グロウスビーク (砲艦)
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グロウスビーク (USS Grosbeak) は南北戦争時のアメリカ合衆国海軍の艦艇。tincladと呼ばれる浅吃水の砲艦の一隻[1]。tincladには番号が振られており、「グロウスビーク」は8である[2]。
「グロウスビーク」は舷側外輪船で、トン数196トン、長さ163フィート8インチ、幅28フィート4インチ、もしくは長さ179フィート、幅27フィート[3]。煙管缶2基搭載、外輪の直径は20フィート[4]。兵装は20ポンドパロット砲2門、30ポンドパロット砲2門と24ポンドダールグレン滑腔砲2門[4]、または20ポンド前装施条砲2門、30ポンド前装施条砲2門、12ポンド滑腔砲1門と24ポンド滑腔砲2門であった[3]。
元は1864年春にシンシナティで建造された「Fanny」である[4]。同年12月3日にマウンド・シティで33500ドルで海軍が購入[5]。改装され、また1865年2月3日に「グロウスビーク」と改名されて、2月24日にThomas Burnsの指揮下就役した[4]。
4月27日の「サルタナ」の事故に際し、メンフィスのすぐ北の海軍工廠にあった「グロウスビーク」は救助活動を行い、生存者を救助した[6][7]。
1865年8月17日にマウンド・シティで売却[8]。商船「Mollie Hambleton」となり、1871年6月9日にガルベストンで難破した[3]。
脚注
[編集]- ^ Tinclads in the Civil War, p. 39, Civil War Navies 1855-1883, p. 121
- ^ Civil War Navies 1855-1883, p. 121
- ^ a b c Civil War Navies 1855-1883, p. 123
- ^ a b c d Tinclads in the Civil War, p. 386
- ^ Tinclads in the Civil War, p. 386, Grosbeak I (SwStr)
- ^ Tinclads in the Civil War, pp. 324-325
- ^ Tinclads in the Civil War, p. 325には、救助活動後メンフィスに戻ったとき、「グロウスビーク」は約90名の生存者を乗せていた、とある。Dictionary of American Naval Fighting Shipsでは60から80名を救助したとなっている。
- ^ Grosbeak I (SwStr)
参考文献
[編集]- Paul H. Silverstone, Civil War Navies 1855-1883, Routledge, 2006
- Myron J. Smith, Jr., Tinclads in the Civil War: Union Light-Draught Gunboat Operations on Western Waters, 1862–1865, McFarland & Company, 2010
- Grosbeak I (SwStr), Dictionary of American Naval Fighting Ships, Naval History and Heritage Command(2023年3月13日閲覧)