クリューズ
クリューズ Cluses | |
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旗(左)・紋章(右) | |
行政 | |
国 | フランス |
地域圏 (Région) | オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏 |
県 (département) | オート=サヴォワ県 |
郡 (arrondissement) | ボンヌヴィル郡 |
INSEEコード | 74081 |
郵便番号 | 74300 |
市長(任期) |
ジャン=フィリップ・マス (2020年 -) |
人口動態 | |
人口 |
市:16,966人人 (2018年) |
人口密度 | 1,626人/km2 |
住民の呼称 | Clusiens |
地理 | |
座標 | 北緯46度03分44秒 東経6度34分48秒 / 北緯46.06234度 東経6.58004度座標: 北緯46度03分44秒 東経6度34分48秒 / 北緯46.06234度 東経6.58004度 |
標高 |
平均:822.5m 最低:470m 最高:1175m |
面積 | 市:10.4km2 (10,540ha) |
公式サイト |
www |
クリューズ(Cluses、アルピタン語:Clluses) は、オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏・オート=サヴォワ県のコミューン。
フォシニー地方のアルヴ川渓谷の町であり、近隣にジュネーブがある。アルプスの景観と(20世紀前半からの)時計製造業で知られている。
地理
[編集]フォシニー地方のアルヴ渓谷内、ジュネーヴとシャモニーの中間に位置しており、周辺には著名なスキー場が多く存在している。
人口
[編集]1902年のコミューン創設時は2,208人だった人口は、1990年の時点で16,732人に増加している。
歴史
[編集]古代ローマ時代にアルヴ川にポンヴュー橋が架けられたことで、この地域の交易が活発化し、山とアルヴ川の間の谷間に最初の村が作られた。クリューズの地名は、「狭い谷」を意味する”cluse”に由来している。
1310年5月4日、独立したコミューンとなる。独立後の町の発展には、この地を治めたフォシニー男爵ユーグが大きな役割を果たした。
1720年、クロード=ジョセフ・バラドゥーがそれまで農村だったアルヴ峡谷で時計製造の事業を始めると、家族経営の工房など家内工業として発展し、クリューゼで作られた時計は時計産業の中心地であるジュネーヴにも輸出されるようになった。1848年にはクリューゼに「王立時計学校」が設立され、精密時計製造は町の主要産業となった。
1844年6月20日、町は大火に見舞われ、シャレー様式の木造建築は全て焼失した。町は現在に受け継がれるトリノ(当時のサルデーニャ王国の首都)の様式を模した形で再建されたことで、クリューズはオート=サヴォワ県において特異な街並みを持つこととなった。
経済と商業
[編集]20世紀初頭までは農業が主要産業だったが、現在は時計製造業が主流であり、時計分野での評判から他の精密機械産業も進出している。
交通
[編集]文化
[編集]- フォシニー音楽祭:フォシニー音楽連盟の創設者フランソワ・カートを記念して、アルヴ渓谷の14の自治体が年ごとに主催を交替する形で毎年6月の最終日曜日に行われる音楽祭。
- Musiques en Stock:クリューズで毎年開催されるフォークロックやロックの音楽祭。多くの有名アーティストやパフォーマーが参加する無料イベント。
史跡
[編集]- ポンヴュー橋
- 現在の橋は1674年に架けられたもので、フランス歴史的記念物に指定されている。
- 王立時計学校
- 1848年に設立され、1890年代に技術高等学校を経て1989年に閉鎖。現在もリセ・シャルル=ポンセ校舎として使用されている。
- クリューズの泉
- アロブロージュ広場にある噴水。フランス歴史的記念物。
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ポンヴュー橋
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旧王立時計学校(リセ・シャルル=ポンセ)
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クリューズの泉