カシャフ川の竜
カシャフ川の竜[注釈 1](カシャフがわのりゅう)とは、ペルシア建国神話を伝える『シャー・ナーメ(王書)』に登場する竜である。
物語
[編集]カシャフ川の竜の物語は、『シャー・ナーメ』において、サームが息子ザールのためにイラン国王マヌーチェフル宛に書いた手紙の中で言及される[注釈 2]。
サームが治める国にあったカシャフ (英: Kashaf) 川に毒竜がおり、人々を苦しめていた。竜は巨大で、火を噴いて鳥を落とし、川からは鰐を掴み出し、毒で周囲を汚染して、この世を支配したかのように振る舞っていた。サームはこの毒竜を退治する決意をする。盾、矛、弓を持ち、象ほどにも大きな馬に乗ってカシャフ川に向かい、竜と相まみえた。毒竜がサームを餌食にしようと襲いかかって来たが、サームは白ポプラの矢[注釈 3]を放った。矢は竜の口の中に命中し舌を射貫いて上顎に突き刺さったが、竜はなおもサームに迫ってくる。そこでサームが、牛頭の鎚矛でもって竜の額を打つと、その一撃で竜は倒れた。竜の体からは大河のように毒が流れ出し、脳漿が山のように溢れ出し、カシャフ川は胆汁で溢れかえったという[7][5][8]。
以来、サームは「必殺のサーム」[9]「一撃のサーム」[10][11][12]の異名を取るようになった。しかしサーム自身も毒に体を蝕まれ、回復までに長くかかった[9][5]。また、竜のいた地域ではしばらくの間農作物が収穫できなかったという[9]。ロスタムの倒したドラゴンと「竜」と「龍」で漢字が違うが、英語ではどちらもdragon(ドラゴン)であるため深い意味はない。強いて言えば、ペルシャのドラゴンの見た目は東洋系のため、容姿だけで言うのなら「龍」という漢字の方が相応しいのかもしれない。これは、ロスタム、イスファンディヤール、バハラーム五世などのドラゴン退治の絵画で確認出来る。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『ペルシアの神話 - 光と闇のたたかい』 p.156ではカシャフ川の恐竜、『幻獣ドラゴン』ではカシャフ川のドラゴン。
- ^ サームはナリーマン家の武将であり、イラン王フェリドゥーン(ファリードゥーン)の曾孫にあたるマヌーチェフルが王子だった頃に、フェリドゥーンから命じられて後見人を務めた人物である[1]。そして、ザールが愛するようになったカブールのルーダーベ姫は蛇王ザッハークの曾孫、彼女の父である王メフラーブは孫にあたる人物であった[2]。現在はイラン王であるマヌーチェフルは、ザッハークへの恨みを忘れていなかったため、サームにカブールへの攻撃を命じた。しかしザールが、父サームの前に立ちはだかって出撃を止めた[3]。カブールでは、イラン王の怒りを恐れたメフラーブ王がルーダーベ姫を処刑しようとしたが、彼女の決意も揺るがなかった[3][4]。ザールが、直接イラン王と会って結婚の許しを得たいと訴えたため、サームは息子に持たせる王宛の手紙をしたためた[5]。
- ^ 岡田 (1982)によれば、のちにザールがマヌーチェフル王の元での武芸比べで弓矢での射的に挑んだ際、ザールが用いたのも白ポプラの矢であった[6]。
出典
[編集]- ^ 岡田 (1982), p. 109.(IV 「老王の悲しみ」)
- ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 156.(第2部 第2章「5 賢者の薦め」)。
- ^ a b フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 161.(第2部 第2章「6 父サームへの手紙」)。
- ^ 岡田 (1982), pp. 150-151.(V 2 「開かれた秘めごと」)
- ^ a b c 岡田 (1982), p. 156.(V 2 「父の手紙」)
- ^ 岡田 (1982), p. 163.(V 2 「智慧問答」)
- ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 163-164.(第2部 第2章「7 王への嘆願」)。
- ^ 苑崎 (1990), pp. 101-102.
- ^ a b c フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 164.(第2部 第2章「7 王への嘆願」)。
- ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), p. 57.(ザールの巻)
- ^ フィルドゥスィー,黒柳訳 (1969), p. 420.(ザールの巻 注34)
- ^ 苑崎 (1990), p. 102.
参考文献
[編集]原典資料
[編集]- フェルドウスィー『王書』
- フェルドウスィー『王書 - 古代ペルシャの神話・伝説』岡田恵美子訳、岩波書店〈岩波文庫 赤 786-1〉、1999年4月。ISBN 978-4-00-327861-1。
- フィルドゥスィー『王書(シャー・ナーメ) - ペルシア英雄叙事詩』黒柳恒男訳、平凡社〈東洋文庫 150〉、1969年11月。ISBN 978-4-582-80150-7。
二次資料
[編集]- 岡田恵美子『ペルシアの神話 - 光と闇のたたかい』筑摩書房〈世界の神話 5〉、1982年8月。ISBN 978-4-480-32905-9。
- 苑崎透「カシャフ川のドラゴン」『幻獣ドラゴン』新紀元社〈Fantasy world 1〉、1990年7月、pp. 101-102頁。ISBN 978-4-915146-28-2。
関連書籍
[編集]- Arthur George Warner, Edmond Warner 『The Shahnama of Firdausi』 第1巻、Routledge、2013年11月5日、pp. 235, 297。