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カール・ハインリヒ・バルト(Karl Heinrich Barth, 1847年7月12日 - 1922年12月23日)は、東プロイセン(現在のロシア)のバルチスク生まれのピアニスト・教育者。
1856年にポツダムにてルートヴィヒ・シュタインマンに師事して正式にピアノの訓練を開始し、以降リストの高弟であったハンス・フォン・ビューローとカール・タウジヒに師事し、他にもハンス・フォン・ブロンザルトにも師事した。
1868年にベルリンのシュテルン音楽院の教官に就任する。
1910年にベルリン国立音楽大学のピアノ科主任教授に就任。
1922年にベルリンで死去。