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オレオ (ソニー・ロリンズの曲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オレオ」(Oleo) は、ソニー・ロリンズ1954年に発表したハード・バップの楽曲。以降、ジャズスタンダード曲となり、マイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンビル・エヴァンスをはじめ、数多くのジャズ・ミュージシャンたちによって演奏されてきた。

ハード・バップのファンから人気の高い楽曲」とされている[1]

形式

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「オレオ」は、ジョージ・ガーシュウィンが作曲した「アイ・ガット・リズム」で用いられたものと同じコード進行(リズムチェンジ英語版)に基づいて作られた数多くのジャズ・スタンダード曲のひとつである[2]。同様にリズムチェンジを用いて書かれたスタンダード曲には、チャーリー・パーカーの「アンソロポロジー (Anthropology)」、ディジー・ガレスピーの「ソルト・ピーナッツ (Salt Peanuts)」、セロニアス・モンクの「リズム・ア・ニン (Rhythm-A-Ning)」などがある。

Aの部分は変化を加えながらも繰り返し提示され、Bの部分は、演奏者が即興を展開するか、リズム体コンピング英語版する間として空のままとされている。

録音

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マイルス・デイヴィスは、この曲を何度も録音した[2]。最初のバージョンは、ロリンズ自身が演奏し、1954年に録音されたデイヴィスのアルバム『バグス・グルーヴ (Bags' Groove)』に収められた[2]。ロリンズに代えてジョン・コルトレーンサキソフォーンを演奏して、1956年に再度録音されたバージョンは『リラクシン (Relaxin')』に収録された[1][2]。コルトレーンによる1958年のライブ演奏は、マイルス・デイヴィスの2枚のアルバム、すなわち1973年にリリースされたジャズ・アット・ザ・プラザ (Jazz at the Plaza)』と1979年にリリースされた1958マイルス (1958 Miles)』に入っている。これとは別の1961年のライブ・バージョンは、『イン・パーソン・アット・ザ・ブラックホーク、サンフランシスコ (In Person Friday and Saturday Nights at the Blackhawk, Complete)』で聞くことができる。

ソニー・ロリンズが、自身の名義でこの曲を取り上げたのは、ドン・チェリーと共演した1962年のアルバムアワ・マン・イン・ジャズ (Our Man in Jazz)』で、前衛的な即興演奏を重ねた25分あまりのライブ演奏が収録されている[2]

他にも、この曲の特筆すべき録音を残したアーティストとして、エリック・ドルフィーフィニアス・ニューボーンパット・マルティーノビル・エヴァンスミシェル・ペトルチアーニトミー・フラナガンケニー・バロンマル・ウォルドロンらがいる[2]

日本のジャズドラマー中村達也は、1989年ニューヨークで、ジョージ・アダムズジョン・ヒックス英語版リチャード・デイヴィス英語版と組み、この曲を表題曲としたアルバム『オレオ』を制作した[3]

曲名の流用

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1965年から1970年まで、東京都中央区銀座1丁目にあったジャズ喫茶「オレオ」の店名は、この曲からとったものである[4][5]

脚注

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  1. ^ a b Waring, Charles (2020年3月17日). ““無名だった”1955年のマイルス・デイヴィスと、2回のセッションを収録した傑作『Relaxin’ With The Miles Davis Quintet』”. uDiscoverMusic / ユニバーサルミュージック合同会社. 2020年6月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 「オレオ」『ジャズ・スタンダード名曲徹底ガイド上: 名曲200/決定盤CD 880』音楽出版社、2004年、181頁。  Google books
  3. ^ 「ジャズドラマーの中村達也、NYで“即興”レコーディング」『朝日新聞・夕刊』1989年7月28日、17面。 - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  4. ^ 市原佳菜子 (2016年7月30日). “[ふるさとにエール]松坂妃呂子さん(中)(連載)”. 読売新聞・東京朝刊・福島: p. 31. "■自らジャズ喫茶を始められたということですが。「1965年です。... 銀座1丁目のビルの一室を借りて開いた店の名前は『オレオ』。ソニー・ロリンズの曲からとりました」"  - ヨミダス歴史館にて閲覧
  5. ^ 市原佳菜子 (2016年7月31日). “[ふるさとにエール]松坂妃呂子さん(下)(連載)”. 読売新聞・東京朝刊・福島: p. 33. "東京・銀座のジャズ喫茶に集まった仲間と作った同人誌を出発点に、今も号数を重ねる雑誌「ジャズ批評」。... 「... 店そのものは70年に閉店しましたが、..」"  - ヨミダス歴史館にて閲覧

関連項目

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外部リンク

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