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ウォルター・ルーサー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ウォルター・ルーサー
1955年の公式写真
第4代全米自動車労働組合会長
任期
1946年 – 1970年
前任者R・J・トーマス英語版
後任者レナード・F・ウッドコック英語版
第3代アメリカ産業別組合会議英語版議長
任期
1952年 – 1955年
前任者フィリップ・マレー英語版
後任者ジョージ・ミーニー英語版
個人情報
生誕Walter Philip Reuther
1907年9月1日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ウェストバージニア州ホイーリング
死没1970年5月9日(1970-05-09)(62歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミシガン州ペルストン英語版
死因航空事故
政党民主党
配偶者
メイ・ヴォルフ(結婚 1936年)
教育ウェイン州立大学 (中退)
職業
  • 労働運動指導者
  • 活動家
著名な実績労働運動, 公民権運動
受賞
署名

ウォルター・フィリップ・ルーサー英語: Walter Philip Reuther, [ˈrθər]; 1907年9月1日 - 1970年5月9日)は、全米自動車労働組合(UAW)をアメリカの歴史上もっとも革新的な労働組合のひとつに作り替えた、アメリカの労働運動および公民権運動の指導者である[1]。彼は労働運動を狭義の特殊な利益団体にとどまらない、民主主義社会における社会正義人権を推進する手段であると解釈した[1]。彼は、世界における労働者の権利、市民の権利、女性の権利ユニバーサルヘルスケア公教育適正な住宅価格英語版環境運動核不拡散を推進するためにUAWの財力や影響力を行使した[1]。彼はスウェーデン型の社会民主主義非暴力による市民的不服従の信奉者だった[2][3]。1955年、彼はジョージ・ミーニー英語版とともにアメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)を設立した[4]。彼は2度の暗殺未遂から生き延びた。そのうちの1度は12口径のショットガンによる、彼の自宅の台所の窓からの銃撃だった[5]。彼は、1946年から没する1970年まで第4代UAWの会長を、歴史上最長の期間にわたって務めた[6]

ルーサーは、退職者や彼らの家族を含む500万人におよぶ自動車関連の労働者の指導者として[7]民主党内部に影響力を及ぼした[8]。1961年のピッグス湾事件の後、ジョン・F・ケネディ大統領は、ルーサーをキューバに送り、フィデル・カストロと捕虜の交換に関する交渉に当たらせた[9] 。彼は、平和部隊創立の先陣を切り[10][11][12]、そして、1964年公民権法[13][14]1965年投票権法[15]メディケアメディケイド[16]、そして公正住居法英語版[14]が成立する道筋をつける支援をした。1964年から65年の間、彼はリンドン・ジョンソン大統領とホワイトハウスで毎週のように面会し、偉大な社会英語版貧困との戦い英語版をめぐる政策や法案に関する議論をした[17]共和党は、ルーサーを大変警戒しており、1960年アメリカ合衆国大統領選挙の際、リチャード・ニクソン候補は、ジョン・F・ケネディ候補について、「私はウォルター・ルーサーのような政治ボスの選挙支援を受けて当選し、その結果、相手の言いなりになる大統領ほどこの国にとって有害な物はないと考えます。」と述べた[18]。保守政治家のバリー・ゴールドウォーターは、ルーサーについて「わが国にとってスプートニクソビエト・ロシアによるどんな行為よりも危険です。」と評した[19]

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアと公民権運動に対する強力な支援者だった[20]ルーサーは、デトロイトセルマ[21]バーミングハム[22]モンゴメリー[23]、そしてジャクソン英語版[24][25]の行進においてキングと行動を共にした。アラバマ州バーミングハムで、キングと子供を含むその他の人々が収監され、キングが著名な『バーミングハム刑務所からの手紙』を書いた際、ルーサーは抗議者たちを釈放させるために16万ドルを用立てた[26]。また、彼は1963年8月28日に行われたワシントン大行進の計画や資金面を手助けし、キングのナショナル・モールにおける歴史的な演説である『I Have a Dream』の前座として、リンカーン記念堂の階段で演説した[22][27]セサール・チャベス全米農業労働者組合英語版の当初の後援者だった彼は、ロバート・ケネディに対しチャベスを訪ね、支援するよう求めた[28]。彼は、全米黒人地位向上協会(NAACP)[29]の役員を務め、民主的行動のためのアメリカ人英語版の共同創立者のひとりだった[30]。生涯にわたって環境保護主義者だったルーサーは、1970年4月22日、はじめてのアースデイの組織・資金面の重要な部分を担った[31]。はじめての全国的なアースデイの主催者であるデニス・ヘイズ英語版は、「UAWの存在がなかったら、はじめてのアースデイは失敗だったでしょう!」と述べた[31]

ルーサーは『タイム』誌によって、20世紀で最も重要な人物のひとりに認定された[32]。1995年、彼はビル・クリントン大統領から大統領自由勲章を没後追贈された。記念式典の際、クリントンは「ルーサーは時代をはるかに先んじたアメリカの先見家であり、彼が亡くなられて四半世紀たった今なお、わが国は彼の夢に追いつけていません。」と述べた[33]

生い立ちと教育

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ルーサーの生地であるウェストバージニア州ホイーリングにある標識

1907年9月1日、ルーサーは、ウェストバージニア州ホイーリングにおいて、ドイツ系アメリカ人であるヴァレンタインとアンナ(旧姓ストッカー)・ルーサー夫妻の間に生まれた[34]。彼の父であるヴァレンタインは11歳の時にドイツから移民した、ビールの荷馬車の御者にして社会主義者の連合の組織者だった[35]。ルーサーは5人兄妹(テッド、ウォルター、ロイ、ヴィクター、クリスティーン)の次男だった。毎週日曜日にヴァレンタインは子供たちのための討論会を開き、当時の社会問題だったイエロー・ジャーナリズム児童労働女性参政権公民権といった主題について彼らが自らの頭で考えるよう促した[36]。後にルーサーは「父の膝の上で、私たちは労働組合主義の哲学を学びました。私たちは毎日のように労働者の闘いや希望を知りました。」と回想している[37]。子供の頃の彼とヴィクターは、彼らの父とともに、第一次世界大戦の間、その平和主義によって投獄されていたユージン・V・デブスに面会するため刑務所を訪ねた[38]

ルーサー家は質素な家風で、倹約する事を学んだ。ウォルターの母のアンナは、お金を節約するために、使用済みの小麦粉の袋から子供たちの下着を自作した[39]。ヴァレンタインが瓶の爆発で半ば失明してから、9歳のウォルターは家計の足しにするために雑用の仕事をはじめた。その後、11年生で高校を中退した彼は家計補助のため地元工場で働いた[39]。彼が4人がかりで持ち上げていた400ポンドの金型が落下して、彼の足の親指を切断した時、彼は工場の安全対策が不十分である事を身をもって学んだ[40]

ルーサー家の子供たちは、幼い時から人種主義について教えられてきた。ある日、彼らは地元の少年らが、屋根がない鉄道車両で地元から北に向かう黒人たちに投石している所を目撃した。彼らの父親は、少年らに対し、絶対に他の人間をそのように扱ってはならないと厳格に警告した。ルーサー家の子供たちはその教えを忘れる事なく、残りの彼らの人生をすべての人々の人種経済的平等のために戦う事に捧げた[41]

家から離れデトロイトへ

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1927年、19歳だったルーサーはホイーリングを離れデトロイトに向かい、フォード・モーターで、25年の経験を要する工具・金型の製造英語版の専門職に携わったと彼は述懐している。工場長は彼が若いにもかかわらず青図や金型を読み取る能力がある事に困惑し、工場でもっとも高い給料を受け取る技術者のひとりになった[42]。彼はフォードで働く傍らで高校を終え、現在ではウェイン州立大学の名で知られるデトロイト・シティ・カレッジに入った。1932年、彼は大統領選挙アメリカ社会党の候補者として出馬していたノーマン・トーマス英語版の応援集会を組織した事が理由でフォードを解雇された。フォードにおける彼の公式雇用記録では、彼は自己都合退職扱いとされているが、ルーサー自身は彼の社会主義の政治活動に目をつけられて解雇されたと述懐している[43]。それでも、ウォルターとヴィクターは彼らの子供時代からの夢であった世界旅行をする最高の機会であると考え決断した[44]

世界旅行

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1927年にフォード・モデルTの生産が中止された後、ヘンリー・フォードはその生産設備をソビエト連邦に売却した。そのため、設備の操作の方法を知るアメリカの労働者が必要になった。ウォルターとヴィクターはソ連の労働者に、設備の使い方や流れ作業の方法を伝授する仕事が約束された。仕事が保障された兄弟は、3年間にわたる旅行をはじめた。はじめは自転車でヨーロッパをめぐり、その後、ソ連のゴーリキーにある、暖房がないためしばしば4度からマイナス1度の寒さになる工場で働いた。彼はたびたびモスクワ・デイリー・ニュースに寄稿し、共産主義者による工場運営のおびただしい非効率を難じた[45]

ソ連で2年を過ごした後、兄弟はトルコ、イラン、英領インド、そして中国をまわった。東シナ海を渡った後、彼らは自転車で日本各地をめぐって極東旅行をしめくくった。最後にほとんど3年の間、国を離れていた兄弟はサンフランシスコに向かう蒸気船プレジデント・ハーディングドイツ語版の船内の仕事を見つけ、弟のロイが自動車関連の労働者の組織化に深く携わっていたデトロイトに急いで戻った。後にウォルターはこの世界旅行で学んだ事を「すべての人々が、自由と子供たちにより大きな機会を与えられる安定した仕事という、人間としての根本的な目標を切望しています。私たちはアメリカの労働者が、強く民主的な労働組合を組織する事を助ける貢献ができるのではないかと考えました。それこそがなぜ私たちが労働運動に加わったかという理由です。」と述懐している[46]

政治党派の所属

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ミシガン州北部のUAW家庭教育センターにあるルーサー兄弟の胸像、左からロイ・ルーサー、ウォルター・ルーサー、そしてヴィクター・ルーサー

民主党に入党するまで、ルーサーはアメリカ社会党の党員だった。ルーサーは、それを常に否定していたにもかかわらず、ジョン・エドガー・フーヴァーを含む複数の者は、彼が一時期共産党の党員だった事を疑っていた[47]。この件について、1938年、ルーサーは「私は共産党員でもなければ、その政策の支援者でもなく、どんな形でもその管理や影響下にあった事はない。」と述べた[48]。それでも、人々は彼が1935年から36年の間の数か月にわたって党費を納めていたのではないかと疑惑を抱いており、ひとつの情報によれば、彼は1939年2月に共産党の会議に出席していたという[49]。1930年代半ばのルーサーは共産主義者と協力関係にあった。これは人民戦線の時代の話であり、共産党はUAW内部の問題に関するルーサーの見解に同意していていた。しかし、彼と関係していたのは反スターリン主義の社会主義者だった[50][51]。ルーサーは社会党での活動を続け、1937年には、アメリカ労働総同盟や黒人層が彼を産業別組合会議の公認候補とする事に反対する中でデトロイト市議会議員選挙に出馬したが、当選できなかった[52]。歴史家のマーティン・グラバーマン英語版は、UAWの活動家だったナット・ガンレイ英語版の書類の中から、ルーサーが1年に満たない短期間、共産党の党員だった証拠を発見している[53]。それでもフランクリン・ルーズベルト大統領による不平等に対する取り組みや努力に感動した彼は、最後に民主党の党員になった。

脚注

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