イワン・セチェノフ
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イワン・ミハイロヴィチ・セチェノフ(ロシア語: Ива́н Миха́йлович Се́ченов, ラテン文字転写: Ivan Mikhailovitch Sechenov 、1829年 8月13日(ユリウス暦8月1日)- 1905年 11月15日 (ユリウス暦11月2日))は、ロシアの生理学者、心理学者、医師。「ロシア生理学の父」と称された。心理活動の条件となる生物学的メカニズムを解明することにより、大脳生理学および実験心理学双方の基礎を形成した[1][2]。中枢制止を発見した。また、空間と時間の知覚における運動と運動感覚の役割の研究から、子どもの精神発達における運動感覚の重要な意義を解明した[3]。
生涯
[編集]テプリスタン出身[4]。1848年、ペテルブルクの工兵士官学校を卒業。工兵士官となるが、のちにモスクワ大学医学部に入学。卒業後、三年間の外国留学。1863年、最初の研究「脳の反射」を発表[5]。1866年、『脳の反射』を単行本として出版。ペテルブルクの外科医専門学校で生理学を研究し、教鞭をとったが、その主張は唯物主義的かつ反体制的と見做され、官憲から圧迫を受けるようになり、メンデレーエフの研究室、オデッサの新ロシア大学、ペテルブルク、モスクワを転々とした[6]。
論文
[編集]- 「誰がどのように心理学を研究すべきか」(1873年)
著書
[編集]脚注
[編集]- ^ ザポロージェツ著『随意運動の発達-認識と行為の形成-』世界書院、1965年
- ^ ペトロフスキー「ソビエト心理学の発展」(ヤロシェフスキー編『心理学史』明治図書出版、1973年所収)
- ^ ソビエト教育科学アカデミヤ版『ソビエト教育科学辞典』明治図書出版、1963年、p.689
- ^ セチェノフ著『思考の要素』明治図書出版、1964年:のちにセチェノフの生まれた農村は彼の名をとり、セチェノヴォと呼ばれた。
- ^ 雑誌『同時代人』掲載予定であったが、政府の検閲を通らず、医学誌に発表された。ダニエル・P・トーデス著『パヴロフー脳と行動を解き明かす鍵ー』近藤隆文訳、大月書店、2008年、p.25
- ^ セチェノフ著『思考の要素』明治図書出版、1964年