アンドリス・ベールジンシュ (ラトビアの大統領)
アンドリス・ベールジンシュ Andris Bērziņš | |
任期 | 2011年7月8日 – 2015年7月8日 |
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首相 | ヴァルディス・ドンブロウスキス ライムドータ・ストラウユマ |
出生 | 1944年12月10日(79歳)[1] ソビエト連邦 ラトビア・ソビエト社会主義共和国、ニータウレ |
政党 | ソビエト連邦共産党 (1990年以前)[2] ラトビア人民戦線 (1990年 – 1993年) 緑と農民連合 (2002年 – 2011年) 無所属(2011年 - ) |
出身校 | リーガ総合高等専門学校 ラトビア大学 |
配偶者 | ダツェ・セイスマ(2011年 – 2016年離婚) |
アンドリス・ベールジンシュ(ラトビア語: Andris Bērziņš、1944年12月10日 - )は、ラトビアの実業家、政治家。2011年6月2日の大統領選で当選し、同国の大統領を2015年まで務めた[3]。1993年から2004年まで、ウニバンカの頭取であった[4]。氏名はアンドリス・ベルズィンシュとも表記される[5]。
経歴
[編集]ラトビア・ソビエト社会主義共和国ニータウレに生まれる。ニータウレの小学校を1958年に卒業し、1958年から1962年までスィグルダの第一中学校に通う。1971年にリーガ総合高等専門学校を修了後[6]、「電子」工場に無線技士として就職。工場長まで出世し、1988年にラトビア社会主義共和国の地方行政担当副首相に抜擢された。この間、ラトビア国立大学(現在のラトビア大学)経済学部で学び、1988年に修了している[6]。
1989年、ヴァルミエラ地区人民議会(ソビエト)の議員に選ばれるとともに、地区委員会の委員長に任命された。翌年には最高会議にヴァルミエラ代表として送り込まれた。最高会議ではラトビア人民戦線派に加わった。1990年5月4日、ラトビア共和国の独立回復宣言に賛成票を投じた。
1993年に副首相の任期満了を迎えると、ラトビア銀行民営化基金の理事長に就任[7]。また、1993年から2004年まで株式会社ラトビア・ウニバンカの頭取でもあった[8]。実業家として成功したベールジンシュの資産は、2000年代半ばまでに100万ラッツを上回っていた。また、30箇所以上の土地も所有していた。ストックホルム・エンシルダ銀行 (SEB) ラトビア支店長の顧問を務め、ヴァルミエラ・スティクラ・シュチエドラ(ヴァルミエラ・グラスファイバー)やロデを含むいくつかの株式会社に役員として参画した。
政治活動
[編集]2005年、緑と農民連合からリガ市長選に立候補して政界復帰を目指したが、落選した。2006年から2010年までラトビア商工会議所会頭を、2009年までラトヴェネルゴの代表取締役を務めた。
2010年の国会(サエイマ)議員選挙で緑と農民連合から出馬し、当選した[9]。
2011年の大統領選
[編集]2011年5月23日、ベールジンシュは緑と農民連合所属の5人の代議士から、大統領候補に推薦された[10][11][12]。6月2日に行われた選挙の第一回投票で、ベールジンシュは賛成50票、反対48票を集め、対抗馬であるヴァルディス・ザトレルスの賛成43票、反対55票を上回ったが、当選に必要な数にはおよばなかった[13][14][15]。しかし、同日の第二回投票では53票を得て当選を果たし[16]、7月8日にラトビアの大統領に就任した[17]。
人物
[編集]母語のラトビア語に加えて、英語、ドイツ語、ロシア語を話す[18]。大統領着任の数日前に、ダツェ・セイスマと結婚した。これが彼にとっては二度目の結婚である[19]。
2012年9月3日、息子の写真を撮ろうと近づきすぎたパパラッチに向かって「君たち、殴り倒されたいのか?こわいもの知らずだな…」と凄んだ[20]。
栄典
[編集]- 一等三つ星勲章(2011年)[1][21][22]
- 一等ヴィエストゥルス勲章(2011年)
- 一等アトジニーバス十字章(2011年)[1]
- 四等三つ星勲章(2000年)[1]
- 1991年のバリケード参加者への記念バッジ(1996年)[1]
脚注
[編集]- ^ a b c d e “President of Latvia Andris Bērziņš”. President.lv. 3 October 2011閲覧。
- ^ Алексеев, Юрий (3 June 2011). “Юрий Алексеев. Судьба президента” (Russian). Delfi. 18 September 2011閲覧。
- ^ “Andris Berzins elected new president in Latvia”. BBC (2 June 2011). 18 September 2011閲覧。
- ^ Petrova, Alla (2 June 2011). “Andris Berzins – newly elected president of Latvia”. baltic-course.com. 18 September 2011閲覧。
- ^ “ラトビア基礎データ 2.元首”. 外務省. 2014年2月7日閲覧。
- ^ a b “Berzins to start fulfilling President of Latvia duties”. Baltic News Network (8 July 2011). 3 October 2011閲覧。
- ^ “Kas ir jaunais prezidents Andris Bērziņš?” (Latvian). Kas Jauns (2 June 2011). 3 October 2011閲覧。
- ^ “Ar otro piegājienu par prezidentu ievēlēts eksbaņķieris Andris Bērziņš” (Latvian). Delfi (2 June 2011). 3 October 2011閲覧。
- ^ LETA (30 May 2011). “Saeima to elect Latvia President on June 2”. BNN. 18 September 2011閲覧。
- ^ “ラトビアで新大統領就任”. MSN産経ニュース. (2011年7月8日). オリジナルの2011年7月11日時点におけるアーカイブ。 2022年9月10日閲覧。
- ^ “ZZS pārstāvji prezidenta amatam izvirza Bērziņu” (Latvian). Apollo (23 May 2011). 18 September 2011閲覧。
- ^ “Andri Bērziņu prezidenta amatam virzīs pieci ZZS deputāti” (Latvian). Delfi (23 May 2011). 3 October 2011閲覧。
- ^ “ラトビア大統領選、現職敗れる ベルジンシ氏当選”. MSN産経ニュース. (2011年6月3日). オリジナルの2011年7月25日時点におけるアーカイブ。 2011年6月3日閲覧。
- ^ “Prezidentu pirmajā balsojumā neievēl: par Zatleru 43, Bērziņam - 50” (Latvian). Tvnet (2 June 2011). 18 September 2011閲覧。
- ^ “Prezidenta vēlēšanu pirmajā balsojumā 'izgāž' gan Zatleru, gan Bērziņu” (Latvian). Delfi (2 June 2011). 3 October 2011閲覧。
- ^ “Bērziņu ievēlē par Valsts prezidentu” (Latvian). TvNet (2 June 2011). 18 September 2011閲覧。
- ^ “Bērziņš nodod svinīgo solījumu un oficiāli stājas prezidenta amatā” (Latvian). Delfi (8 July 2011). 18 September 2011閲覧。
- ^ “President of Latvia Andris Bērziņš”. President.lv. 1 January 2012閲覧。
- ^ “Prezidents Andris Bērziņš apprecējies”. mango.lv (18 September 2011). 6 July 2011閲覧。
- ^ Prezidents Bērziņš agresīvs: "Čaļi, pa galvu vajag, ja?". VIDEO Kasjauns.lv
- ^ “Bērziņš saņems augstākās šķiras Triju Zvaigžņu ordeni”. tvnet.lv (7 July 2011). 7 July 2011閲覧。
- ^ “Bērziņš saņems augstākās šķiras Triju Zvaigžņu ordeni”. apollo.lv (7 July 2011). 7 July 2011閲覧。
外部リンク
[編集]公職 | ||
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ラトビア共和国大統領 第8代:2011年 - 2015年 |
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