ケント王国
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ケント王国(ケントおうこく Kingdom of Kent)は、イングランドに存在したヘプターキー(七王国)を構成する王国の一つ。ユトランド半島から来たジュート人の王国である。5世紀から9世紀にかけて存続し、支配領域は、ほぼ現在のケント州(カンタベリーなどを含む地域)の辺りであった。
歴史
[編集]5世紀後半、ヘンギストによって建てられたとされる。(ヘンギストの子が北部から訪れて王朝を建てたとする説もある。)ヨーロッパ大陸に近接しており、大陸のフランクとの類似性・交流も指摘されている。アングロ・サクソン最初の貨幣もケントでつくられた。6世紀後半、エゼルベルフト王(エゼルベルト王)のもとで台頭した。エゼルベルフトは、フランク王国の王女ベルタを妃にむかえて大陸とつながりをもったほか、ローマ教皇グレゴリウス1世が派遣したカンタベリーのアウグスティヌスの働きかけで、正式にキリスト教を受容した。都のカンタベリーには司教座が設けられ、アウグスティヌスが初代大司教となった。一時はエセックスなどにも勢力を拡大したが、エゼルベルフトの死後は急速に弱体化し、8世紀にはマーシア王国に服属した。最終的には、9世紀にウェセックス王国に併合された。
系図
[編集]オイシンガス家
[編集]数字は在位年。
ウィフトギルス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ヘンギスト 449-488 | ホルサ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エシュ 488-512 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
オクタ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エルメンリック | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ベルタ (フランク王カリベルト1世娘) | エゼルベルト1世 580/90-616 (ブレトワルダ) | リクラ =エセックス王スレッダ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エンマ (フランク王テウデベルト2世娘) | エアドバルド 616-640 | オスラック | セネバ | エゼルベルガ =ノーサンブリア王エドウィン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サクスブルフ (イーストアングリア王アンナ娘) | エオチェンベルト 640-664 | エルメンレッド | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エクベルト1世 664-673 | ホロスヘア 673-685 | エルメンギルド =マーシア王ウルフヘレ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エドリック 685-686 | ウィフトレッド 694-725 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エドベルト1世 725-748 | エゼルベルト2世 748-762 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
エドベルト2世 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
関連項目
[編集]参考文献
[編集]- 青山吉信編 『世界歴史大系 イギリス史 1』 山川出版社、1991年。ISBN 4634460106
- 桜井俊彰 『イングランド王国前史 アングロサクソン七王国物語』 吉川弘文館、2010年
- 下津清太郎 編 『世界帝王系図集 増補版』 近藤出版社、1982年