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「アーサー・C・クラーク」の版間の差分

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'''アーサー・チャールズ・クラーク'''('''Sir Arthur Charles Clarke'''、[[1917年]][[12月16日]] - [[2008年]][[3月19日]])は、[[イギリス]]出身の[[サイエンス・フィクション|SF]]作家。20世紀を代表するSF作家の一人であり、また欧米では科学解説者としても知られている。
'''アーサー・チャールズ・クラーク'''('''Sir Arthur Charles Clarke'''、[[1917年]][[12月16日]] - [[2008年]][[3月19日]])は、[[イギリス]]出身の[[サイエンス・フィクション|SF]]作家。20世紀を代表するSF作家の一人であり、科学解説者としても知られている。


==概要==
==概要==
[[1960年代]]から[[1970年代]]には[[ロバート・A・ハインライン]]、[[アイザック・アシモフ]]と並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所として活躍。他の2人がエンターテイメント、SF[[叙事詩]]を志向したのに対して、クラークは豊富な科学的知識に裏打ちされた近未来を舞台にしたリアルな[[ハードSF]]作品群と[[仏教]]思想に共鳴した「人類の宇宙的進化」を壮大に描く作品群とに特色がある。代表作は『[[幼年期の終わり]]』、『[[2001年宇宙の旅]]』。作品のほとんどが邦訳されている。短編では『太陽系最後の日』や『時間がいっぱい』などが有名。SF以外の小説は活動初期1冊あるのみ。
[[1960年代]]から[[1970年代]]には[[ロバート・A・ハインライン]]、[[アイザック・アシモフ]]と並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所として活躍した。他の2人がエンターテイメント、SF[[叙事詩]]を志向したのに対して、クラークは豊富な科学的知識に裏打ちされた近未来を舞台にしたリアルな[[ハードSF]]作品群と[[仏教]]思想に共鳴した「人類の宇宙的進化」を壮大に描く作品群とに特色がある。代表作は『[[幼年期の終わり]]』、『[[2001年宇宙の旅]]』。作品のほとんどが邦訳されている。短編では『太陽系最後の日』や『』などが有名。SF以外の小説はイギリス空軍時代体験を基した1963年の『Glide Path』(日本語未訳)の一作のみ。


多くの科学者や宇宙飛行士らと親交があり、何人かは小説に登場している。他にもしばしば作中で現実とのクロスオーバーを行っており、『[[2010年宇宙の旅]]』で登場人物が遺棄宇宙船の中である[[エイリアン (映画)|有名SFホラー映画]]を話題にしたり、『[[2061年宇宙の旅]]』では[[モノリス]]調査隊が映画『2001年』の撮影用[[プロップ]]を発見したエピソードが登場している。
多くの科学者や宇宙飛行士らと親交があり、何人かは小説に登場している。他にもしばしば作中で現実とのクロスオーバーを行っており、『[[2010年宇宙の旅]]』で登場人物が遺棄宇宙船の中である[[エイリアン (映画)|有名SFホラー映画]]を話題にしたり、『[[2061年宇宙の旅]]』では[[モノリス]]調査隊が映画『2001年』の撮影用[[プロップ]]を発見したエピソードが登場している。
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==経歴==
==経歴==
[[1917年]][[12月16日]]に[[イギリス]]・[[サマセット州]][[マインヘッド]]にて生まれる。少年時代は、[[アスタウンディング]]などの[[パルプ・マガジン|パルプ誌]]をはじめとしたSF小説に熱中していた<ref>アーサー・C・クラーク著 山高昭訳『楽園の日々-アーサー・C・クラークの回想録』ハヤカワ文庫</ref>。1934年に英国惑星間協会へ入会し、活発に活動する(1946年には会長になった)。1936年にグラマースクールを卒業した後は公務員として働いていた。[[第二次世界大戦]]中にはイギリス空軍の[[将校]]として電波探知法、レーダーの開発に取り組み、教官も務める。[[1945年]]に[[衛星通信]]に関する論文を科学雑誌へ寄稿し、現在、通信の基幹となっている衛星通信の構想を初めて科学的に示したとされる。戦後、[[ロンドン大学]]のキングス・カレッジに入学し、[[物理]]と[[数学]]を専攻する。一時、[[大蔵省 (イギリス)|大蔵省]]に勤めるがすぐに退職。物理雑誌「フィジクス・アブストラクツ」の編集部に転職した。
[[1917年]][[12月16日]]に[[イギリス]]・[[サマセット州]][[マインヘッド]]にて生まれる。少年時代は、[[アスタウンディング]]などの[[パルプ・マガジン|パルプ誌]]をはじめとしたSF小説に熱中していた<ref>アーサー・C・クラーク著 山高昭訳『楽園の日々-アーサー・C・クラークの回想録』ハヤカワ文庫</ref>。1934年に英国惑星間協会へ入会し、活発に活動する(1946年には会長になった)。1936年にグラマースクールを卒業した後は公務員として働いていた。[[第二次世界大戦]]中にはイギリス空軍の[[将校]]として電波探知法、レーダーの開発に取り組み、教官も務める。[[1945年]]に[[衛星通信]]に関する論文を科学雑誌へ寄稿し、現在、通信の基幹となっている衛星通信の構想を初めて科学的に示したとされる。戦後、[[ロンドン大学]]のキングス・カレッジに入学し、[[物理]]と[[数学]]を専攻する。一時、[[大蔵省 (イギリス)|大蔵省]]に勤めるがすぐに退職。1949年から1951年まで物理雑誌「フィジクス・アブストラクツ」の編集部に勤めていた。


[[1946年]]、[[アスタウンディング]]4月号に掲載された短編『抜け穴』で商業誌デビューする。最初期の作品としては翌5月号に掲載された短編『太陽系最後の日』の評価が高く、日本では『[[SFマガジン]]』創刊号に翻訳が掲載され、支持を得た。[[1953年]]には人類の宇宙的な進化を描いた『幼年期の終わり』を刊行。現在でもSFのベスト級作品として評価されている。
[[1946年]]、[[アスタウンディング]]4月号に掲載された短編『抜け穴』で商業誌デビューする。最初期の作品としては翌5月号に掲載された短編『太陽系最後の日』の評価が高く、日本では『[[SFマガジン]]』創刊号に翻訳が掲載され、支持を得た。[[1953年]]には人類の宇宙的な進化を描いた『幼年期の終わり』を刊行。現在でもSFのベスト級作品として評価されている。
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[[1987年]]、[[アーサー・C・クラーク賞]]が発足。[[1998年]]には[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス女王]]より[[ナイト]]の称号を授与された。
[[1987年]]、[[アーサー・C・クラーク賞]]が発足。[[1998年]]には[[エリザベス2世 (イギリス女王)|エリザベス女王]]より[[ナイト]]の称号を授与された。


[[2004年]]12月末に起きた[[スマトラ島沖地震]]では、[[津波]]によって海に面したダイビング用の小屋やバンガローなどに被害を受けたが無事だった。
[[2004年]]12月末に起きた[[スマトラ島沖地震]]では、[[津波]]によって海に面したダイビング用の小屋やバンガローなどに被害を受けた。


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2009年8月16日 (日) 08:11時点における版

アーサー・チャールズ・クラーク
Sir Arthur Charles Clarke
ファイル:ArthurClarke.jpg
誕生 (1917-12-16) 1917年12月16日
イギリスの旗 イギリスサマセット州マインヘッド
死没 (2008-03-19) 2008年3月19日(90歳没)
スリランカの旗 スリランカコロンボ
職業 SF作家
国籍 イギリスの旗 イギリススリランカの旗 スリランカ
ジャンル SF
代表作 2001年宇宙の旅
幼年期の終わり
主な受賞歴 ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞
デビュー作 抜け穴
ウィキポータル 文学
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アーサー・チャールズ・クラークSir Arthur Charles Clarke1917年12月16日 - 2008年3月19日)は、イギリス出身のSF作家。20世紀を代表するSF作家の一人であり、科学解説者としても知られている。

概要

1960年代から1970年代にはロバート・A・ハインラインアイザック・アシモフと並んでビッグ・スリーと称されるSF界の大御所として活躍した。他の2人がエンターテイメント、SF叙事詩を志向したのに対して、クラークは豊富な科学的知識に裏打ちされた近未来を舞台にしたリアルなハードSF作品群と仏教思想に共鳴した「人類の宇宙的進化」を壮大に描く作品群とに特色がある。代表作は『幼年期の終わり』、『2001年宇宙の旅』。作品のほとんどが邦訳されている。短編では『太陽系最後の日』や『星』などが有名。SF以外の小説はイギリス空軍時代の体験を基にした1963年の『Glide Path』(日本語未訳)の一作のみ。

多くの科学者や宇宙飛行士らと親交があり、何人かは小説に登場している。他にもしばしば作中で現実とのクロスオーバーを行っており、『2010年宇宙の旅』で登場人物が遺棄宇宙船の中である有名SFホラー映画を話題にしたり、『2061年宇宙の旅』ではモノリス調査隊が映画『2001年』の撮影用プロップを発見したエピソードが登場している。

アシモフともし「最高のSF作家は誰か?」と聞かれたら互いの名を答える「アシモフ - クラーク協定(Asimov-Clarke Treaty of Park Avenue)」を結んでいたと言われている[1]

後年はスリランカに住んだ。『スリランカから世界を眺めて』というスリランカでの暮らしに触れたエッセイ集もある。ダイビングなどを趣味にしていた。晩年まで小説を執筆した。

経歴

1917年12月16日イギリスサマセット州マインヘッドにて生まれる。少年時代は、アスタウンディングなどのパルプ誌をはじめとしたSF小説に熱中していた[2]。1934年に英国惑星間協会へ入会し、活発に活動する(1946年には会長になった)。1936年にグラマースクールを卒業した後は公務員として働いていた。第二次世界大戦中にはイギリス空軍の将校として電波探知法、レーダーの開発に取り組み、教官も務める。1945年衛星通信に関する論文を科学雑誌へ寄稿し、現在、通信の基幹となっている衛星通信の構想を初めて科学的に示したとされる。戦後、ロンドン大学のキングス・カレッジに入学し、物理数学を専攻する。一時、大蔵省に勤めるがすぐに退職。1949年から1951年まで物理雑誌「フィジクス・アブストラクツ」の編集部に勤めていた。

1946年アスタウンディング4月号に掲載された短編『抜け穴』で商業誌デビューする。最初期の作品としては翌5月号に掲載された短編『太陽系最後の日』の評価が高く、日本では『SFマガジン』創刊号に翻訳が掲載され、支持を得た。1953年には人類の宇宙的な進化を描いた『幼年期の終わり』を刊行。現在でもSFのベスト級作品として評価されている。

1953年に結婚するが、結婚生活は長続きせず翌年には別居した。映画2001年宇宙の旅の製作時期のアメリカ滞在中に正式に離婚している。1956年に、スリランカ(当時セイロン)に移住し、以降スリランカとイギリスを行き来しながら作家活動を続ける。

1973年には『宇宙のランデヴー』で、1979年には『楽園の泉』で、ヒューゴー賞ネビュラ賞を同時受賞する。

1987年アーサー・C・クラーク賞が発足。1998年にはエリザベス女王よりナイトの称号を授与された。

2004年12月末に起きたスマトラ島沖地震では、津波によって海に面したダイビング用の小屋やバンガローなどに被害を受けた。

2008年3月19日午前1時30分[3]、自宅にて心肺機能不全のため90歳で死去[4]2007年12月には、生きている間に宇宙人のいるという確かな痕跡を見たかったと話していた。

2001年宇宙の旅

代表作の一つ『2001年宇宙の旅』はスタンリー・キューブリック監督による映画版がSF映画のジャンルにおいて記念碑的な作品とみなされている。クラークは脚本の共同執筆に参加した。原案は短編の『前哨』であると言われている。小説と映画は同時進行で製作されていて、「映画原作本」「映画のノベライゼーション」といった関係ではない。映画の劇場公開は1968年4月であり、小説の出版は同年7月である。映画作成時の状況については、エッセイ『失われた宇宙の旅2001』に詳しい。

最高のSF映画として全世界で高く評価されており、日本の旧文部省が「特選」に指定した唯一のSF映画でもある。

また、続編『2010年』の映画化に際してキューブリック抜きを条件にした。クラークは映画の仕上がりに満足したという。

作品リスト

長篇

宇宙の旅シリーズ

ラーマシリーズ

短篇集

ノンフィクション

  • 『惑星へ飛ぶ』 Interplanetary Flight 時事通信社
  • The Exploration of Space
  • The Exploration of the Moon
  • The Young Traveller In Space
  • The Coast of Coral
  • The Making of a Moon
  • The Reefs of Taprobane
  • Boy Beneath the Sea
  • Voice Across the Sea
  • The Challenge of the Sea
  • 『宇宙文明論』 The Challenge of the Spaceship 早川書房
  • The First Five Fathoms
  • Indian Ocean Adventure
  • 『未来のプロフィル』 Profiles of the Future ISBN 4150500452
  • 『失われた宇宙の旅2001』 The Lost Worlds of 2001 ISBN 4150113084
  • Glide Path
  • 『人間と宇宙の話』 『宇宙への挑戦』 Man And Space タイムライフ
  • The Treasure of the Great Reef
  • Indian Ocean Treasure(Mike Wilsonと共著)
  • Voices from the Sky
  • The Lion of Commare & Against the Fall of Night
  • The Promise of Space
  • First On the Moon
  • Into Spaceロバート・シルヴァーバーグと共著)
  • Beyond Jupiter (Chesley Bonestellと共著)
  • Report On Planet Three
  • Tchnology And the Frontiers of Knowledge
  • 『スリランカから世界を眺めて』 The View from Serendip ISBN 4150501440
  • Ascent to Orbit: a Scientific Autobiography ハヤカワ文庫
  • Spring, a Choice of Futures
  • 『オデッセイ・ファイル―アーサー・C・クラークのパソコン通信のすすめ』 The Odyssey File (Peter Hyamsと共著) ISBN 4893620029
  • 『アーサー・C・クラークの2019年7月20日Arthur C. Clarke's July 20, 2019: Life in the 21st Century ISBN 4010703547
  • 『楽園の日々―アーサー・C・クラーク自伝』 Astounding Days: a Science Fictional Autobiography ISBN 4152034440 早川書房のち文庫
  • The Fantastic Muse
  • How the World Was One
  • By Space Possessed
  • The Colours of Infinity
  • 『オリンポスの雪―アーサー・C・クラークの火星探検 水と緑の「惑星誕生」ものがたり』 The Snows of Olympus ISBN 4198607222
  • サイモン・ウェルフェア&ジョン・フェアリー『アーサー・C・クラークのミステリー・ワールド』 Arthur C. Clarke's Mysterious World ISBN 4048410091
  • 『(アーサー・C・クラーク) 超常現象の謎を解く (上・下)』 Arthur C. Clarke's World of Strange Powers ISBN 4898000290 ISBN 4898000304 ISBN 484220219X ISBN 4842202203
  • Arthur C. Clarke's Chronicles of the Strange and Mysterious

その他

TV番組

  • アーサー・C・クラーク 未知の世界へ(ARTHUR C. CLARKE'S MYSTERIOUS UNIVERSE)
    • イギリスで1994年に制作された、全26話のテレビ・シリーズ。クラークが語り手となり世界中の「超科学的な現象」を分析し、科学的な説明をつけていくドキュメンタリー番組。日本ではCS・ミステリチャンネルで放送[1]

注釈

  1. ^ Isaac Asimov FAQ, Part 1
  2. ^ アーサー・C・クラーク著 山高昭訳『楽園の日々-アーサー・C・クラークの回想録』ハヤカワ文庫
  3. ^ スリランカ標準時(UTC+5:30)と思われる。欧米では時差により18日のうちに訃報が流れた
  4. ^ Times Online: Science fiction author Arthur C. Clarke dies aged 90

関連項目

参考書籍

  • 『SFマガジン』2008年7月号「アーサー・C・クラーク追悼特集2 完全年譜」 (経歴の節)

外部リンク

アーサー・C・クラーク - Internet Speculative Fiction Database(英語)

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