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どんまいフレンド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
どんまいフレンド
ジャンル トーク番組
放送方式 収録
放送期間 1984年4月9日 - 1991年3月29日
放送時間 #放送時間・ネット局の節を参照
放送局 ニッポン放送
制作 ニッポン放送
ネットワーク HBCラジオ
東海ラジオ放送
RKBラジオ
パーソナリティ 風見慎吾
嶋大輔
羽賀健二
松村雄基
長島ナオト
斉藤隆治
南渕一輝
高橋良明
CHA-CHA
BAKU
提供 花王[注釈 1]
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どんまいフレンドは、1984年4月9日から1991年3月29日までニッポン放送の制作により放送されたラジオ番組である。

概要

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あおい君と佐藤クン』以来続く、「一対一、男同士の熱いトーク」のコンセプトを持つ[1]男性2人による番組(『○○君と○○君』シリーズ)の“伝統”[2]を継承。『長渕クン世良くん』までは『○○君と○○君』のタイトルのパターンで続いてきた。しかしニッポン放送において本番組枠(花王[注釈 1]一社提供枠)を内包する夜ワイド番組が『くるくるダイヤル ザ・ゴリラ』から『ヤングパラダイス』に変わり、その枠自体が22:50 - 23:00枠に移動した1983年5月からは女優の薬師丸ひろ子の冠番組[注釈 2]となっていたが、1984年4月改編で男性タレントによるトーク番組シリーズが復活した。

毎回、二人のトークの声はフェードインしながら始まるという、『あおい君と佐藤クン』と同様の演出が行われており[3]、その後女性アナウンサーによる「○○と○○、どんまいフレンド。」のタイトルコールと提供アナウンス→CM→本編→CM→エンディングという流れとなっていた。

BAKUのどんまいフレンド』終了の1991年4月改編を以ってどんまいフレンドの枠タイトルも終了。後継番組『緒形クン的場クン』からは再びタイトルが『○○君と○○君』のパターンとなった。

パーソナリティの変遷

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放送時間・ネット局

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脚注

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注釈

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  1. ^ a b 1985年9月までは花王石鹸。
  2. ^ 1983年5月から12月まで「薬師丸ひろ子 ひろ子探偵局」、1984年1月からは「薬師丸ひろ子 ほほえみ通信」。
  3. ^ 当時の芸名は羽賀二。
  4. ^ 高橋が1989年1月5日に事故を起こして負傷し、時を同じくして本番組も出演休止。高橋は復帰することなく1989年1月23日に死去、その後は南渕が一人で最終回まで出演し続けた。南渕が1人で担当した期間は番組名を『南渕一輝 どんまいフレンド』とした。[4]
  5. ^ 当時CHA-CHAはメンバー5人編成だったが、「男同士一対一」のコンセプトを継承するために、週替わりで2人ずつ出演していた[1]
  6. ^ 本番組初の3人出演となった。
  7. ^ ニッポン放送では3月28日が最終回。

出典

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  1. ^ a b 月刊ラジオパラダイス 1989年4月号 68頁
  2. ^ “「大倉くんと高橋くん」4・4スタート!伝統の「男2人」番組”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社). (2015年3月11日). https://www.sanspo.com/article/20150311-ZWIKLZI3JJPZFGSQ46FCDZVYJY/ 2020年6月22日閲覧。 
  3. ^ 月刊ラジオパラダイス 1987年8月号特集『アイドルラジオ 夏季講座』p.43
  4. ^ 月刊ラジオパラダイス 1989年4月号 103頁
ニッポン放送 月曜 - 木曜 22:50 - 23:00枠(花王一社提供枠)
前番組 番組名 次番組
カオーラブリーステーション
薬師丸ひろ子 ひろ子探偵局

薬師丸ひろ子 ほほえみ通信
(1983年5月2日 - 1984年4月5日)
どんまいフレンド
(1984年4月9日 - 1991年3月29日)