやるから、いや、してみせるから、耐えてくれよ」
その役人は、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、泣くのを耐えるかのような表情をした。
「じゃあ、なんで解放してくれないんですか……?」
少女は希うように聞く。
「………抗えねえんだよ、権力に。俺は弱え男なんだ。笑えよ、この卑怯者を!」
役人は叫ぶ。
「そう言わねえでくれよ、アンちゃん。俺たちも弱え人間なんだ。政策がどうかは知らねえが、それに抗えねえ俺たちも弱ええんだ」
少女の隣にいた男は、役人の肩を叩きながら、同情する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
役人は泣きながら謝り続けた。
一行は、現在の滋賀県のあたりに差し掛かっていた。
* * *
一行は、平安京に到着した。役人は、ポーカーフェイスで従っているように見せた。
「奴隷隊、到着致しました」
「ご苦労」
その役人は、主の背後に向かって恭しく礼をしている様に見せながら、睨んでいた。隙あらば切り殺してやると思っていた。
「奴隷は何人だ」
「十人です」
「結構」
その日から、奴隷たちは働かされた。従わなければ鞭で打たれ、刃向えば袋叩きにされた。常に刀で脅され、不味い飯を食わされ、酷い日は何も食べられない事もあり、寝る時は牢獄のような所で首輪と鎖で結ばされる毎日が続く。
拷問は貴族にとって娯楽の一つだ。爪を剥がされることもあった。鉄球で撃たれる日もあった。
とにかく、毎日が、地獄だった。
その役人は他の従者が笑っている時には共に笑っていたが、内心では同僚に対する殺意が募っていった。こんな鬼畜共、必ず殺す。人でないものは、この平安京にはいらない。
役人は考える。この屋敷はどんな構造だ?この地の風向きは?それが変わる予兆は?
その手始めに、少し屋敷を変えた。
「我が主、奴隷たちが逃げ出さないように、少し堀を掘るのはどうでしょうか」
「良い。そこに水を張れ」
「御意」
まず、屋敷の周りに幅三メートル、深さ三メートルの堀を掘り、そこに水を張った。
「奴隷たちが反逆を起こさないように、奴隷舎と屋敷を分けましょう」
「そうしろ」
同じような堀を、また掘った。
主の信頼を一身に受けるその役人は、言うことは全て通ってしまう。
その役人は、堀に少し細工をした。
その役人は、内心ほくそ笑む。
コレデ、全テ、整ッタ!!!
* * *
ある日、屋敷の塀全てから火が上がった。
吹き荒れる突風、吹き上がる火の粉。
その役人は奴隷舎に牢獄と首輪の鍵を持って籠っていた。
悲鳴が上がる。同僚や主、その侍女や男たちの妻は炎に焼かれてゆく。
「少し待っていてください。すぐ解放します」
「いいのかい?アンちゃん」
「はい」
拷問して喜ぶような鬼畜共、脅さなければ生きられぬ塵屑共、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「裏切ったな!!!貴様ぁ!!!!」
主が叫ぶ。お前も直に死ぬから、何でも言え。鬼畜の言葉など、何も聞かぬ。
数時間後、屋敷は全て焼き払われた。建物、植物、人間も焼き尽くされた。
奴隷舎にある紐を引くと、堀の水は全て引いた。
「さあ、自由ですよ」
その役人は奴隷舎の鍵を開ける。
「ありがとうございます」
全員が、異口同音にこう言った。
焼け跡には、二つの“P”字の金属が見つかった。
* * *
「それは災難だったな」
天皇に、主の家が焼失したことを伝えた。もちろん、自分が放火したのではなく、あくまで自然発火、もしくは第三者が放火したと。
「彼は優秀な人間だった。その従者もまた優秀だった。だが、お前以外は皆死んでしまった。どうだ、空いたこの席に入るつもりはないか」
「はい。………ただし、従者は私に決めさせて下さい」
「よかろう。では、誰を?」
その役人は、目を閉じ、深呼吸してから目を開ける。
「十人の、元奴隷です」
どっ、とざわめきが起こる。
「熟考の末の、結論なのか?」
役人は力強い声で答える。
「私は、奴隷を東国から連れてくるときに、幾つか会話を交わしました。我が主の館でも仕事の愚痴や辛さを聞きました。私は、いつしか彼らを愛するようになっていました。それ以来、私は冷遇するのを止めました。主亡き今、私の従者は彼らが最適です」
「その愛から館を燃やしたんじゃないのか?」
唐突に、ある大臣がそう言った。
「私はやってません。現場にいなかったのに、決め付けないでください」
「貴様!無礼な!!」
「皆よ、静粛に」
天皇の一言で、内裏は静まり返る。
「気に入った。汝を五位に任命する。昇格おめでとう」
「有難き幸せ」
役人は、正式に昇殿を許された。
* * *
されど、役人の住居は内裏の外に作られた。あの発言が生意気だと言われてしまったからだ。
十人の奴隷たちは奴隷ではなく、皆二位を与えられた。連れ去られ、一年間を奴隷として生き、遂に勝ち取ったこの自由に、彼らはこの役人に絶対の忠誠を誓った。その中には東国で猛者と言われたような男たちがいて、剣術を教えたら拳法と混ぜ合わせた斬拳一体の武術を編み出し、内裏の門番を易々と打ち負かしてしまった。
「むっ?!やるな、貴様」
「もっ、もったいない言葉です」
そして、月日は流れた。
内裏の辺りをうろつく男が一人。下人である。
騒がしい。かつての都にこんなことはなかった。
下人はある屋敷の前に立ち止まる。あの役人の屋敷の前である。
――――ドウスル、オ前ダケ貧乏クジヲ引イテルゾ。アイツラダケ酒宴デ乱痴気騒ギ、オ前ダケ飢エテルゾ。
ああ、本当に妬ましいよ。そんな金があるなら民衆の救済に使えよ。
――――壊セ壊セ。不条理ヲ、不平等ヲ!!!
最近お前の言うことが予測できるようになったよ。丁度今そこに考えが至ったところだよ。
下人は屋敷の護衛がいない事を確認し、屋敷に乗り込む。耳を澄まして聞けば、この屋敷にいる人数は十一人。男が七人、女が四人ってところだな。
その時、下人が身を潜めていた厠に、剛腕の男が入っていった。周囲の状態を確認すると、厠のすぐそばの茂みの中に下人は移動する。
「ふう、すっきりした~~~!」
出てきた、今だ!!!
下人は一気に間合いを詰め、即座にその男の首を断ち切る。
間もなく、三十くらいの女が、厠に来た。その女は男の死体を見ると、すくみ上って下人が背後にいるのに気付かない。
下人は女の胴を輪切りにした後、上半身を地面に叩き付け、首を貫く。
下人は男の体から衣服を剥ぎ取り、自身の着物を脱ぎ棄てる。
この男が自分と体格が似ていてよかった、と下人は安堵する。
髪型も似させ、本殿へ向かう。
一方、本殿では
「すみません、昨日から寝てないので、寝てもよろしいでしょうか」
「いいよ」
少女は役人に許可を貰い、寝室へ向かった。
下人は少女を見逃した。
中にいるのは、あと八人だ。
下人は声を探って、ここだというところの障子に刀を刺す。
「ぐあっ」
障子に血飛沫が散るのを、役人たちは見た。下人の刀は、彼の心臓を貫いていた。
「何者だ!?」
下人は何も答えない。
「ここで待っていて下さい。いくぞ」
屈強な男たち四人は刀を抜き、誰かがいたと思われる場所に詰め寄る。
「っ!?」
誰もいない。彼らは戦慄する。
下人は背後から、先ほど殺した大男の刀で男の一人の首を飛ばす。
続いて順々に首を飛ばす。
下人は障子を蹴り開け、中に入る。
中にいた女の従者二人を、それぞれ首、腹を刺して殺す。
役人は腰を抜かし、その場に座り込み、恐怖に戦く。
役人は腹を裂かれ、首を撥ねられる。
役人は今際の際に懺悔する。私の人生を語るには、二言で言える。それは“虚飾”と“憂鬱”だ。私は上官に遜っている様に見せて、内心蔑んでいた。でも、臆病な私は自分を偽るしかなかった。これが、私の“虚飾”。そして、私は上の愚かな政策をおかしいと思いながらも、覆すことができない自分に絶望していた。生きている意味すらわからなくなっていた。これが、私の“憂鬱”。
結局、そうなのだ。おかしいと思えば、あの場で天皇を切り殺してしまえばよかったのだ。政治を操り、私腹を肥やすあの愚者を。
私はきっと地獄に落ちるだろう。それも、最悪の大罪、自分への裏切りを犯したのだから。
下人は、この屋敷に、身を潜めた。
* * *
「おはようございま~す」
翌日、少女は本殿に戻った。あの時昼寝しようと思ったのだが、うっかり朝まで寝てしまったのだ。
少女の前にあったのは、自分を除く十人の死体だった。
きっと夢だろうと、少女は自身の頬をつねる。
じんわりとした痛みを覚える。
夢じゃ……ない……?
少女は泣き叫ぶ。
その声で、下人は起きる。
――――一人逃ガシテイタヨウダナ。
畜生め、殺してやる。
大きな足音を立てて、本殿へと向かう。
「助けて……くれるんですか……?」
希うように、少女は下人を見る。
――――ドウシタンダ、オ前。
下人の中で、別の欲望が芽生える。殺人欲ではなく、別の感情が。
――――――――――性欲――――――――――
「助けてやるから…………いいよな……?」
下人は少女の耳元で、そっと囁く。
「え………?」
少女は困惑する。
下人は少女の唇を奪う。舌を強引に捻じ込み、少女の口膣を犯す。
少女はかつてない快感に、困惑しつつ、浸っていた。
――――オイ、殺サナクテイイノカヨ!?
五月蠅い。これでいいんだ。
下人は少女の帯を解き、脚絆だけにする。下人は体重で少女を押し倒す。
引き続き、下人は少女の口膣を犯し続ける。少女は息を荒くする。
下人は少女の脚絆を肩から脱がせ、胸部を露出させる。下人は褌一丁になる。
下人は少女の乳首を執拗に攻める。とがりかけた少女の胸は、更なる快楽を少女に与える。
遂に堪えられなくなった為、少女は喘ぎ声を上げ始める。
少女は、もう快楽の海に溺れ始める。
少女の脚絆を、下人は完全に脱がせ、下人は少女の陰裂に指を添わせる。
下人は少女の陰裂に添わせた指を、上下に往復させる。愛液があふれる。
下人は褌を脱ぎ、自身の陰茎を少女の膣に挿入する。少女の表情は驚愕に染まる。
下人は腰を乱暴に動かし、自身も快楽に溺れ始める。
少女は抵抗しようと膣をキュッと締めるが、逆に下人に更なる快感を与えてしまう。
「うっ……」
下人は、絶頂に近づいたため、少し声を漏らす。
そして、下人は絶頂を迎える。下人は少女の子宮に射精する。
下人と少女は、息を荒くして快感の余韻に浸る。
下人は初めて悪魔の囁きに逆らった。
本殿は、朝の光に包まれていた。
* * *
それから、下人は少女を誘拐し、一日に十回以上交わった。長い間性欲が溜まっていた分を発散する様に、何度も何度も。
下人は無意識の内に四十八手全てを行っていた。一回の中で体位を何度も変えることもあった。
しばらく経った後、少女は自身の体の異変に気付く。生理が来ないのだ。それも二か月。
母がいつか「月経は小さいころはあまり規則的ではないのよ」言っていたが、これは明らかに異常だ。
そして、いつからか時折吐き気がするのだ。気持ち悪い。
それでも、下人は少女を犯し続けた。少女は抵抗しない。快楽を知ってしまったから。
乳房も心なしか大きくなった。
少女は妊娠を確信した。食べ物がないため、腹の中の子にまったく栄養を送れない。
二か月後、少女は激しい腹痛に襲われた。少女は激痛に喘ぐ。
膣から夥しい量の出血が始まる。意識が遠のく。
下人は、少女の異変に気付く。だが、少女の裸体を見た下人は再び性欲を沸かせ、少女を死姦する。
少女はビタミンを全く接種していなかったため、壊血病を起こしていた。そのため、子宮からの出血が止まらない。
数分後、下人は少女が子宮から死の間際に出した何かに気付く。それは何かが袋に包まれているもので、それを破ると羊水が少量溢れ、栄養失調故にか奇形を起こした“P”の形をした何かが袋から出てきた。
下人は少女の内臓を食らう時に気付いたが、少女は流産の際、子宮ごと出産したらしい。
* * *
「やはりおかしい。こんなに短期間で都の重鎮が行方不明とは」
内裏の中はうっすらと漂う不気味さに敏感になっていた。
当たり前である。四か月前には外の巡回に行った役人とその五人の護衛が行方不明、三か月前には不審火で第五位の役人とその従者の一人と奴隷たちを除くその他の従者が失われ、二か月前に第五位の役人とその元奴隷の従者十名が行方知れずになった。鎧や刀、着物、足袋、烏帽子等の装飾品から馬まで跡形もなく消えてしまっているのだ。
さらに不審なことは、三か月前の不審火の犯人がいまだ判明していないのだ。事件の真相を知るあの役人が行方不明になり、完全に迷宮入りしてしまった。
そんな時、天皇に拝謁する男が一人。
「お呼びでしょうか、天皇陛下」
「はい。貴殿に与えたかの勅命、今こそ実行せよ」
「はっ」
その男は第七位の男の息子であった。
彼に与えられた仕事は、たった一つ。
この一連の事件の犯人を拘束、もしくは抹殺せよ、だ。
それと、彼に与えられた軍勢は、一千。この内裏の人数の三分の一だ。それも全員鎧を着、刀を腰に下げている。
「行け」
エイエイオー――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
天皇の一言で、彼らは地鳴りのような声を上げ、朱雀門をくぐっていった。
* * *
下人はあの役人の屋敷を攻略したことで、莫大な米を手に入れた。
下人は考えを巡らせ、軍隊を作り上げた。
そのシステムは簡単である。米を与える代わりに自分に忠誠を誓わせた。
その数、実に百。
下人は、頂点に立つ快楽に酔っていた。再びこんな座に帰れるなど、予想だにしていなかったからだ。
そこに、第七位の息子が通りかかる。下人に目を付け、こう聞いた。
「おい、ここらでよく都の者が行方不明になっているが、何か知っているか?」
「いや、なにも………っ!」
下人の表情は驚愕に染まる。それを役人は見逃した。
「見たところ、汝がここの首らしいな。何か情報があったら我に伝えてくれ」
何で、何デ、オ前ガ…………!!!!!!!!
下人はその役人から駐屯場を教わった。
下人は、その夜懐かしい夢を見た。
* * *
「今日からここで働くことになりましたぁ、よろしくお願いしまぁす」
下人は、部下が増えることを喜んでいた。どんな人が部下に加わるのだろうかと思うと、頬が緩むのを抑えることができなかった。生真面目な部下、ぼそっと呟いた一言で場の空気を変える部下、面白い冗談を言う部下、例を挙げたらきりがない。
そんな下人が彼に会ったとき、下人は今までに会ったことのないタイプの部下に、少し困惑した。
第一印象は、少しだらしないな、だった。
だが、下人はどこを担当させたらいい化学反応が起こるかを考えると、心が躍った。
「よろしく頼むぞ。………くれぐれも丁重に、な」
「?」
主からそう聞かされた時、下人は首をかしげた。
そして、彼は働き始めた。
だが、下人が第一印象で感じた通り、その働きっぷりはとてもだらしないものだった。
他人に仕事を押し付けてサボるは、与えられた仕事は何もこなさないは、無断欠勤するは。
なのに、なぜか真面目に働いている他の従者に比べ、多くの賃金を貰っていた。
主がなぜか彼に対して媚びたような態度をとっていることを、長年主に仕えていた下人頭の下人は感じ取った。
堪え切れなくなった下人は、こう問いただした。
「何故、何故彼を解雇しないのですか………!」
そう聞くと、主は視線を下に落とし、眉を潜めてこう言った。
「彼は、あいつは高官の息子なのだ…!私は第五位、奴の親は第六位…………。私は怖いのだ、奴の気を悪くして、親に報告されるのが………!」
そうなれば、私は確実に降格、最悪永久的に位を与えられなくなる………。と主は付け加え、歯を食いしばった。
下人は心の中で反芻する。
所詮親の七光じゃないか!
あの餓鬼はまだ第一位じゃないか!位は俺の方が上だ。
お前はなんの徳もないのに!
親の権力振りかざして!俺は自力で第四位を勝ち取ったんだぞ!
下人は激しく嫉妬した。下人の親は百姓だ。だが、私を立派に育て上げてくれた。このことに関して、いくら感謝の言葉を心から出しても決して足りることはないだろう。それを認められ、親は第一位を獲得した。その結果、私は第四位を手に入れられたのだ。
その後、飢饉の際、何故か下人の方が解雇されたのだ。第四位を、失ったのだ。
* * *
思い出した。もう、忘れない。
下人は復讐を決意する。彼は、きっと今は第七位。あの金持ちのボンボンを、さらし首にするのだ。
下人の軍隊は弓矢で駐屯場を攻撃する。
放った矢は、六百。
役人は突如襲撃を食らい、軍の五百を失った。
駐屯場の四つの門にそれぞれ十の兵力を注ぎ、待ち伏せする。
出てきた兵の二百をそうして打ち取る。
下人は兵を退却させ、矢を放つ。その数、二百。そうして、役人は百五十の兵を失う。
役人は百五十の兵を集結させ、盾で囲み、その隙間に槍を刺す。
下人は棘を付けた縄をその周りを十周させ、せーの、の掛け声で綱を引く。
役人の陣は崩壊する。至近距離から弓を放ち、百の兵を打ち取る。
そして、下人は三十の兵の首を取り、十九の兵を死体の槍で突き殺す。
残りは一人と、役人だけだ。
下人は最後の兵を打ち取り、役人に詰め寄る。
「おい、餓鬼。私を覚えているか?」
「あ、あんたは…!」
「私は、お前のせいで解雇された。この恨み、わかるか?」
下人は憎悪を込めた声でそう言い放つ。
役人は恐怖に戦く。
下人は首を取る。
下人は槍に役人の首を刺し、凱旋した。
役人の兜から、“P”の形をした何かが外れた。
* * *
「おい、起きろよ、旦那、起きろよ」
俺は目を覚ます。あの桜の下に居たことが、今までのものが夢であったことを物語った。
「ふっ……」
下人から笑みがこぼれる。
「どうしたんだ、旦那」
「昔の夢を見るなんて、俺も老けたな、と思ってさ」
下人は自虐に満ちたセリフを投げかける。
「戦るんだろ、近々」
「ああ」
下人は反乱軍の集合場所に揃った強者たちの異様な士気の高さに頬が緩む。
また、あの感覚か。
昔のことを、下人はまた思い出した。
* * *
俺は、この軍を指揮するとき、傲慢になっていた。
内裏の中に、あの憎き七位の息子(今は彼の父は亡くなり、この餓鬼が七位であると聞いた)の首を投げ込んでから、俺たちと内裏の軍との衝突は繰り返された。
俺の軍には勝利の箔がつき、さらに兵の数は増えた。今日は六人がここに入り、これで軍の総勢は百五十二人だ。
任務の途中で殉死した者もいた。だが、下人はそれを弔わなかった。
部下が死んだから、なんだってんだ。
俺が生きていれば、兵は俺に跪き、忠誠を誓う。そうでない者は、即座に首を撥ねることだって、俺はできるのだ。
だから、俺は弔わない。その分だけ怒りや憎しみを貯め、愚者への制裁に使えばよい。
大内裏にいる太った醜悪な豚どもを殺せれば、兵なぞ知ったことか。
何度かの小競り合いで、内裏は百の兵を、俺は十の駒を失った。
だが、構わない。俺は支配者だからだ。
俺は無意識の内に、石を削り、“P”型の勾玉を作っていた。
* * *
「俺はもうこんな扱いは耐えられない!あの支配者を殺そう!!」
「そうだ!もとはといえ全部あいつが悪いんだ!!」
反乱軍の中で、ある日遂にほころびが出てしまう。反逆者が、現れたのだ。
その事は下人の耳にもすぐさま入った。
下人は激しい怒りにあおられた。
「反逆者は誰だ!!!」
修羅の形相で周囲をにらみつける。
「死ね!!!!」
彼らは無謀にも下人に切りかかる。
刀をいなされ、彼らは刀を落としてしまう。
彼らは刀を拾うため、下人に背を向ける。
――――ヤルナラ今ダゼ。
言われなくても解ってる。
下人は二人の背中を何度も切りつけた。痛みに耐え兼ね、仰向けになった時には、腹も滅多切りにしていた。彼らは死んだ。
その時、下人は目の端に“P”の字が浮かんでいたが、気にしなかった。
* * *
「明日、我々は朝廷を攻め落とす!我々を苦しめ、我々から無い物を搾取し、自分たちだけ私腹を肥やす醜悪な畜生を、この都から排除するのだ!!!!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
雄叫びが上がる。
さあ、始めよう。
断罪だ。この世から一切の愚者を殺すのだ。排除するのだ。
開戦を告げるが如く、朝日が昇る。
さあ、開戦だ。
* * *
一方、朝廷側も軍を整えていた。その数一千五百。
朝廷軍が最も驚いていたことは、天皇自ら、軍をお率いになられていることだ。
神武天皇に傾倒していた彼は、有事の際はこの朝廷軍を率いて反逆者を抹殺しようと決めていたのだ。
「我々は賊軍を殲滅する!この都の英雄の半数が、鬼畜共に殺された!!今こそ、真の正義たる我々が勝利を挙げる時だ!」
朝廷軍は天皇の勅令に対する責務の大きさに武者震いを起こしていた。しかし。
「大勝利、大勝利」
朝廷軍の一人の兵士がそうつぶやいた。
「「大勝利、大勝利」」
隣の兵士に、それが広がる。そしてそれは、瞬く間に全体へ広がる。
『『『『『『『『『『『『『『『大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!大勝利!』』』』』』』』』』』』』』』
準備は、整った。
さあ、開戦だ。
* * *
両軍は、平安京の南の平原で交戦する。朝廷軍は羅生門を背に、下人率いる反逆軍は、鴨川と桂川を背にする。
「突撃いいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
数で圧倒すべく、天皇は天叢雲剣を抜き、賊軍に向ける。
おおおおおおおおおお!!!
天皇の馬が走ると、それに騎馬兵、歩兵の順で続く。
それに対し、下人は横一列に陣を敷き、盾で壁を作る。
下人はあのどら息子との戦いで学習していた。朝廷軍の盾は、円形であった。そうであったが故に、全体を囲むのに隙間がどうしてもできてしまう。
下人は大量の鎧や馬具、盾を溶かして長方形に成型したのだ。
「打てえええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」
下人は刀を抜き、畜生どもに向ける。
わずか二百五十の軍は、陣の中から矢を大量に放つ。
朝廷軍の騎兵隊は、次々に被弾する。主を失った馬はどこかに去ってゆく。
「うっ」
天皇は左肩に被弾し、馬の後ろに落ちる。
朝廷軍にどよめきが起こる。
「勅令を遂行せよ!我に構うな!!!!!」
天皇は残りの意識を総動員し、叫ぶ。
おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!
朝廷軍は、かつてない士気を見せる。
天皇は全身から力を抜く。呼吸を止め、目を閉じる。
この時点で、朝廷軍一千、反逆軍二百五十。
まだ、反逆軍は矢を放ち続ける。
「盾兵、しゃがめ!!弓兵、放て!!!!!」
朝廷軍の歩兵を、矢は無慈悲に貫いていく。
「仕方ない、総員、死体を盾にして進め!!」
それでも、朝廷軍はその数を減らしていく。今は五百だ。
「弓兵、放て!!」
朝廷軍は、遂に弓矢を用いる。反逆軍は初めて死者を出す。
それから、十分が経った。
互いの、兵は五十ずつ。
刀で切り合う、人ならざる者の殺し合いが繰り広げられる。
最後の二人は、下人ともう一人。
下人の目は、懐かしい男を映す。
かつての主だった。
下人が本能に従って彼の喉を切り裂くのと、主がかつての下人の右肩から左大腿部を断罪するが如く切り裂いたのは、同時だった。
下人は“P”の意味を知る。今も三つ、見えているのだから。
その意味は、罪だ。
俺の、俺自身の、罪だ。
* * *
これは、俺が、いや、私が第四位として最後に昇殿した日だ。
記憶が、蘇る。
「何故です、何故こんなに米があるのに民に分け与えないのですか!?民を救うのが、我々の役目だと、仰ったじゃないですか!」
私は、天皇に直訴していた。私は誰よりも優しく在ろうと誓ったからだ。
私が、第四位を獲得できたのは、私の両親、天皇陛下を始めとするここのすべての役人のお陰だ。
周囲に感謝しているから、私はこのような事を言えるのだ。そう、決意していた。
だが、かつての徳に満ちた都は、もうなかった。
そこにあったのは、保身しか頭にない集団だった。
「無礼な!控えよ!我々が飢え死んだら、誰が政治を動かすと思っているんだ!!」
だが、俺は引けなかった。ここだけは、譲れなかった。
それ故に、私はこの職を追われた。
私を抱きしめる主の声は、耳に入らなかった。
その時、私は三つの罪を背負った。
それは、“執着”、 “正義”、 “怠惰”。
自分の正義に執着し、全てに絶望し、怠惰に陥った。
下人は全てを思い出し、死んだ。
* * *
天皇は目を覚ます。見渡すと、夥しい量の死体があった。
「もう、これまでか」
天皇は覚悟を決め、左肩に刺さっていた矢を引き抜き、心臓に突き刺した。
* * *
男は、平原を彷徨っていた。盲人のように歩いていた。
平安京の木の最後の葉が、地に落ちた。
男は、ある一つの死体を見つける。とても豪華な服を着た男だ。
「ゴメンな、こうしなきゃ俺も飢え死ぬんだ」
男は、下人の服を、剥ぎ取った。
―――――――――――――悪の連鎖は、終わらない。―――――――――――――
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