コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

アントン・フィアー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アントン・フィアー
Anton Fier
アントン・フィアー(2011年)
基本情報
生誕 (1956-06-20) 1956年6月20日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 オハイオ州クリーブランド
死没 (2022-09-21) 2022年9月21日(66歳没)
ジャンル エクスペリメンタル・ロックジャズオルタナティヴ・ロック
職業 ミュージシャン作曲家
担当楽器 ドラム
レーベル ツァディクアヴァンアイランド
共同作業者 ラウンジ・リザーズ
ザ・フィーリーズ
ペル・ウブ
ゴールデン・パロミノス

アントン・フィアー[1]Anton Fier1956年6月20日 - 2022年9月21日)は、アメリカ合衆国ドラマー作曲家バンドリーダーである。オハイオ州クリーブランド生まれ。

生涯

[編集]

フィアーはラウンジ・リザーズとザ・フィーリーズの初期メンバーであった。また、(ジョン・グリーヴスと一緒に)ザ・ロッジに在籍し、ペル・ウブと仕事をし、短期間ザ・ヴォイドイズに在籍、そしてゴールデン・パロミノスを結成した。1978年にペル・ウブが発表した『Datapanik in the Year Zero』というEPは、フィアーに捧げられている。

彼はビル・ラズウェルと広範囲にわたって協力しており、ハスカー・ドゥのギタリスト兼ボーカリストでソングライターのボブ・モールドとツアーやレコーディングを行った。また、1987年のアルバム『INAZUMA SUPER SESSION "Absolute Live!!"』では、ベーシストのジャック・ブルースと日本のギタリストの鈴木賢司と共演した。

フィアーは、1983年にジョン・ゾーンがまとめたアルバム『ロクス・ソルス』で演奏しレコーディングを行った。彼らはゾーンの生誕50歳を祝うライブ・アルバムを録音し、ツァディクから出ている「50th birthday series」の『50th Birthday Celebration Volume 3』として発表された。

フィアーはまた、ギターの名手であるジム・カンピロンゴによる2010年のアルバム『Orange』をプロデュースした。

ゴールデン・パロミノスのメンバーであるシド・ストローは、現在、フィアーがドラムを演奏していないことを2019年10月11日にFacebookに投稿した[2]

ディスコグラフィ

[編集]

リーダー・アルバム

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ アントン・フィア」の表記もある。
  2. ^ https://www.facebook.com/syd.straw/posts/10157703439204939

外部リンク

[編集]