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イシクラゲ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イシクラゲ
1. イシクラゲの群体
分類
ドメイン : 細菌 Bacteria
: シアノバクテリア門 (藍色細菌門) Cyanobacteria
: ネンジュモ目 Nostocales
: ネンジュモ科 Nostocaceae
: ネンジュモ属 Nostoc
: イシクラゲ Nostoc commune
学名
Nostoc commune
Vaucher ex Bornet & Flahault 1888[1]
シノニム
和名
イシクラゲ (石水母[3])、イワキクラゲ[4] (岩木耳)、アネガワクラゲ[4][注 1] (姉川水母)、カモガワノリ[6][注 1] (鴨川苔)、キブネノリ[6][注 1] (貴船苔)、シラカワノリ[6][注 1] (白川苔)、モーアーサ[7][8]、ハタカサ[要出典]、フックヮ[9]

イシクラゲ(石水母、学名: Nostoc commune)は、ネンジュモ属に属する陸生藍藻の1種である。多数の細胞糸が寒天質基質に包まれた群体を形成し、芝生や土壌、コンクリート上に生育している(図1)。食用とされることもある。本種はネンジュモ属 (Nostoc) のタイプ種である。世界中に分布しており、種小名の「commune」は「普遍的」であることに由来する[1]

イシクラゲは日本では身近な存在であり、古くから食用にされてきたこともあり、イワキクラゲ (岩木耳)、カモガワノリ(鴨川苔)、キブネノリ(貴船苔)、シラカワノリ(白川苔)、アネガワクラゲ(姉川水母)、モーアーサ(毛アオサ、毛は芝生の意味[要出典])、ハタカサ(畑アオサ)[要出典] など様々な別名・地方名がある。

特徴

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多数のトリコーム(細胞糸)が寒天質基質に埋没した藻塊(群体)を形成する[4][10]。群体ははじめ球形であるがすぐに扁平になり、表面は不規則にしわがよって不定形に広がる[4][10](下図2a, b)。直径30センチメートル (cm) 程度になることもある[4]。比較的丈夫なゼラチン質であり、吸水すると膨潤し青緑色から黄褐色になり目立つが(下図2a, b)、乾くと黒く皮革状になり、手で揉むと小片や粉末状に壊れる[4][10]。このような乾燥状態でも死んではおらず、仮死状態で生存している(クリプトビオシス、変水性)[11]。87年間乾燥状態で保存されていたイシクラゲの標本に水分を与えたところ、増殖を開始したとの報告もある[12][13]。乾燥したイシクラゲの群体にはトレハロースが蓄積されており[14]、細胞外多糖と共に極限的な乾燥耐性に深く関わっていると考えられている[15]。またイシクラゲは、紫外線吸収物質であるマイコスポリン様アミノ酸 (MAA) やスキトネミンを多く含む[16]

2a. 群体
2b. 群体
2c. 群体内部には多数の細胞糸が含まれる

細胞糸は湾曲している[4](上図2c)。群体周縁部では各細胞糸の鞘は明瞭、黄褐色でときに層状[10]。細胞糸を構成する細胞は球形から短樽形、直径4-6マイクロメートル (µm)[4][10]異質細胞(ヘテロシスト)は球形、直径 6–7 µm[4][10](上図2c)。アキネート(耐久細胞)はふつう見られないが、1例のみ報告されている(栄養細胞と同大、壁は平滑で無色)[10]

分布・生態

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3. 黒い部分が乾燥したイシクラゲ

世界中に分布しており、北米南米ヨーロッパアフリカ中東南アジア東アジア東南アジアオーストラリアニュージーランド南極北極圏スヴァールバル諸島エルズミア島など)、大西洋マルティン・ヴァス諸島)、インド洋((ロドリゲス島)、太平洋フランス領ポリネシアハワイ)などから報告されている[1]日本でも北海道本州四国九州沖縄に広く分布する[17][8]

土壌や芝生、コンクリートの表面などに生育し、庭や公園、運動場、路傍、耕作地などでよく見られる[4][10][18](図3)。日本では特に梅雨時に多く生じて目立ち、ワカメに例えられることが多い[7][19]褐藻類であるワカメとは系統的には全く遠縁である)。

人間との関わり

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表1. イシクラゲ (乾燥品) の成分表 (%)[7]
水分 16.6
タンパク質 19.6
脂質 0.1
糖質 55.2
灰分 5.5

イシクラゲは、日本を含む世界各地で食用とされることがある。日本では、ときに炒め物天ぷら佃煮味噌和え酢の物味噌汁などにして食される[7][20][21]懐石料理に使われることもある[7]。中国では、イシクラゲは広く市販されている[16]

イシクラゲは、コレステロール上昇抑制、細菌感染防御作用、抗菌作用、抗酸化作用などの生理活性をもつことが報告されている[7]

藍藻の中には有毒な種も多いが、イシクラゲからは毒は見つかっておらず、また長い食経験からも問題は報告されていない[7]

また、近縁種である同属の髪菜はっさいNostoc flagelliforme)や葛仙米かっせんべいN. sphaeroides)、アシツキN. verrucosum)も食用とされる[7][22]

一方、庭やゴルフ場などでイシクラゲが大量に発生し、美観を損ねて問題視されることもある[18]

分類

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表2. イシクラゲの遺伝型とMAAの種類[17][23]
遺伝型 マイコスポリン様アミノ酸
A 7-O-(β-arabinopyranosyl)-porphyra-334
B glycosylated nostoc-756
C nostoc-756
D glycosylated palythine-threonine

イシクラゲが分類学的に認識された当初(18世紀前半)には、外見的類似性からキクラゲの1種として扱われていた[24]。その後、藻類として認識されるようになり、イシクラゲをもとにネンジュモ属が提唱された[24]。イシクラゲはネンジュモ属のタイプ種である[1]

分子系統学的研究からはイシクラゲが非単系統群であることが示されており、分類学的な再編成が必要であると考えられている[25]。日本からは少なくとも4つの遺伝型が認識されており、マイコスポリン様アミノ酸 (MAA) の違いと対応することが報告されている[17][23](表2)。

脚注

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注釈

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  1. ^ a b c d ただし、同じネンジュモ属に属し食用とされるアシツキを意味することもある[4][5]

出典

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  1. ^ a b c d e f g h Guiry, M.D. & Guiry, G.M. (2021年). “Nostoc commune Vaucher ex Bornet & Flahault 1888”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2021年10月1日閲覧。
  2. ^ GBIF Secretariat (2021年). “Nostoc commune”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年10月8日閲覧。
  3. ^ 石水母」『デジタル大辞泉』https://kotobank.jp/word/%E7%9F%B3%E6%B0%B4%E6%AF%8Dコトバンクより2021年10月1日閲覧 
  4. ^ a b c d e f g h i j k 廣瀬弘幸 & 山岸高旺 (1977). “Nostoc verrucosum”. 日本淡水藻図鑑. 内田老鶴圃. pp. 31, 81, 99. ISBN 978-4753640515 
  5. ^ ノストック」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』https://kotobank.jp/word/%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AFコトバンクより2021年10月1日閲覧 
  6. ^ a b c 米田勇一 (1962). “アシツキノリとカモガワノリ”. 植物分類 地理 20: 313. 
  7. ^ a b c d e f g h 竹中裕行 & 山口裕司 (2012). “ノストック (イシクラゲ)”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 651–654. ISBN 978-4864690027 
  8. ^ a b 当山昌直, 盛口満, 島田隆久 & 宮城邦昌 (2016). “沖縄島国頭村奥の動植物方名とその利用”. 沖縄大学地域研究所彙報 11: 121. http://okinawa-repo.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12001/21527/1/No11p81.pdf. 
  9. ^ 当山昌直 (2019). “沖縄島国頭村辺野喜の動植物方名とその利用”. 沖縄史料編集紀要 42: 1-36. http://okinawa-repo.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12001/24866/1/No42p001.pdf. 
  10. ^ a b c d e f g h York, P. V. & Johnson, L. R. (2002). The Freshwater Algal Flora of the British Isles: an Identification Guide to Freshwater and Terrestrial Algae. Cambridge University Press. p. 107. ISBN 0-521-77051-3 
  11. ^ 光合成の科学 (2007) 東京大学光合成教育研究会編 東京大学出版会 など
  12. ^ Lipman, C. B. (1941). “The successful revival of Nostoc commune from a herbarium specimen eighty-seven years old”. Bulletin of the Torrey Botanical Club 68: 664-666. doi:10.2307/2481755. 
  13. ^ Cameron, R. E. (1962). “Species of Nostoc vaucher occurring in the Sonoran Desert in Arizona”. Transactions of the American Microscopical Society 81 (4): 379-384. doi:10.2307/3223790. 
  14. ^ Sakamoto, T., Yoshida, T., Arima, H., Hatanaka, Y., Takani, Y., & Tamaru, Y. (2009). “Accumulation of trehalose in response to desiccation and salt stress in the terrestrial cyanobacterium Nostoc commune”. Phycological Research 57 (1): 66-73. doi:10.1111/j.1440-1835.2008.00522.x. 
  15. ^ Tamaru, Y., Takani, Y., Yoshida, T. & Sakamoto, T. (2005). “Crucial role of extracellular polysaccharides in desiccation and freezing tolerance in the terrestrial cyanobacterium Nostoc commune”. Applied and Environmental Microbiology 71 (11): 7327-7333. doi:10.1128/AEM.71.11.7327-7333.2005. 
  16. ^ a b 陸棲ラン藻(シアノバクテリア)Nostoc commune(イシクラゲ)”. 金沢大学理工研究域. 2021年10月1日閲覧。
  17. ^ a b c Arima, H., Horiguchi, N., Takaichi, S., Kofuji, R., Ishida, K. I., Wada, K. & Sakamoto, T. (2012). “Molecular genetic and chemotaxonomic characterization of the terrestrial cyanobacterium Nostoc commune and its neighboring species”. FEMS Microbiology Ecology 79 (1): 34-45. doi:10.1111/j.1574-6941.2011.01195.x. 
  18. ^ a b 山田孝雄ほか (2010). “グリーンの藻・苔対策 —この5年間を振り返る— 日本芝草学会2010年度春季大会 ゴルフ場部会記録”. 芝草研究 39 (1): 49-53. doi:10.11275/turfgrass.39.1_49. 
  19. ^ 大谷修司 (2005年). “原核生物ネンジュモの一種「イシクラゲ」の教材化”. 島根大学教育学部. 2021年10月3日閲覧。
  20. ^ 加藤真也 (2010). 日本の山菜100超!. 栃の葉書房. ISBN 978-4886162267 
  21. ^ 食料農業システム学科 (2019年4月24日). “姉川クラゲ(イシクラゲ)の試食”. 龍谷大学農学部ブログ. 龍谷大学. 2021年10月2日閲覧。
  22. ^ 有賀祐勝 (2012). “髪菜”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 655–656. ISBN 978-4864690027 
  23. ^ a b Sakamoto, T., Hashimoto, A., Yamaba, M., Wada, N., Yoshida, T., Inoue‐Sakamoto, K., ... & Matsugo, S. (2019). “Four chemotypes of the terrestrial cyanobacterium Nostoc commune characterized by differences in the mycosporine‐like amino acids”. Phycological Research 67 (1): 3-11. doi:10.1111/pre.12333. 
  24. ^ a b Potts, M. (2000). “Nostoc”. In Whitton, B. A. & Potts, M.. The Ecology of Cyanobacteria. Kluwer Academic Publishers. pp. 465-504. ISBN 978-0792347552 
  25. ^ Singh, P., Šnokhousová, J., Saraf, A., Suradkar, A. & Elster, J. (2020). “Phylogenetic evaluation of the genus Nostoc and description of Nostoc neudorfense sp. nov., from the Czech Republic”. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 70 (4): 2740-2749. doi:10.1099/ijsem.0.004102. 

関連項目

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外部リンク

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