ギスパクローツ
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ギスパクローツ Gispaxlo'otsは、カナダ、ブリティッシュコロンビア州のツィムシアン・ネイションの14部族のうちのひとつであり、またまた、もともとはスキーナ川下流域におり、現在はラッカラームス(別名、ポートシンプソン)に居住して「ツィムシアン9部族連合」を形成している9部族のひとつでもある。ギスパクローツの名は、文字通りに取れば"エルダーベリーの地の人びと"という意味である。彼らの伝統的なテリトリーには、テラスとプリンスルパートのあいだのスキーナ川沿いの地域が含まれる。ハドソン湾会社がラッカラームスにフォートを建設した1834年以降、彼らはそこに拠点を移している。伝統的には、偉大な指導者であったチーフLigeexの功績と富により、ギスパクローツ部族は、ツィムシアン族の諸部族のなかで最も勢力が強かった。ラッカラームスもまたギスパクローツ部族のテリトリーの一部である。
王族のイエであり、ラクスギーク(ワシ・クラン)に属するLigeexのイエに加えて、ギスパクローツ部族の他のイエ集団としては、以下のイエがある:
- House of Spooxs -- ラクスギーク (ワシ・クラン) (このイエには、今日では、キッツムケイラム部族のコミュニティと宴席関係をもつメンバーがいる。)
- House of Suhalaayt -- ギスプドワダ (オルカ・クラン) (このイエに属していたトーテムポールが、1930年代まではラッカラームスに建っていた)
- House of T'amks -- ギスプドワダ (1916年のその死まで、アーサー・ウェリントン・クラーがそのチーフであった)
- House of 'Wiigyet -- Gispwudada (オルカ・クラン)
ウィリアム・ベイノンの1935年の記録によれば、ラッカラームスにいるギスパクローツの人びとには、18人のギスプドワダ(オルカ・クラン、2つのイエ集団)、24人のガナーダ(ワタリガラス・クラン、1つのイエ集団)、63人のラクスギーク(ワシ・クラン、6つのイエ集団)がいた。
ギスパクローツ部族 Gispaxlo'ots出身の著名人
[編集]- ヘンリー・W・テイト, 口承史家
- Paul Legaic, 世襲のチーフにして交易商人
- Rev. en:William Henry Pierce, 宣教師で、回想録を残す
- en:Arthur Wellington Clah, 世襲のチーフ、日記を残す
書誌
[編集]- Barbeau, Marius (1950) Totem Poles. 2 vols. (Anthropology Series 30, National Museum of Canada Bulletin 119.) Ottawa: National Museum of Canada.
- Garfield, Viola E. (1939) "Tsimshian Clan and Society." University of Washington Publications in Anthropology, vol. 7, no. 3, pp. 167-340.
- McDonald, James A. (2003) People of the Robin: The Tsimshian of Kitsumkalum. CCI Press.