アンコール・トム
Angkor Thom | |
城壁内の地図 | |
所在地 | カンボジア シェムリアップ州 |
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座標 | 北緯13度26分36秒 東経103度51分35秒 / 北緯13.443302度 東経103.859682度座標: 北緯13度26分36秒 東経103度51分35秒 / 北緯13.443302度 東経103.859682度 |
種類 | 城郭都市 |
全長 | 3 km (1.9 mi) |
幅 | 3 km (1.9 mi) |
直径 | 3 km (1.9 mi) |
円周 | 12 km (7.5 mi) |
アンコール・トム (Angkor Thom) は、かつてのクメール王国の古代首都アンコールに位置する、巨大な城郭都市の遺跡であり、クメール王国の最後の首都であった。現在はカンボジアシェムリアップ州に位置する。
周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されおり、特に中央に建つバイヨン (Bayon) 寺院が有名である。
「アンコール」は、サンスクリット語のナガラ(都市)からでた言葉。また「トム」は、クメール語で「大きい」という意味[1]。
特徴
[編集]アンコール・トムは約3キロメートル四方の京城であり、幅100メートルの堀と、ラテライトで作られた8メートルの高さの城壁で囲まれている[1]。外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。また門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガになっている。またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像がある。 京城の外の東西には、大洋を象徴するバライと呼ばれる巨大な人工の池がある[1]。
アンコール・トムの遺構にはヒンドゥー教と大乗仏教の混淆が見られるが、都市建築の基本はヒンドゥーの宇宙観を基に成り立った古代インドの建築理念の影響が見られ、中央に世界の中心である山岳メール山を象徴するバイヨン寺院があり、[1]49基ある仏塔の四面に彫られた微笑む観世音菩薩の顔は、クメールの微笑みと呼ばれ非常に有名である。[2] その周囲にも象のテラスやライ王のテラス、プレア・ピトゥなどの遺跡も残っている。
歴史
[編集]889年に即位したヤショーヴァルマン1世は、現在の東バライとアンコール・トムの南半分を含む地域に王都ヤショダラプラを建設した[1]。その後ヤショダラプラは一旦放棄されるが、944年に即位したラジェンドラヴァルマン2世は再びアンコールに遷都し、東バライの南にプレループ寺院を建設した。1006年に即位したスーリヤヴァルマン1世は、現在のアンコール・トムとほぼ同じ位置に新王宮と護国寺院ピミアナカスを建て、西バライを建設した[1]。 12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により現在のアンコール・トムが建設されたといわれている。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f 布野修司 『曼荼羅都市:ヒンドゥー都市の空間理念とその変容』 京都学術出版会 2006 ISBN 4876986738 pp.109-116.
- ^ “アンコール・トム観光の見どころ – バイヨン寺院、南大門、地図”. Amazing TRIP (2020年8月3日). 2022年7月18日閲覧。