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オーベルリート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オーベルリート
Oberriet
オーベルリートの紋章
徽章
オーベルリートの位置(スイス内)
オーベルリート
オーベルリート
オーベルリートの位置(ザンクト・ガレン州内)
オーベルリート
オーベルリート
オーベルリートの位置

座標: 北緯47度18分59秒 東経9度33分59秒 / 北緯47.3164度 東経9.5664度 / 47.3164; 9.5664座標: 北緯47度18分59秒 東経9度33分59秒 / 北緯47.3164度 東経9.5664度 / 47.3164; 9.5664
スイス
カントンザンクト・ガレン州
ラインタール郡
行政
 • 首長ヴァルター・ヘス
面積[1]
 • 計34.53 km2
標高420 m
人口(2015年12月[2]
 • 計8,719人
 • 密度250人/km2
郵便番号9463
SFOS番号3254
周囲アルタッハ (AT-8)、アルトシュテッテンバルガッハディーポルトザウアイヒベルクコブラッハ (AT-8)、メーダー (AT-8)、マルバッハマイニンゲン (AT-8)、レブシュタインリューテ (AI)、リュティ
ウェブサイトwww.oberriet.ch
SFSO統計

オーベルリート: Oberriet)は、スイスザンクト・ガレン州にある基礎自治体(ゲマインデ)。

歴史

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891年に Cobolo の名で初めて歴史上に登場する。1290年ごろの文献には Chobilwalt と見える。現在の地名は1417年に初めて確認できる[3]

地理

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2006年の総面積は34.5平方キロで、このうち57.2%を農業用地、25.9%を森林、12.9%を開拓地(建築物・道路)、4.1%を非生産地(河川・湖沼)でしめられる[4]

ラインタール選挙区に位置するオーベルリート市は、渓谷のオーベルリート、アイヒェンヴィース、モントリンゲン、クリーサーンの各村、カモール丘陵のホルツローデ、コーベルヴァルトの各村、それにフライエンバッハ、コーベルヴィース、ハルトの小村からなる。クリーサーン村の皇帝宮殿(カイザープファルツ)は、かつてライン川対岸のオーストリアのメーダー村が所有していた。市の北西にアイヒベルク、南にリュティがひかえる。

人口統計

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オーベルリート市街にある木骨造の家屋

総人口は8351人(2011年末)である。2007年の時点で、外国籍の割合は約11.5%であった。内訳は(2000年の調査で)ドイツ人が63人、ユーゴスラビア難民が461人、オーストリア人が115人、トルコ人が3人、その他が88人[5]。最近10年間の人口増減率は7.3%。2000年時点で住民の94.2%がドイツ語、3.0%がアルバニア語、0.8%がセルボ=クロアチア語を母語とし[4]、スイスの公用語のなかでは7019人がドイツ語、8人がフランス語、41人がイタリア語、5人がロマンシュ語を話すと答えた[6]

世代別では9歳以下が1043人 (14.0%) 、10代が1017人 (13.6%) 、20代が984人 (13.2%) 、30代が1308人 (17.5%) 、40代が1016人 (13.6%) 、50代が816人 (10.9%) 、60代が617人 (8.3%) 、70代が432人 (5.8%) 、80代が187人 (2.5%) 、90代が34人 (0.5%) となっている[6]

2000年時点で一人暮らしが634人 (8.5%) 、1418人 (19.0%) が子どもを持たないカップル(婚姻の如何を問わず)、4790人 (64.3%) が子どもを持つ夫妻の構成員である。297人 (4.0%) は一方の親の家で暮らし、81人は成人後も親元に残っている。31人はその他の親族のもとに身を寄せ、45人は血縁関係のない人と生活している。158人は病院などの特別な集合住宅に収容されている[6]

直近の2007年の選挙で最も票を集めたのは国民党で、投票総数の54.2%が流れた。以下、キリスト教民主党(24.5%)、自由民主党(7.5%)、社会民主党(6.2%)の順に続いた[4]

市民の高等教育修了率は66.9%である[4]

人口の推移[3]
人口
1798 2,596
1850 3,909
1900 4,277
1950 5,582
2000 7,454

経済

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2007年の失業率は1.25%。産業部門別では第一次産業の127事業所に380人、第二次産業の117事業所に1767人、第三次産業の200事業所に1194人が雇用されている[4]。2000年の調査では、市民の1895人が市内に働き口を持ち、1960人が市外に通勤する一方、市内への通勤者も1357人いる[7]

宗教

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2000年の国勢調査によると、5920人 (79.4%) がカトリック教会に、632人 (8.5%) がスイス改革派教会に所属するほか、3人がスイスキリスト教カトリック教会、29人が正教会、50人がその他キリスト教、1人がユダヤ教、398人がイスラームを信仰する。(国勢調査の選択肢にない)その他の宗教を奉る者は16人、無宗教は181人で無回答は224人であった[6]

重要遺産

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ヴィーヘンシュタイン城とブラッテン城のカード

国の重要遺産に、市内からはモントリンゲルベルクの先史時代住居跡とヴィーヘンシュタイン城址が登録されている[8]

脚注

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  1. ^ Arealstatistik Standard - Gemeindedaten nach 4 Hauptbereichen
  2. ^ Swiss Federal Statistical Office - STAT-TAB, online database – Ständige und nichtständige Wohnbevölkerung nach institutionellen Gliederungen, Geburtsort und Staatsangehörigkeit (ドイツ語) accessed 30 August 2016
  3. ^ a b Oberriet in German, French and Italian in the online Historical Dictionary of Switzerland.
  4. ^ a b c d e Swiss Federal Statistical Office accessed 04-January-2010
  5. ^ Der Kanton St. Gallen und seine Menschen in Zahlen - Ausgabe 2009 (ドイツ語) accessed 30 December 2009
  6. ^ a b c d Canton St. Gallen Statistics-Hauptergebnisse der Volkszählung 2000: Regionen- und Gemeindevergleich-Personen (ドイツ語) accessed 30 December 2009
  7. ^ St Gallen Canton statistics-Communters (ドイツ語) accessed 31 December 2009
  8. ^ Swiss inventory of cultural property of national and regional significance 21.11.2008 version, (ドイツ語) accessed 04-Jan-2010

外部リンク

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