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イジング模型

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
統計力学


熱力学 · 気体分子運動論

統計力学においてイジング模型(イジングもけい、: Ising model、イジングモデルとも言う)とは、二つの配位状態をとる格子点から構成され、最隣接する格子点のみの相互作用を考慮する格子模型である[1]。二つの配位状態をスピンとする磁性体のモデルだが、二元合金格子気体のモデルにも等価である[1]

スピン系のモデルとしては非常に単純化されたモデルであるが、相転移現象を記述可能なモデルであり、多くの物理学者によって研究されてきた[2]。単純なモデルであるため厳密な解析が可能であり、特に外部磁場の無い二次元イジング模型は厳密解が得られる可解格子模型の一種である。

イジング模型は1920年にドイツの物理学者ヴィルヘルム・レンツ英語版によって提案された[3]。イジング模型という名前はレンツの博士課程の指導学生でありこの模型の研究を行っていたエルンスト・イジングに因んでいる[4]。1944年にラルス・オンサーガーによって与えられた二次元イジング模型の厳密解は統計力学における金字塔の一つとされる[5]

概要

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磁性体のモデルとして、d -次元空間の格子点に上向きと下向きの2状態をとるスピンが配置された格子模型を考える。 σi=±1i 番目の格子点におけるスピンの状態を示す変数とし、+1が上向きのスピン、−1が下向きのスピンに対応するものとする。格子点の総数は N 個とし、一つの格子点に最近接する格子点の数を z 個とする。例えば、1次元格子ではz =2、2次元正方格子では z =4、3次元立方格子では z =6である。

Jijを2つの格子点i, j間における交換相互作用hiは格子点 i における外部磁場とする。このとき、イジング模型のハミルトニアンは次式で与えられる[注 1]

第1項目は最近接する格子点におけるスピン間の相互作用のエネルギーを表す。記号i, jは最近接する格子点のペアについての和であることを意味し、i,jの和はzN/2個の項の和になる。 Jij >0の場合を強磁性相互作用、Jij <0の場合を反強磁性相互作用という。強磁性相互作用では最近接する格子点 i,jのスピンのペアが同じ向きに揃い、σi·σj=+1となるとエネルギーは Jij だけ下がる。そのため、エネルギーが最も低い基底状態は全てのスピンの向きが揃った状態となる。一方、反強磁性相互作用では最近接する格子点のスピンのペアが異なる向きをとり、σi·σj=−1となるとエネルギーは |Jij| だけ下がる。第2項目は外部磁場に対するエネルギーを表す。格子点iにおいて、スピンの向き(符号)が外部磁場の向き(符号)と揃うと、エネルギーは |hi| だけ下がる。

特に格子点上で交換相互作用と外部磁場を一定値とする一様なケースでは、イジング模型のハミルトニアンは

となる。

統計力学において、温度Tの平衡状態での系の熱力学的な性質は分配関数 Z から求まる。分配関数は系の取りうる全ての状態についてのボルツマン因子eβHの足し合わせで与えられる。N 個の格子点をもつイジング模型においては、格子点のスピン変数がσ=±1の値をとる2N個の状態が存在し、分配関数は

となる。分配関数から自由エネルギー磁化帯磁率が求まる。

一般に相互作用を含むモデルでは分配関数を求めることは困難であるが、交換相互作用と外部磁場を一様とする設定において、イジング模型では1次元のケース、外部磁場のない2次元のケースについては、厳密に分配関数を求めることが可能である。

エルンスト・イジングによる1925年の解析の段階で、一次元系での厳密な解は求められていて、有限温度での相転移を起こさないことが示されていた[4]。その後、1944年にラルス・オンサーガーが二次元イジング模型の厳密解を求めた[6]。これは相転移を起こし、この結果は相転移現象の記述と理解のために大変重要な役割を果たしている。オンサーガーの方法以外にも外部磁場のない二次元イジング模型の厳密解を求める方法がいくつか知られている。しかし、外部磁場のある場合の厳密解は得られていない。

三次元イジング模型の厳密解は知られていないが、共形ブートストラップを用いて解析的に臨界指数を求める試みがなされている[7] [8]

厳密解以外にも平均場近似繰り込み群、級数展開(低温展開、高温展開)の手法などによる近似解が知られている。と、これらを用いた数値計算手段を使って近似的に解かれる。

この模型は、結晶表面のラフニング転移合金の規則‐不規則(秩序‐無秩序)転移、異方性の大きな磁性の問題などに応用されている。

一般化

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イジング模型は最近接する格子点以外にも任意の格子点間(i, j)の相互作用を考慮する形に拡張することができる[9][10] 。このとき、ハミルトニアンℋは

となる。

より一般にイジング模型は、無向グラフ上で定義することができる。頂点をV={1,…, N},頂点同士を繋ぐ辺をEとする無向グラフG=(V, E)において、イジング模型のハミルトニアンは

となる。

対称性

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イジング模型はスピン反転対称性や副格子対称性と呼ばれる対称性をもつ[9][10]

スピン反転対称性

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各格子点上のスピン変数σiの組をまとめて、{σi}と表す。全ての格子点のスピン変数の向きを反転させる変換σi→−σiを行うと、ハミルトニアンは

となり、これは外部磁場の向きの反転h→−hと等価である。分配関数については、{σi}の取りうる全ての状態についてのボルツマン因子eβℋの和と{−σi}の取りうる全ての状態についてのボルツマン因子eβℋの和は等価であり、

が成りたつ。その結果、単位スピン当たりの自由エネルギーについても

も成り立つ。これらの対称性をスピン反転対称性またはZ2対称性という。

1次元モデル

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相互作用の減衰が α > 1 で であれば、熱力学的極限が存在する[11]

  • 1 < α < 2 で強磁性の相互作用 の場合について、ダイソン(Dyson)は階層を比較することにより充分小さな温度で相転移があることを証明した[12]
  • 強磁性の相互作用 の場合について、フレーリッヒ(Fröhlich)とスペンサー(Spencer)は(階層の場合と対照的に)充分小さな温度で相転移があることを示した[13]
  • α > 2 の相互作用 の場合(このことは有限の範囲の相互作用を意味する)においては、自由エネルギー(free energy)が熱力学パラメータに対して解析的であるので、正の温度(有限の β)に対して相転移がない[11]
  • 近接相互作用の場合についてはイジング(E. Ising)がモデルの完全解を示した。任意の正の温度(有限の β)で、自由エネルギーは熱力学的パラメータの中で解析的であり、省略された 2点相関函数は指数的に急速に減少する。温度 0 (β が無限大)では、第二種の相転移がある。自由エネルギーは無限大となり、領略された 2点スピンの相関函数は減少しない(定数のままである)。従って、T = 0 はこの場合の臨界温度であり、スケーリング公式を満す[14]

イジングによる完全解

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(周期的境界条件、または、自由境界条件)近接相互作用の場合、完全解が存在する。周期境界条件を持つ格子 L の上の1次元イジングモデルのエネルギーは、

である。ここに Jh は、この単純化された場合には J は定数で近隣間の相互作用の強さを表し、h は格子に適用された定数の外場であるので、任意の数値で問題ない。従って、自由エネルギーは、

であり、スピン-スピン相関函数は、

である。ここに C(β) と c(β) は T > 0 の正の値の函数である。しかし、T → 0 とすると、逆の相関の長さ c(β) は 0 となる。

応用

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イジング模型は強磁性体反強磁性体のモデルではあるが、二元合金格子気体のモデルとも等価である[1] 。また、イジング模型は不規則磁性体の秩序相であるスピングラスのモデルにも用いられる[15]。スピングラスでは、強磁性と反強磁性の相互作用が空間的にランダムに入り混じったイジング模型が用いられる。スピングラス理論における解析手法は、ニューラルネットワーク(神経回路網)における連想記憶の理論や組合せ最適化問題にも適用されており、これらの分野においてもイジング模型が応用されている。

二元合金

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2種類の金属原子A,Bが格子点上に配置された二元合金の系を考える。格子点の総数をNとし、金属原子Aの個数をNA、金属原子Bの個数をNBとする。原子間の相互作用としては、最近接格子点にA同士が並んだ時にϕAAB同士が並んだ時にϕBBABが並んだ時にϕABだけのポテンシャルエネルギーをもつとする。また、NAAA同士が最近接する格子点のペア数、NBBB同士が最近接する格子点のペア数、NABABが最近接する格子点のペア数とする。系のポテンシャルエネルギーは

となる。NAANBBNABは独立でなく、

の関係を満たす。ここで z は一つの格子点の最近接する格子点の数である。格子点 i における変数σi を、金属Aが占有しているときにσi=+1、金属Bが占有しているときにσi=−1の値をとるものと定義する。このとき、

であるから、系のポテンシャルエネルギーは

と書き表せる。これは交換相互作用J

とし、外部磁場h

とするイジング模型と定数項を除いて等価である。

スピングラス

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常磁性体金属に微量の磁性元素を添加した磁性希薄合金では、スピングラスと呼ばれる磁気的秩序相が存在する。エドワーズ・アンダーソン模型では、正負の値を取りえる磁気的相互作用が空間的にランダムに分布した不規則磁性体としてスピングラスを扱う[15]。このモデルでは、系のハミルトニアンはランダムな磁気的相互作用を持つイジング模型

である。相互作用の項の和は最近接する格子点のペアi, jについてとる。Jijは強磁性的(Jij>0)と反強磁性的(Jij<0)の両者の値を取りえる確率変数である。Jijの分布としては、確率密度関数

である平均J0、分散Jガウス分布

と確率pで値J (>0)をとり、確率1-pで値Jをとる分布が用いられる。記号δ(Jij)デルタ関数である。

一方、スピングラスのシェリントン・カークパトリック模型は、空間的にランダムな相互作用が全ての格子点のペア(i, j)についてわたる無限レンジであるとするモデルである[15]。このモデルでは、系のハミルトニアンはランダムに分布する相互作用を無限レンジとするイジング模型

である。確率変数Jijは確率密度関数が

である平均J0/N、分散J/Nのガウス分布に従う。

脚注

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注釈

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  1. ^ 行列要素~Jijが格子点i, jが最近接するときのみに Jij の値をとり、それ以外は0とすると、ハミルトニアンは
    とも表せる。

出典

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  1. ^ a b c K.Huang (1991), chapter14
  2. ^ Stephen G. Brush, Rev. Mod. Phys., 39, p.883 (1967)
  3. ^ W. Lenz, "Beiträge zum Verständnis der magnetischen Eigenschaften in festen Körpern", Phys. ZS., 21, p. 613 (1920)
  4. ^ a b E. Ising, "Beitrag zur theorie des ferromagnetismus," Z. Physik, 31, p. 253 (1925)
  5. ^ Somendra M. Bhattacharjee et al., Curr.Sci., 69 p. 816 (1995)
  6. ^ Lars Onsager (1944). “Crystal statistics. I. A two-dimensional model with an order-disorder transition”. Phys. Rev. 65: 117-149. doi:10.1103/PhysRev.65.117. 
  7. ^ Sheer El-Showk et al., Rhys.Rev.D 86, 025022 (2012)
  8. ^ Sheer El-Showk et al., J. Stat. Phys. 157, p. 869-914 (2014)
  9. ^ a b 高橋、西森(2017)、第2章
  10. ^ a b N.Goldenfeld (1972), chapter2
  11. ^ a b Ruelle (1969). Statistical Mechanics:Rigorous Results.. New York: W.A. Benjamin Inc. 
  12. ^ Dyson, F.J. (1969). “Existence of a phase-transition in a one-dimensional Ising ferromagnet”. Comm. Math. Phys. 12: 91–107. Bibcode1969CMaPh..12...91D. doi:10.1007/BF01645907. 
  13. ^ Fröhlich, J.; Spencer, T. (1982). “The phase transition in the one-dimensional Ising model with 1/r 2 interaction energy.”. Comm. Math. Phys. 84: 87–101. doi:10.1007/BF01208373. http://www.springerlink.com/content/wu3782848714tt0l. 
  14. ^ Baxter, Rodney J. (1982), Exactly solved models in statistical mechanics*, London: Academic Press Inc. [Harcourt Brace Jovanovich Publishers], ISBN 978-0-12-083180-7, MR690578, http://tpsrv.anu.edu.au/Members/baxter/book 
  15. ^ a b c 西森(1999)、第2章

参考文献

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関連記事

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