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ウィリアムズ準男爵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ウィリアムズ準男爵(Williams baronets)は、イギリス準男爵[注釈 1]。ウィリアムズ姓の者が叙位された準男爵位は20あり、8つがイングランド準男爵、3つがグレートブリテン準男爵、9つが連合王国準男爵位である。

ベイノールのウィリアムズ準男爵 (1622年)

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カーナーヴォン州におけるベイノールのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Vaynol in the County of Carnarvon)は、ウィリアム・ウィリアムズが1622年6月15日にイングランド準男爵として叙位されたのに始まる。6代準男爵はカーナーヴォン選挙区英語版選出の庶民院議員だったが、1696年の彼に死去とともに廃絶した[1]

  • 初代準男爵サー・ウィリアム・ウィリアムズ (-1630頃)
  • 2代準男爵サー・トマス・ウィリアムズ (-1650頃)
  • 3代準男爵サー・ウィリアム・ウィリアムズ (-1659頃)
  • 4代準男爵サー・グリフィス・ウィリアムズ (-1663頃)
  • 5代準男爵サー・トマス・ウィリアムズ (-1673頃)
  • 6代準男爵サー・ウィリアム・ウィリアムズ英語版 (1668頃–1696)

マーンハルのウィリアムズ準男爵 (1642年)

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ドーセット州におけるマーンハルのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Marnhull in the County of Dorset)は、エドムンド・ウィリアムズが1642年4月19日にイングランド準男爵位として叙位されたのに始まる[2]1680年の2代準男爵の死去により廃絶。

  • 初代準男爵サー・エドムンド・ウィリアムズ (-1644)[3]
  • 2代準男爵サー・ジョン・ウィリアムズ (1642–1680)[3]

ミンスターのウィリアムズ準男爵 (1642年)

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ケント州におけるミンスターのウィリアムズ準男爵(William Baronetcy, of Minster in the County of Kent)は、ジョン・ウィリアムズが1642年4月22日にイングランド準男爵位として叙位されたのに始まるが、1669年の彼の死で廃絶。

  • 初代準男爵サー・ジョン・ウィリアムズ (1609頃–1669)[3]

ランジビーのウィリアムズ準男爵 (1642年)

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モンマス州におけるランジビーのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Llangibby in the County of Monmouth)は、トレヴァー・ウィリアムズ英語版1642年5月14日にイングランド準男爵位として叙位されたのに始まる[4]。彼はモンマス選挙区英語版選出の庶民院議員を務めた。2代準男爵も3つの選挙区から選出されて庶民院議員を務めた。1753年の5代準男爵の死去により廃絶。

ガーネヴェットのウィリアムズ準男爵 (1644年)

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ブレコン州におけるガーネヴェットのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Guernevet in the County of Brecon)は、ヘンリー・ウィリアムズが1644年5月4日にイングランド準男爵位として叙位されたのに始まる。彼はブレコンシャー選挙区英語版選出の庶民院議員だった。2代準男爵はブレコン選挙区英語版選出の庶民院議員だった。1695年頃の3代準男爵の死去で廃絶した。

  • 初代準男爵サー・ヘンリー・ウィリアムズ Sir Henry Williams, 1st Baronet (1607頃–1652頃)
  • 2代準男爵サー・ヘンリー・ウィリアムズ英語版 (1635頃–1666)
  • 3代準男爵サー・ウォルター・ウィリアムズ (1636頃-1695頃)

ペンリンのウィリアムズ=バークリー準男爵 (1661年)

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コーンウォール州におけるペンリンのウィリアムズ=バークリー準男爵(Williams-Bulkeley Baronetcy, of Penryn in the County of Cornwall)は、グリフィス・ウィリアムズが1661年6月17日にイングランド準男爵位として叙位されたのに始まる。詳細はウィリアムズ=バークリー準男爵英語版を参照。

エルザムのウィリアムズ準男爵 (1674年)

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ケント州におけるエルザムのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Eltham in the County of Kent)は、チャールズ2世ジェームズ2世の侍医だったトマス・ウィリアムズ1674年11月12日にイングランド準男爵として叙位されたのに始まる[5][6]。彼は後にウェオブリー選挙区英語版選出の庶民院議員にもなった。2代準男爵はケントのハイ・シェリフ英語版ハートフォードシャー選挙区英語版選出の庶民院議員を務めた[7]。彼の甥が準男爵位を継承したが、エルハムの土地は娘と娘婿のトマス・シモンズに相続された。4代準男爵と5代準男爵は3代準男爵の子だった。1804年の5代準男爵の死去で廃絶。

グレイズ・インのウィリアムズ準男爵 (1688年)

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ロンドン州におけるグレイズ・インのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Gray's Inn in the City of London)は、ウィリアム・ウィリアムズが1688年7月6日にイングランド準男爵として叙位されたのにはじまる[8]ウィリアムズ=ウィン準男爵英語版を参照。

エドウィンフォードのウィリアムズ準男爵 (1707年)

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カーマーゼン州におけるエドウィンフォードのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Edwinsford in the County of Carmarthen)は、ニコラス・ウィリアムズ1707年7月30日にグレートブリテン準男爵として叙位されたのに始まる。彼は後にカーマーゼンシャー選挙区英語版選出の庶民院議員となる。1745年の彼の死去とともに廃絶した。

クラプトンのウィリアムズ準男爵 (1747年)

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ノーサンプトン州におけるクラプトンのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Clapton in the County of Northampton)は、1747年4月4日にグレートブリテン準男爵として叙位されたのに始まる。2代準男爵はニュー・ショアハム選挙区英語版選出の庶民院議員だった。1784年の3代準男爵の死去により廃絶。

ボドエルイザンのウィリアムズ準男爵 (1798年)

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フリント州におけるボドエルイザンのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Bodelwyddan in the County of Flint)は、ジョン・ウィリアムズが1798年7月24日にグレートブリテン準男爵として叙位されたのに始まる。彼はフリントシャーハイ・シェリフ英語版を務めていた[9]。また上記のグレイズ・インの初代準男爵ウィリアム・ウィリアムズ英語版の次男の曽孫にあたる。2018年に9代準男爵が死去したことにより廃絶した[10]

  • 初代準男爵サー・ジョン・ウィリアムズ (1761–1830)
  • 2代準男爵サー・ジョン・ヘイ=ウィリアムズ英語版 (1794–1859)
  • 3代準男爵サー・ヒュー・ウィリアムズ (1802–1876)
  • 4代準男爵サー・ウィリアム・グレンヴィル・ウィリアムズ (1844–1904)
  • 5代準男爵サー・ウィリアム・ウィロウビー・ウィリアムズ (1888–1932)
  • 6代準男爵サー・ヒュー・グレンヴィル・ウィリアムズ (1889–1961)
  • 7代準男爵サー・レジナルド・ローレンス・ウィリアム・ウィリアムズ (1900–1971)
  • 8代準男爵サー・フランシス・ジョン・ワトキン・ウィリアムズ (1905–1995)
  • 9代準男爵サー・ローレンス・ヒュー・ウィリアムズ (1929–2018)[11]

カーズのウィリアムズ準男爵 (1856年)

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カーズのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Kars)は、軍人でキャルネ選挙区英語版選出の庶民院議員であるウィリアム・ウィリアムズ英語版1856年7月18日に連合王準男爵として叙位されたのに始まるが、1883年の彼の死去で廃絶した。

トレギュロウのウィリアムズ準男爵 (1866年)

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カーヘイズ、バーンコース、スコリアーのウィリアムズ家の紋章[12]

コーンウォール州におけるトレギュロウのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Tregullow in the County of Cornwall)はコーンウォールの採鉱業で有名な富豪カーヘイズ、バーンコース、スコリアーのウィリアムズ家英語版のヤンガーサンであるウィリアム・ウィリアムズが1866年8月4日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる。彼はコーンウォールのハイ・シェリフだった[13]。2代準男爵はトルーロー選挙区英語版選出の庶民院議員だった[14]。2019年現在も現存。

  • 初代準男爵サー・ウィリアム・ウィリアムズ (1791–1870) [15]
  • 2代準男爵サー・フレデリック・マーティン・ウィリアムズ英語版 (1830–1878)
  • 3代準男爵サー・ウィリアム・ロバート・ウィリアムズ (1860–1903) [16]
  • 4代準男爵サー・ウィリアム・フレデリック・ウィリアムズ (1886–1905)
  • 5代準男爵サー・フレデリック・ウィリアム・ウィリアムズ (1888–1913) [17]
  • 6代準男爵サー・バートン・ロバート・ウィリアムズ (1889–1917) [18]
  • 7代準男爵サー・フレデリック・ロー・ウィリアムズ (1862–1921) [18]
  • 8代準男爵サー・ウィリアム・ロー・ウィリアムズ (1907–1960) [19]
  • 9代準男爵サー・ロバート・アーネスト・ウィリアムズ (1924–1976)
  • 10代準男爵サー・ドナルド・マーク・ウィリアムズ (1954-)
    • 推定相続人は現当主の兄弟バートン・マシュー・ウィリアムズ (1956-)

シティ・オブ・ロンドンのウィリアムズ準男爵 (1894年)

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シティ・オブ・ロンドンのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of the City of London)は、ジョン・ウィリアムズ英語版1894年10月30日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる。1926年の彼の死により廃絶した。

キャステル・ダードラス=ボースウェンのウィリアムズ準男爵 (1909年)

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メリオネス州におけるキャステル・ダードラス=ボースウェンのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Castell Deudrath, and Borthwen in the County of Merioneth)は、オズモンド・ウィリアムズ英語版1909年7月28日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる[20]。彼はメリオネスシャー選挙区英語版選出の自由党の庶民院議員でメリオネス統監英語版も務めた。2012年の2代準男爵の死去により廃絶した[21]

ブライズヘッドのウィリアムズ準男爵 (1915年)

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ドーセット州におけるブライズヘッドのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Bridehead in the County of Dorset)は、ウェスト・ドーセット選挙区英語版選出の保守党庶民院議員ロバート・ウィリアムズ英語版1915年2月9日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる[22]。2019年現在も現存。

  • 初代準男爵サー・ロバート・ウィリアムズ英語版 (1848–1943)
  • 2代準男爵サー・フィリップ・フランシス・カニンガム・ウィリアムズ (1884–1958)
  • 3代準男爵サー・デイヴィッド・フィリップ・ウィリアムズ (1909–1970)
  • 4代準男爵サー・(ロバート)・フィリップ・ナサニエル・ウィリアムズ (1950-)
    • 法定推定相続人は現当主の息子デイヴィッド・ロバート・マーク・ウィリアムズ David Robert Mark Williams (1980-).

パークのウィリアムズ準男爵 (1928年)

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アバディーン州におけるパークのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Park in the County of Aberdeen)は、ロバート・ウィリアムズが1928年6月29日に連合王国準男爵位として叙位されたのに始まる。1938年の彼の死去により廃絶。

  • 初代準男爵サー・ロバート・ウィリアムズ (1860–1938)

グリンドゥルのウィリアムズ準男爵 (1935年)

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カーマーゼン州におけるグリンドゥルのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Glyndwr in the County of Carmarthen)は、エヴァン・ウィリアムズ英語版1935年7月10日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる。1959年の彼の死去で廃絶。

キルゲレイントのウィリアムズ準男爵 (1953年)

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カーナーヴォン州におけるキルゲレイントのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Cilgeraint in the County of Carnarvon)は、保守党の政治家ハーバート・ウィリアムズ英語版1953年7月3日に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる。2019年現在も現存。

ラネリーのウィリアムズ準男爵 (1955年)

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カーマーゼン州におけるラネリーのウィリアムズ準男爵(Williams Baronetcy, of Llanelly in the County of Carmarthen)は、カーマーゼンシャー統監英語版だったジョージ・ウィリアムズ英語版1955年に連合王国準男爵として叙位されたのに始まる。1958年の彼の死去により廃絶。

脚注

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注釈

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  1. ^ 準男爵位は爵位と異なり、準男爵という肩書だけ与えられる(「○○準男爵」といった形では与えられない)。他の準男爵位と区別する必要がある場合にのみ姓名を付けたり、由来する地名を付けたりして区別する。

出典

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  1. ^ George Edward Cokayne Complete Baronetage Volume 1 1900
  2. ^ Lundy, Darryl. “Sir Edmund Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  3. ^ a b c GeorgEdward Cokayne, The Complete Baronetage, volume II (Exeter, 1902) page 168
  4. ^ Lundy, Darryl. “Sir Trevor Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  5. ^ Halsted, Edward (1799). The History and Topographical Survey of the County of Kent. 8. Canterbury: W. Bristow. pp. 95-110. http://www.british-history.ac.uk/report.aspx?compid=63463 
  6. ^ "Williams, Thomas (WLMS669T)". A Cambridge Alumni Database (英語). University of Cambridge.
  7. ^ Hayton, D. W. (2002). "Williams, Sir John (1653-1723)". In Hayton, David; Cruickshanks, Eveline; Handley, Stuart (eds.). The House of Commons 1690-1715 (英語). The History of Parliament Trust.
  8. ^ Lundy, Darryl. “Sir William Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  9. ^ Lundy, Darryl. “Sir John Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  10. ^ Lundy, Darryl. “Sir Lawrence Hugh Williams, 9th Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  11. ^ SIR LAWRENCE HUGH WILLIAMS Obituary
  12. ^ Burke's Landed Gentry, 1937, p.2442
  13. ^ Lundy, Darryl. “Sir William Williams, 1st Bt” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  14. ^ Lundy, Darryl. “Sir Frederick Martin Williams, 2nd Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  15. ^ A Genealogical and Heraldic Dictionary of the Landed Gentry of Great Britain 1863– Williams of Tregullow article on p.1668, provided by Google Books.
  16. ^ The Times, Monday, 18 May 1903; pg. 9; Issue 37083; col F: Obituary of Sir William Robert Williams, 3rd Baronet
  17. ^ The Times, Friday, 3 October 1913; pg. 6; Issue 40333; col B: Death Of A Baronet. An Overdose Of Ether In A Paris Hotel (Sir Frederick William Williams, 5th Baronet).
  18. ^ a b The Times, Friday, 23 December 1921; pg. 11; Issue 42911; col E: Obituaries-Sir F. L. Williams. He succeeded his brother, BR Williams, who was killed in action.
  19. ^ The Times, Saturday, 2 July 1960; pg. 10; Issue 54813; col E: Obituary: Sir William Law Williams
  20. ^ Lundy, Darryl. “Sir Arthur Osmund Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  21. ^ Lundy, Darryl. “Sir Michael Osmond Williams, 2nd Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  22. ^ Lundy, Darryl. “Sir Robert Williams, 1st Bt.” (英語). thepeerage.com. 2019年12月12日閲覧。
  23. ^ Welsh Biography Online. Accessed 13 February 2013