ウォルター・ザービアック
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引退 | |
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ポジション | スモールフォワード |
基本情報 | |
国籍 | アメリカ合衆国 |
生年月日 | 1949年8月21日(75歳) |
出身地 | 西ドイツ・ハンブルク |
身長 | 198cm (6 ft 6 in) |
体重 | 95kg (209 lb) |
キャリア情報 | |
出身 | アメリカ合衆国・ジョージ・ワシントン大学 |
ドラフト | 1971年4巡65位 |
選手経歴 | |
1971年 - 1972年 |
ピッツバーグ・コンドルズ(ABA) レアル・マドリード・バロンセスト |
Stats Basketball-Reference.com |
ウォルター・ザービアック(Walter Szczerbiak 1949年8月21日 - )は、ドイツのハンブルク出身のアメリカ合衆国の元・バスケットボール選手。
息子のウォーリー・ザービアックもバスケットボール選手。
2008年2月3日、半世紀以上にわたるユーロリーグ史上の偉大な50人の貢献者の1人に選出された[1]。
経歴
[編集]ジョージ・ワシントン大学を卒業後、1971年のNBAドラフト4巡全体65番目でフェニックス・サンズから指名を受けたがロースターに残れなかった。同年のABAドラフトでダラス・チャパラルズ(現サンアントニオ・スパーズ)から3巡で指名を受けており、本来は交渉権を持っていたチャパラルズへの入団は希望せず、同じABAのピッツバーグ・コンドルズのキャンプにジェリー・コランジェロの口利きで参加し所属した[2]。コンドルズが消滅した際のドラフト7位でケンタッキー・カーネルズに指名されたが、ビル・チェンバレンを指名したチームから解雇された[2]。
レアル・マドリード・バロンセストに在籍した1974年、1978年、1980年の欧州チャンピオンズカップで優勝を果たしている。インターコンチネンタルカップでも3回優勝しており、1977年大会のMVPに選ばれた。
脚注
[編集]- ^ “Euroleague official website, Experts decide European Club Basketball's 50 greatest contributors”. 2008年10月18日閲覧。
- ^ a b “Walt Szczerbiak Interview”. remembertheaba.com. 2015年7月5日閲覧。