アモビ・オコイエ
Amobi Okoye | |||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
基本情報 | |||||||||||||||
ポジション | ディフェンシブタックル | ||||||||||||||
生年月日 | 1987年6月10日(37歳) | ||||||||||||||
出身地 |
ナイジェリア アナンブラ州 | ||||||||||||||
身長: | 6' 2" =約188cm | ||||||||||||||
体重: | 302 lb =約137kg | ||||||||||||||
経歴 | |||||||||||||||
大学 | ルイビル大学 | ||||||||||||||
NFLドラフト | 2007年 / 1巡目全体10位 | ||||||||||||||
初出場年 | 2007年 | ||||||||||||||
初出場チーム | ヒューストン・テキサンズ | ||||||||||||||
所属歴 | |||||||||||||||
| |||||||||||||||
NFL 通算成績 | |||||||||||||||
| |||||||||||||||
Player stats at PFR |
アモビ・オコイエ(Amobi Okoye 1987年6月10日- )はナイジェリア・アナンブラ州出身の元アメリカンフットボール選手。NFLのヒューストン・テキサンズ、シカゴ・ベアーズ等に所属していた。イボ人。元カンザスシティ・チーフスのRB、クリスチャン・オコイエと親戚であるという報道もされているが、両者の間に親戚関係はない[1]。
経歴
[編集]プロ入りまで
[編集]ナイジェリアのアナンブラ州で生まれた。2歳半で小学校に入学、10歳の時に6学年をスキップ[1]、12歳の時にアラバマ州ハンツビルに移住した[2]。わずか2週間で中学校を卒業、高校2年の時にアメリカンフットボールを始めた。アメリカンフットボールを知らなかった彼に対して、高校のコーチはマッデンNFLでフットボールについて学ばせた[1]。3年次にはディフェンシブラインマン、オフェンシブラインマンとして州のオールチームに選ばれた。
父親は彼にハーバード大学に進学することを希望していたが、彼はアメリカンフットボールの強い大学への進学を希望、ルイビル大学に進学した[2]。大学では当初、生物学を専攻したが、その後心理学専攻に移り3年半で学位を取得した[2]。
16歳の時に史上最年少のカレッジフットボール選手となり、全13試合にディフェンシブタックルとして出場、17タックル、1サックをあげた。チューレーン大学戦では3タックル、テキサス大学エルパソ校戦で初サックをあげている。
2年次には全12試合中、肩の負傷で欠場したイーストカロライナ大学戦を除く11試合に出場、26タックル、1サックをあげた。陸軍士官学校戦で初先発、7タックルをあげている。
3年次の2005年には23タックル(4ロスタックル)をあげた。ウェストバージニア大学戦では4タックルをあげている。フロリダ・アトランティック大学戦は足の捻挫のため欠場した。ケンタッキー大学戦では2タックル、1ファンブルリカバー、サウスフロリダ大学戦では3タックルをあげた。
4年次の2006年には全13試合に先発出場、55タックル、8サック[2]、3ファンブルリカバーをあげて、AP通信よりオールアメリカンセカンドチーム、ビッグ・イースト・カンファレンスファーストチームに選ばれた。19歳の彼はNFLドラフトにエントリーする権利を獲得した。シニアボウルでの活躍で彼の評価はうなぎのぼりとなった。
NFL
[編集]2007年のNFLドラフトでヒューストン・テキサンズに指名された[3]。これはドラフト1巡指名を受けた選手の史上最年少記録であった。またルイビル大学出身の選手としては、1970年のNFLとAFLの統合以来最も早い順位でのドラフト指名であった。7月26日にテキサンズと5年契約を結び、翌日からトレーニングキャンプに参加した。この年、レギュラーシーズンの試合に出場した彼は1967年以来最も若いNFL選手となった。9月にはAFCトップの4サックをあげて、月間最優秀守備新人選手に選ばれた。この年5.5サックをあげた。
2008年は2年目のジンクスにより今ひとつの成績に終わった[4]。2008年、2009年と2年合計で2.5サックの成績にとどまった[5]。
2011年は3サック及び自己最高の44タックルをあげた。
テキサンズでは、4シーズン先発でプレーした後、新たに就任したウェイド・フィリップスディフェンスコーディネーターによる守備隊形変更に伴い、2011年7月30日に解雇された[6]。同日、シカゴ・ベアーズと契約を結んだ[7]。この年27タックル、4サックをあげた[8]。
2012年4月7日、タンパベイ・バッカニアーズと1年200万ドルで契約を結んだが[9]、開幕前の最終ロースターカットで解雇された[8]。9月3日、シカゴ・ベアーズと1年契約を結んだ[8][10]。11月27日にベアーズから解雇されたが[11]、12月12日に再契約を結んだ[12]。
2013年はどのチームにも所属しなかったが、2014年5月16日、ベアーズ時代に指導を受けたロッド・マリネリ守備コーディネーターのいるダラス・カウボーイズと契約を結んだ[13]。同年8月14日、2013年3月に抗NMDA受容体抗体脳炎と診断されたことを公表[14]、シーズンを全休した。
2015年4月8日、カウボーイズから解雇された[15]。
人物
[編集]ディフェンシブタックルとしては小柄だが、敏捷性を持ち味としており、インサイドからのパスラッシュをする能力を持ち合わせている[2]。
脚注
[編集]- ^ a b c 後藤完夫 (2007年4月号). “ナイジェリアンドリーム 史上最年少のNFL選手誕生か”. TOUCHDOWN. 2012年9月12日閲覧。
- ^ a b c d e 渡辺史敏 (2007年5月17日). “これぞ文武両道。19歳でNFL入りしたオコイエ。”. Sports Graphic Number. 2012年9月12日閲覧。
- ^ MEGAN MANFULL (2007年4月28日). “Texans select Louisville defensive tackle Amobi Okoye”. ヒューストン・クロニクル. 2012年9月12日閲覧。
- ^ “【ドラフト補強ポイント】ラン守備改善へDT獲得が急務 AFC南地区”. NFL JAPAN (2009年4月2日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ “肉体改造成功で注目の選手たち -前編-”. NFL JAPAN (2010年6月2日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ “シカゴ・ベアーズ 守備の注目ポイント”. NFL JAPAN (2011年). 2012年9月12日閲覧。
- ^ “ベアーズがRBバーバー獲得、プロボウルCクレウツは退団か”. NFL JAPAN (2011年7月31日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ a b c “ベアーズDTアモビ・オコイエと再契約”. アメフトNewsJapan (2012年9月3日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ “DTオコイエ、バッカニアーズと1年契約で合意”. NFL JAPAN (2012年4月8日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ “Okoye thrilled to return to Bears”. chicagobears.com (2012年9月3日). 2012年9月12日閲覧。
- ^ Larry Mayer (2012年11月27日). “Bears add veteran Gurode to offensive line”. シカゴ・ベアーズ. 2013年1月30日閲覧。
- ^ “Report: Bears try out two quarterbacks”. Yahoo! SPORTS (2012年12月12日). 2013年1月30日閲覧。
- ^ Adam Caplan (2014年5月17日). “Cowboys agree with Amobi Okoye”. ESPN. 2015年5月1日閲覧。
- ^ Todd Archer (2014年8月15日). “Doctors clear DT Amobi Okoye”. ESPN. 2015年5月1日閲覧。
- ^ “カウボーイズ、脳炎で昨季全休のDTオコイエを解雇”. NFL JAPAN (2015年4月9日). 2015年5月1日閲覧。
外部リンク
[編集]- 通算成績と情報 NFL.com, or ESPN, or Pro-Football-Reference
- Amobi Okoye Foundation
|