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イヌヤチスギラン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
イヌヤチスギラン
分類
: 植物界 Plantae
: 維管束植物門 Tracheophyta
亜門 : 小葉植物亜門 Lycophytina
: ヒカゲノカズラ綱 Lycopodiopsida
: ヒカゲノカズラ目 Lycopodiales
: ヒカゲノカズラ科 Lycopodiaceae
亜科 : Lycopodielloideae
: イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella
: イヌヤチスギラン P. caroliniana
学名
Pseudolycopodiella caroliniana
(L.) Holub (1983)
または
Pseudolycopodiella subinundata (Tagawa) Li Bing Zhang, Xia Wan, Ralf Knapp & H.He (2023)
シノニム
  • Lepidotis caroliniana (L.) P.Beauv. (1805)
  • Lycopodiella caroliniana (L.) Pic.Serm. (1968)
  • Lycopodium carolinianum L. (1753)
  • Lycopodium carolinianum var. brevipedunculatum Spring (1842)
  • Lycopodium carolinianum var. longepedunculatum Spring (1842)
  • Lycopodium carolinianum var. springii Christ (1908)
  • Lycopodium subinundatum Tagawa
和名
イヌヤチスギラン

イヌヤチスギラン(犬谷地杉蘭[1]Pseudolycopodiella caroliniana)は、ヒカゲノカズラ科に属する小葉植物の一種。ヤチスギランに似るが、葉の形態などから区別される[2]

ヤチスギランに似た外見をしているため、この名が付けられた[1]

形態

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胞子体

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匍匐茎は湿地を這い、径 8–12 mmミリメートル[3]。長さは 10 cmセンチメートル前後[4]。匍匐茎はところどころで二又分枝する[3][5]。疎らに内生発生[3][6]、葉をやや密に付ける[3]

匍匐茎に付く葉(小葉)はやや二形を示す[2][3][4][7]。背側の葉が線形から線状披針形であるのに対し、腹側の葉はそれより大きく披針形から狭楕円形である[3][7]。葉は鋭尖頭で、全縁[3][4][5]。長さは3–7 mm、幅は1.3–2.1 mm[3]。線形の方の葉は長さ 4 mm、幅 0.5 mm [4]。中肋は不明瞭[3]。胞子葉と栄養葉も形態が異なり[8][9]、胞子葉が広卵形であるのに対し、栄養葉は針形・線形から披針形[8]

直立茎の葉は斜上し、線状披針形で全縁[3]。長さは 3–5 mm、幅は 0.5–0.7 mm[3]

直立茎は匍匐茎から分かれ出て、先端に胞子嚢穂を単生する[3][4][5]。直立茎は分枝せず[5]、高さ 5–30 cm[3]。梗は長さ 4–6 cm[7]。葉を含む径は 1.5–3 mm[3]。胞子嚢穂の長さは 1–9(–12) cm、径は 2.5–5 mm[3]。フロリダ産の標本では直立茎の長さが 40 cm 前後に達するものもある[4]。胞子嚢穂の柄に葉が密生するヤチスギランとは異なり、柄には葉が疎らに付く[8]

胞子葉は広卵形(卵形[4])で鋭尖頭[3]。長さ 4 mm 前後、先端部は芒状、基部は楔形[4]。胞子葉は斜上して先端が開出する[3]。辺縁は膜質で、不規則な鋸歯縁を持つ[3][4][7]。胞子が成熟すると開く[7]。イヌヤチスギランは胞子嚢穂を10月ごろに付け、ヤチスギランが7–8月に胞子嚢穂を付けるのに比べると遅い。

胞子嚢穂を付けたシュート。匍匐茎の下部には疎らに根が現れる。
胞子嚢穂の拡大写真。ブラジルの個体。
匍匐茎に二形を示す扁平な小葉をつける。南アフリカの個体群。

倍数性と染色体

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日本の個体群の倍数性は2倍体で、海外では3倍体や4倍体の報告もある[1]染色体数は n=68で、海外では 2n=78の報告がある[3][2]。報告されている限り、個体によりかなり変異があるらしいとされる[10]

配偶体と発生

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ヤチスギランに近縁な群(Lycopodielloideae)では、背腹性を持ち、緑色の地上生配偶体を形成する[1][11][12]。本種の配偶体もこの緑色で地表性タイプのものである[13]

こういった種の多くは、には足とともに原茎体(プロトコルム)と呼ばれる球状の組織が形成される[12]。しかし、イヌヤチスギランでは足はできるが、原茎体を欠く[12]。出現する胞子体には1枚の原葉と、葉を具えたシュート頂が形成される[12]

生態

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常緑性とされるが[3]、日本のものは夏緑性[5]。生育期の終わりには匍匐茎先端の肥大した部分のみが生き残り、越冬する[10][5]。山地のやや日当たりの良い湿地に生育する[4][2]

地面に張り付くように匍匐してシュートを伸ばすため、周囲の植物による日陰に敏感で、藻類マットやコケ植物との競争が深刻となる[14]

分類

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イヌヤチスギランの属するヒカゲノカズラ科はかつて、フィログロッスム属以外をすべてヒカゲノカズラ属にまとめる分類が行われてきた[15][16]。そのため、イヌヤチスギランも Lycopodium carolinianum L. とされた[3][1]

しかし、この方法では非常に多様なボディプランの種を一つの属に含んでしまい[15][6]、分子系統解析においても旧ヒカゲノカズラ属は側系統群となっていた[17][18]。広義のヒカゲノカズラ属に分類されていたときからヤチスギランやミズスギと近縁であることが示唆されており、ミズスギ亜属 subg. Lycopodiella とされることもあった[10]。一方 Baker (1887) のように、葉の二形性により subg. Diphasium とする考えもあった[13]

現在では旧来のヒカゲノカズラ属は細分化され、PPG I 分類体系 (2016) などでは、イヌヤチスギランは約10種を含むイヌヤチスギラン属[1] Pseudolycopodiella に置かれる[19][20]。イヌヤチスギラン属は本種イヌヤチスギランをタイプとし、Holub (1983) によって発表された[20]。秦仁昌の分類体系 (1981) では日本のヒカゲノカズラ科に2科7属を認め、イヌヤチスギランはヤチスギラン属とされた[15]。日本では長らく統一的な分類体系は提唱されず、図鑑でも旧来の分類体系が用いられることが多かった[15][1]PPG I (2016) では、ヒカゲノカズラ科に3亜科16属を認め[19]、イヌヤチスギランはイヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella とされる[19][20]

なお、ヤチスギラン属PPG I分類体系における Lycopodielloideae 亜科の範囲とし、イヌヤチスギランはヤチスギランミズスギなどとともにヤチスギラン属に分類されることもある[1]。ヤチスギラン属に置かれる場合、学名は Lycopodiella caroliniana (L.) Pic.Serm., 1968 とされる[1]

系統関係

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Chen et al. (2021) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生属の内部系統関係を示す[18]。分子系統解析によりPPG I (2016) で認められた3亜科の単系統性は強く支持される[21]。イヌヤチスギラン属は Lycopodielloideae のうち、ヤチスギラン属姉妹群をなす[20][注釈 1]Field et al. (2015) の分子系統解析では、イヌヤチスギランはミズスギ属 Palhinhaea および Lateristachys からなるクレードと姉妹群をなし、ヤチスギラン属はその外群となっていた[17]

ヒカゲノカズラ科
コスギラン亜科

フィログロッスム属 Phylloglossum

ヨウラクヒバ属 Phlegmariurus

コスギラン属 Huperzia

Huperzioideae

イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella

ヤチスギラン属 Lycopodiella

ミズスギ属 Palhinhaea

Brownseya

Lateristachys

Lycopodielloideae
ヒカゲノカズラ亜科

ヒモヅル属 Lycopodiastrum

Pseudolycopodium

Pseudodiphasium

Austrolycopodium

マンネンスギ属 Dendrolycopodium

Diphasium

アスヒカズラ属 Diphasiastrum

ヒカゲノカズラ属 Lycopodium

スギカズラ属 Spinulum

Lycopodioideae
Lycopodiaceae

分布と分類

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汎世界的に生息するとされるが[1]、各地に隔離分布する[3][7]。熱帯および亜熱帯が中心であるが[20]、温帯にも分布する[13]。分布域はアジア日本中国インドスリランカインドネシアニューギニア島)・マダガスカルアフリカアメリカ北米中米南米[1][7][22]。寒い地域には分布しない[3][7]

日本国内では滋賀県の1地点の湿地にのみ分布する[1][3][23][7][2]

近年では分布域ごとに細分化されることもある[24]。その場合、狭義の Pseudolycopodiella carolinianaアメリカ合衆国およびキューバのみに分布するとされ、日本のものはアジアに分布する個体群とともに田川基二の記載した Pseudolycopodiella subinundata とされる[25]Pseudolycopodiella caroliniana の基準産地はアメリカ合衆国カロライナ州である[1][2]

イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella Holub (1983) には以下の種を含む[24]

南アフリカPseudolycopodiella。匍匐し二形を示す小葉を持つ。
南アフリカPseudolycopodiella。胞子嚢穂が直立茎に単生する。
ブラジルバイーア州Pseudolycopodiella。湿地に生育する。

保護の状況

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日本国内では滋賀県のただ1箇所の湿地にしか自生しておらず、かつその湿地も乾燥化が進んでいる[3]環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類(CR)に指定されている[40]

脚注

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注釈

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  1. ^ なお Chen et al. (2021) では、旧来 Lycopodiella serpentina とされた種が他の属と独立したクレードを形成してミズスギ属の姉妹群となることが分かり、新属 Brownseya が設立された[20]
  2. ^ シエラレオネリベリアコートジボワールトーゴブルキナファソナイジェリアカメルーン赤道ギニアガボンザイールルワンダコンゴ共和国スーダンウガンダブルンジタンザニアアンゴラザンビアマラウイモザンビークジンバブエ
  3. ^ コロンビアベネズエラペルーブラジルガイアナ
  4. ^ メキシコベリーズホンジュラスニカラグア
  5. ^ キューバジャマイカドミニカ共和国プエルトリコ
  6. ^ ブラジルベネズエラガイアナスリナムペルーエクアドル
  7. ^ ベリーズグアテマラホンジュラスエルサルバドルニカラグアパナマ
  8. ^ プエルトリコジャマイカキューバイスパニョーラ島グアドループドミニカ国トリニダード島
  9. ^ コロンビアベネズエラエクアドルペルーガイアナスリナム仏領ギアナボリビアブラジルパラグアイウルグアイアルゼンチン
  10. ^ アンゴラタンザニアザンビアマラウイモザンビークジンバブエ南アフリカエスワティニレソト
  11. ^ ベネズエラガイアナスリナムボリビアブラジル
  12. ^ ギニアシエラレオネリベリアコートジボワールベナンマリ共和国ナイジェリアザイールウガンダブルンジタンザニアアンゴラザンビアマラウイモザンビークジンバブエ南アフリカレソト、?エスワティニ

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m 海老原 2016, p. 263.
  2. ^ a b c d e f 中池 1992, p. 13.
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 岩槻 1992, p. 48.
  4. ^ a b c d e f g h i j 中池 1990, p. 8.
  5. ^ a b c d e f 海老原 2016, p. 267.
  6. ^ a b Benca 2014, p. 30.
  7. ^ a b c d e f g h i 田川 1959, p. 15.
  8. ^ a b c 岩槻 1992, p. 43.
  9. ^ 田川 1959, p. 8.
  10. ^ a b c ギフォード & フォスター 2002, p. 131.
  11. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 125.
  12. ^ a b c d ギフォード & フォスター 2002, p. 130.
  13. ^ a b c Bruce 1976, p. 125.
  14. ^ Benca 2014, p. 44.
  15. ^ a b c d 岩槻 1992, p. 42.
  16. ^ 海老原 2016, p. 260.
  17. ^ a b Field et al. 2015, p. 638.
  18. ^ a b Chen et al. 2021, pp. 25–51.
  19. ^ a b c PPG I 2016, p. 569.
  20. ^ a b c d e f Chen et al. 2021, p. 40.
  21. ^ Chen et al. 2021, p. 30.
  22. ^ 中池 1990, p. 10.
  23. ^ 中池 1990, p. 11.
  24. ^ a b c Hassler 2024, Pseudolycopodiella caroliniana.
  25. ^ a b Hassler 2024, Pseudolycopodiella subinundata.
  26. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella affinis.
  27. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella brevipedunculata.
  28. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella carnosa.
  29. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella contexta.
  30. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella floridana.
  31. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella iuliformis.
  32. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella krameriana.
  33. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella limosa.
  34. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella meridionalis.
  35. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella paradoxa.
  36. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella sarcocaulos.
  37. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella squamata.
  38. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella tatei.
  39. ^ Hassler 2024, Pseudolycopodiella tuberosa.
  40. ^ 【植物Ⅰ(維管束植物)】環境省第4次レッドリスト(2012)<分類順> (PDF) (Report). 環境省. 2012. 2025年1月3日閲覧

参考文献

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  • Benca, J.P. (2014). “Cultivation Techniques for Terrestrial Clubmosses (Lycopodiaceae): Conservation, Research, and Horticultural Opportunities for an Early-Diverging Plant Lineage”. American Fern Journal 104 (2): 25–48. 
  • Bruce, James G. (1976). “Comparative Studies in the Biology of Lycopodium carolinianum”. American Fern Journal 66 (4): 125–137. doi:10.2307/1546464. 
  • Chen, De-Kui; Zhou, Xin-Mao; Rothfels, Carl J.; Shepherd, Lara D.; Knapp, Ralf; Zhang, Liang; Lu, Ngan Thi; Fan, Xue-Ping et al. (2021). “A global phylogeny of Lycopodiaceae (Lycopodiales; lycophytes) with the description of a new genus, Brownseya, from Oceania”. TAXON 71 (1): 25–51. doi:10.1002/tax.12597. 
  • Field, Ashley R.; Testo, Weston; Bostock, Peter D.; Holtum, Joseph A.M.; Waycott, Michelle (2015). “Molecular phylogenetics and the morphology of the Lycopodiaceae subfamily Huperzioideae supports three genera: Huperzia, Phlegmariurus and Phylloglossum”. Molecular Phylogenetics and Evolution 94 (B): 635-657. doi:10.1016/j.ympev.2015.09.024. 
  • PPG I (The Pteridophyte Phylogeny Group) (2016). “A community-derived classification for extant lycophytes and ferns”. Journal of Systematics and Evolution (Institute of Botany, Chinese Academy of Sciences) 56 (6): 563-603. doi:10.1111/jse.12229. 
  • 岩槻邦男 編『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日。ISBN 4582535062 
  • 海老原淳 著 編『日本産シダ植物標準図鑑1』日本シダの会 企画・協力、学研プラス、2016年7月13日。ISBN 978-4054053564 
  • アーネスト M. ギフォードエイドリアンス S. フォスター『維管束植物の形態と進化 原著第3版』長谷部光泰鈴木武植田邦彦監訳、文一総合出版、2002年4月10日、113-181頁。ISBN 4-8299-2160-9 
  • 田川基二『原色日本羊歯植物図鑑』保育社〈保育社の原色図鑑〉、1959年10月1日。ISBN 4586300248 
  • 中池敏之 著「イヌヤチスギラン [ヒカゲノカズラ科]」、倉田悟、中池敏之 編『日本のシダ植物図鑑 分布・生態・分類 第6巻』日本シダの会 企画、東京大学出版会、1990年2月20日、8–11頁。ISBN 4-13-061066-X 
  • 中池敏之『新日本植物誌 シダ篇 改訂増補版』至文堂、1992年11月10日。 

ウェブサイト

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