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様々な団体のイベントに参戦した後、[[UFC]]に参戦。[[1998年]]3月13日の[[UFC 16]]で行われたライト級(後のウェルター級)トーナメントで[[タウンセンド・ソーンダース]]、[[クリス・ブレナン]]を破り優勝を果たした。同年10月16日の[[UFC Brazil]]では[[マイキー・バーネット]]との初代ライト級王者決定戦を制し、初代UFC世界ライト級(後のウェルター級)王者となった。 |
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UFC王者時代も並行してローカル大会に出場。[[修斗]]の[[中尾受太郎]]や当時[[シュートボクセ・アカデミー]]所属だった[[ジョセ・ランディ・ジョンズ|ペレ]]にも敗退するなど取りこぼしが目立ったが、UFCのタイトル戦では[[ |
UFC王者時代も並行してローカル大会に出場。[[修斗]]の[[中尾受太郎]]や当時[[シュートボクセ・アカデミー]]所属だった[[ジョセ・ランディ・ジョンズ|ペレ]]にも敗退するなど取りこぼしが目立ったが、UFCのタイトル戦では[[ミッキー・バーネット]]や[[アンドレ・ペデネイラス]]など当時の一線級の選手を退けて防衛を重ねた。[[2000年]]12月16日の[[UFC 29]](東京大会)では[[山本喧一]]にフロントチョークで勝利するが、続く[[2001年]]5月4日の[[UFC 31]]で[[カーロス・ニュートン]]に敗れて王座から陥落した。 |
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[[2002年]]3月22日、[[UFC 36]]で[[マット・リンドランド]]にTKO負け。 |
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[[2006年]]に旗揚げした[[International Fight League|IFL]]ではシルバーバックスのコーチを務め、2006年9月23日、IFLにて4年半ぶりに試合を行い、[[ヘンゾ・グレイシー]]に[[フロントチョーク|ギロチンチョーク]]で一本負け。 |
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[[2008年]]12月11日、2年振りに復帰し[[Adrenaline MMA|Adrenaline MMA 2]]のメインイベントで[[トーマス・デニー]]にTKO勝利を収めた。 |
[[2008年]]12月11日、40歳という年齢であったが2年振りに復帰し、[[Adrenaline MMA|Adrenaline MMA 2]]のメインイベントで[[トーマス・デニー]]にTKO勝利を収めた。 |
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== 戦績 == |
== 戦績 == |
2012年2月26日 (日) 12:54時点における版
基本情報 | |
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本名 |
パトリック・ジェイ・ミレティッチ (Patrick Jay Miletich) |
通称 | ザ・クロアチアン・センセーション |
国籍 | アメリカ合衆国 |
生年月日 | 1968年3月9日(56歳) |
出身地 | アイオワ州ダベンポート |
所属 | ミレティッチ・マーシャルアーツ・センター |
身長 | 178cm |
体重 | 77kg |
階級 | ウェルター級 |
バックボーン | キックボクシング |
パット・ミレティッチ(Pat Miletich、男性、1968年3月9日 - )は、アメリカ合衆国の総合格闘家。アイオワ州ダベンポート出身。ミレティッチ・マーシャルアーツ・センターを主宰。元UFC世界ウェルター級(旧ライト級)王者。
優秀な指導者としても知られ、現役時代より自ら主宰するミレティッチ・マーシャルアーツ・センターではマット・ヒューズを筆頭にジェンス・パルヴァー、ジェレミー・ホーン、ティム・シルビアなど数多くの選手を育成した。
来歴
1995年10月28日、アメリカ士道館主催のBattle of the Mastersで総合格闘技デビュー。優勝を飾り、以後、当時トーナメントが主流だったアメリカのローカルシーンでは優勝を総舐めにする。以後、エクストリーム・チャレンジなどで活躍。
様々な団体のイベントに参戦した後、UFCに参戦。1998年3月13日のUFC 16で行われたライト級(後のウェルター級)トーナメントでタウンセンド・ソーンダース、クリス・ブレナンを破り優勝を果たした。同年10月16日のUFC Brazilではマイキー・バーネットとの初代ライト級王者決定戦を制し、初代UFC世界ライト級(後のウェルター級)王者となった。
UFC王者時代も並行してローカル大会に出場。修斗の中尾受太郎や当時シュートボクセ・アカデミー所属だったペレにも敗退するなど取りこぼしが目立ったが、UFCのタイトル戦ではミッキー・バーネットやアンドレ・ペデネイラスなど当時の一線級の選手を退けて防衛を重ねた。2000年12月16日のUFC 29(東京大会)では山本喧一にフロントチョークで勝利するが、続く2001年5月4日のUFC 31でカーロス・ニュートンに敗れて王座から陥落した。
2002年3月22日、UFC 36でマット・リンドランドにTKO負け。
2006年に旗揚げしたIFLではシルバーバックスのコーチを務め、2006年9月23日、IFLにて4年半ぶりに試合を行い、ヘンゾ・グレイシーにギロチンチョークで一本負け。
2008年12月11日、40歳という年齢であったが2年振りに復帰し、Adrenaline MMA 2のメインイベントでトーマス・デニーにTKO勝利を収めた。
戦績
総合格闘技 戦績 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
38 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
29 勝 | 5 | 18 | 6 | 0 | 2 | 0 |
7 敗 | 3 | 3 | 1 | 0 |
勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
○ | トーマス・デニー | 2R 0:50 TKO(パウンド) | Adrenaline MMA 2 | 2008年12月11日 |
× | ヘンゾ・グレイシー | 1R 3:37 ギロチンチョーク | IFL - Gracie vs. Miletich | 2006年9月23日 |
× | マット・リンドランド | 1R 3:09 TKO(マウントパンチ) | UFC 36: Worlds Collide | 2002年3月22日 |
○ | ショーニー・カーター | 2R 2:42 KO(ハイキック) | UFC 32: Showdown in the Meadowlands | 2001年6月29日 |
× | カーロス・ニュートン | 3R 2:50 サイドチョーク | UFC 31: Locked and Loaded 【UFCライト級タイトルマッチ】 |
2001年5月4日 |
○ | 山本喧一 | 2R 1:58 フロントチョーク | UFC 29: Defense of the Belts 【UFCライト級タイトルマッチ】 |
2000年12月16日 |
× | 田村潔司 | 2R(10分/5分)終了 判定0-2 | リングス MILLENNIUM COMBINE III | 2000年8月23日 |
○ | ジョン・アレッシオ | 2R 1:43 腕ひしぎ十字固め | UFC 26: Ultimate Field of Dreams 【UFCライト級タイトルマッチ】 |
2000年6月9日 |
× | ペレ | 1R終了時 TKO(試合放棄) | WEF 8 - Goin' Platinum | 2000年1月15日 |
○ | ショーニー・カーター | 20分終了 判定3-0 | Extreme Challenge 27 | 1999年8月21日 |
○ | アンドレ・ペデネイラス | 1R 2:20 TKO(カット) | UFC 21: Return of the Champions 【UFCライト級タイトルマッチ】 |
1999年7月16日 |
○ | クレイトン・ミラー | 1R 0:40 三角絞め | Cage Combat 2 | 1999年5月30日 |
× | 中尾受太郎 | 1R 9:22 三角絞め | SuperBrawl 11 | 1999年2月2日 |
○ | ジョルジ・パチーユ・マカコ | 延長2R終了 判定3-0 | UFC 18: The Road to the Heavyweight Title 【UFCライト級タイトルマッチ】 |
1999年1月8日 |
○ | マイキー・バーネット | 延長R終了 判定2-1 | UFC Brazil: Ultimate Brazil 【UFCライト級王者決定戦】 |
1998年10月16日 |
△ | ダン・スバーン | 20分終了 ドロー | Extreme Challenge 20 | 1998年8月22日 |
○ | アル・バック・ジュニア | 2R 2:49 チョーク | Midwest Shootfighting 1 | 1998年6月27日 |
○ | クリス・ブレナン | 9:01 フロントチョーク | UFC 16: Battle in the Bayou 【ライト級トーナメント 決勝】 |
1998年3月13日 |
○ | タウンセンド・ソーンダース | 15分1R終了 判定2-1 | UFC 16: Battle in the Bayou 【ライト級トーナメント 1回戦】 |
1998年3月13日 |
○ | クリス・ブレナン | 30分1R終了 判定 | Extreme Challenge Trials | 1997年11月15日 |
△ | クリス・ブレナン | 20分1R終了 ドロー | Extreme Challenge 9 | 1997年8月30日 |
○ | チャック・キム | 1R 10:46 チョークスリーパー | Extreme Challenge 7 | 1997年6月25日 |
× | マット・ヒューム | 1R終了時 TKO(鼻の負傷) | Extreme Fighting 4 | 1997年3月28日 |
○ | チャド・コックス | 1R 1:39 ギブアップ(パンチ) | Extreme Challenge 3 | 1997年2月15日 |
○ | ポール・キンブロ | 1R 5:13 腕ひしぎ十字固め | Extreme Challenge 2 | 1997年2月1日 |
○ | ジェイソン・ニコルセン | 15分1R終了 判定3-0 | SuperBrawl 3 | 1997年1月17日 |
○ | アール・ロークス | 1R 7:00 V1アームロック | Extreme Challenge 1 | 1996年11月23日 |
○ | パット・アサローン | 1R 4:01 腕ひしぎ十字固め | Brawl at the Ballpark 1 | 1996年9月1日 |
○ | マット・アンダーセン | 1R 5:21 ギブアップ(パンチ連打) | Gladiators 1 | 1996年7月26日 |
○ | Yasunori Matsumoto | 1R 16:50 TKO(ドクターストップ) | Quad City Ultimate 2 | 1996年5月11日 |
○ | アンドレイ・ドゥドコ | 1R 2:49 チョークスリーパー | Battle of the Masters 2 | 1996年2月10日 |
○ | ボブ・ゴールソン | 1R 2:20 KO | Battle of the Masters 2 | 1996年2月10日 |
○ | リック・グレイヴソン | 1R 0:46 チョークスリーパー | Battle of the Masters 2 | 1996年2月10日 |
○ | リック・グレイヴソン | 1R 1:53 チョークスリーパー | Quad City Ultimate 1 | 1996年1月20日 |
○ | エド・マクレナン | 1R 1:28 腕ひしぎ十字固め | Quad City Ultimate 1 | 1996年1月20日 |
○ | ケヴィン・マリノ | 1R 3:49 チョークスリーパー | Battle of the Masters 1 | 1995年10月28日 |
○ | アンジェロ・リヴェラ | 1R 1:40 チョークスリーパー | Battle of the Masters 1 | 1995年10月28日 |
○ | Yasunori Matsumoto | 1R 7:40 チョークスリーパー | Battle of the Masters 1 | 1995年10月28日 |
獲得タイトル
関連項目
外部リンク
前王者 N/A |
初代UFC世界ウェルター級 (戴冠当時ライト級)王者 1998年3月13日 - 2001年5月4日 |
次王者 カーロス・ニュートン |