カール・コラー
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名前 | ||||||
ラテン文字 | Karl Koller | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | オーストリア | |||||
生年月日 | 1929年2月8日 | |||||
没年月日 | 2009年1月24日(79歳没) | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
利き足 | 右足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
1949-1966 | ファースト・ヴィエナ | 836 | (101) | |||
代表歴 | ||||||
1952-1965 | オーストリア | 86 | (5) | |||
監督歴 | ||||||
1967 | ウィーナー・ノイシュタット | |||||
1968 | ファースト・ヴィエナ | |||||
1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
カール・コラー(Karl Koller, 1929年2月8日 - 2009年1月24日)は、オーストリア出身のサッカー選手。現役時代のポジションはMF。
国際サッカー歴史統計連盟(IFFHS)の統計でヨーロッパの20世紀最優秀選手ベスト100に選出されたオーストリアサッカーの歴史に名を残すMF。
経歴
[編集]当時ヨーロッパ最高峰リーグの1つであったオーストリア・ブンデスリーガに属していたファースト・ヴィエナFCで17年に渡りプレーし、836試合に出場し101得点を記録。ヴィエンナ自体が強豪チームではなかったため、クラブレベルで獲得したタイトルはリーグ優勝1回のみだが、オーストリア代表選手としては優れた実績を残している。
23歳でA代表に初選出され、1952年から1965年まで86試合に出場。1954年FIFAワールドカップ・スイス大会では全試合に出場し3位の好結果に貢献、それ以降も1958年FIFAワールドカップ・スウェーデン大会ではベスト16、1960年UEFAヨーロッパ選手権ベスト8進出、1964年UEFAヨーロッパ選手権ベスト16進出の結果を残している。
しかし、長年に渡り好成績を残していたオーストリア代表チームの躍進が期待された1962年FIFAワールドカップ・チリ大会では、財政的な理由からオーストリアサッカー協会が自ら出場を辞退。よってコラーの3度目のワールドカップ出場の願いはかなわなかった。しかしカール・コラーの名前は長年に渡りオーストリア代表チームを支えた選手として伝説となっている。
タイトル
[編集]クラブ
[編集]- オーストリア・ブンデスリーガ : 1954-55