コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

アントン・マルティ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アントン・マルティ
生誕 (1847-10-18) 1847年10月18日
スイスシュヴィーツ
死没 (1914-10-01) 1914年10月1日(66歳没)
オーストリア=ハンガリープラハ
時代 20世紀の哲学
地域 西洋哲学
学派 ブレンターノ学派
研究機関 Franz-Josephs-Universität Czernowitz
(1875–1880)
University of Prague
(1895–1897)
研究分野 言語哲学心理学存在論
主な概念 Descriptive semasiology[1]
Inner linguistic form[1]
Autosemantica vs. synsemantica[1]
Presentational suggestives[1]
Impersonals[1]
博士課程指導教員 ヘルマン・ロッツェ
博士課程指導学生 アルフレート・カースティル
テンプレートを表示

マルティン・アントン・マウルス・マルティ(Martin Anton Maurus Marty〈ドイツ語: [ˈmarti]〉、1847年10月18日 - 1914年10月1日)は、スイス出身のオーストリア哲学者司祭

専門は言語哲学心理哲学存在論

経歴

[編集]

マルティは、1868年から70年にかけてヴュルツブルク大学フランツ・ブレンターノに師事し、その信奉者であった。1870年にカトリック司祭として叙階されたが、1872年に辞職した。

1875年から1880年までチェルノヴィッツ大学(オーストリア・ハンガリー)で、その後プラハ大学(オーストリア・ハンガリー)で教鞭をとり、1895年から1897年まで学長を二度務めた。

遺産

[編集]

プラハ学派の言語学者たちは、マルティの著作に影響を受けた[2]

フランツ・カフカは、プラハ大学在学中に彼の哲学の講義を受けた[3]

著作

[編集]
  • Ueber den Ursprung der Sprache (On the Origin of Language), 1875
  • Die Frage nach der geschichtlichen Entwicklung des Farbensinnes, 1879
  • Untersuchungen zur Grundlegung der allgemeinen Grammatik und Sprachphilosophie, 1908
  • Zur Sprachphilosophie. Die „logische“, „lokalistische“ und andere Kasustheorien, 1910
  • Raum und Zeit, 1916

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e "Anton Marty" at the Stanford Encyclopedia of Philosophy
  2. ^ Roman Jakobson (1933), "La scuola linguistica di Praga", La cultura 12, 633–641, esp. p. 637.
  3. ^ Neil Heims (2004). Harold Bloom. ed. Franz Kafka. Philadelphia: Chelsea House. p. 28. ISBN 079107871X 

参考文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]