ゴスフォード伯爵
ゴスフォード伯爵 Earl of Gosford | |
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創設時期 | 1806年2月4日 |
創設者 | ジョージ3世 |
貴族 | アイルランド貴族 |
初代 | 初代伯アーサー・アチソン |
現所有者 | 7代伯チャールズ・アチソン |
相続人 | なし |
推定相続人 | ニコラス・アチソン |
付随称号 | ゴスフォード子爵 ゴスフォード男爵 ウォーリンガム男爵(UK) アチソン男爵(UK) |
旧邸宅 | ゴスフォード城 |
モットー | 見極めよ(VIGILANTIBUS) |
ゴスフォード伯爵(ゴスフォードはくしゃく、英: Earl of Gosford)は、アイルランド貴族の爵位。1806年に創設された。
歴史
[編集]スコットランド出身の裁判官でアイルランドに入植したアーチボルド・アチソン(1583–1634)は1628年1月1日、ノバスコシアにおける準男爵に叙された[1]。
4代準男爵サー・ニコラス・アチソン(c.1655–1701)、5代準男爵サー・アーサー・アチソン(1688–1749)はアイルランド庶民院議員を務めた[2]。
6代準男爵サー・アーチボルド・アチソン(1718–1790)はアイルランド庶民院議員を35年間務めたのち、1776年7月20日にアイルランド貴族であるアーマー県におけるマーケット・ヒルのゴスフォード男爵に、1785年6月20日にアーマー県におけるマーケット・ヒルのゴスフォード子爵に叙された[3][4][5]。その息子である2代子爵アーサー・アチソン(c.1745–1807)はアイルランド庶民院議員、アイルランド枢密院の枢密顧問官を務め、1806年2月4日にゴスフォード伯爵に叙された[3][6]。
2代伯爵アーチボルド・アチソン(1776–1849)はホイッグ党の政治家であり、アイルランド庶民院議員、連合王国庶民院議員、アイルランド貴族代表議員、国王親衛隊隊長、アーマー統監を歴任して、1835年6月13日に連合王国貴族であるサフォーク州におけるベクルズのウォーリンガム男爵に叙され、同年にカナダ総督に就任した[7][8]。
3代伯爵アーチボルド・アチソン(1806–1864)は自由党の政治家であり、連合王国庶民院議員を務めたのち、父の存命中の1847年9月18日に連合王国貴族であるアーマー県におけるクランカーニーのアチソン男爵に叙された[9][10]。4代伯爵アーチボルド・ブラバゾン・スパロー・アチソン(1841–1922)はアーマー統監、ウェールズ公付き侍従たる議員を務めた[11]。
5代伯爵アーチボルド・チャールズ・モンタギュー・ブラバゾン・アチソン(1877–1954)は第二次ボーア戦争、第一次世界大戦に参戦した陸軍の軍人であり[11]、6代伯爵アーチボルド・アレグザンダー・ジョン・スタンリー・アチソン(1911–1966)は第二次世界大戦に空軍の軍人として参戦、戦後はイーデン内閣期に国防省政務次官を、マクミラン内閣期に外務省政務次官と侍従たる議員を務めた[12][13]。
2024年現在の当主は6代伯爵の息子にあたる7代伯爵チャールズ・デイヴィッド・アレグザンダー・ジョン・スパロー・アチソン(1942–)である[14]。
一覧
[編集](グレンカーニーの)アチソン準男爵(1628年)
[編集]- 初代準男爵サー・アーチボルド・アチソン(1583年 – 1634年)
- 第2代準男爵サー・パトリック・アチソン(1611年ごろ – 1638年)
- 第3代準男爵サー・ジョージ・アチソン(1629年 – 1685年)
- 第4代準男爵サー・ニコラス・アチソン(1656年ごろ – 1701年)
- 第5代準男爵サー・アーサー・アチソン(1688年 – 1749年)
- 第6代準男爵サー・アーチボルド・アチソン(1718年 – 1790年)
- 1776年、ゴスフォード男爵に叙爵。1785年、ゴスフォード子爵に叙爵
ゴスフォード子爵(1785年)
[編集]- 初代ゴスフォード子爵アーチボルド・アチソン(1718年 – 1790年)
- 第2代ゴスフォード子爵アーサー・アチソン(1745年ごろ – 1807年)
- 1806年、ゴスフォード伯爵に叙爵
ゴスフォード伯爵(1806年)
[編集]- 初代ゴスフォード伯爵アーサー・アチソン(1745年ごろ – 1807年)
- 第2代ゴスフォード伯爵アーチボルド・アチソン(1776年 – 1849年)
- 第3代ゴスフォード伯爵アーチボルド・アチソン(1806年 – 1864年)
- 第4代ゴスフォード伯爵アーチボルド・ブラバゾン・スパロー・アチソン(1841年 – 1922年)
- 第5代ゴスフォード伯爵アーチボルド・チャールズ・モンタギュー・ブラバゾン・アチソン(1877年 – 1954年)
- 第6代ゴスフォード伯爵アーチボルド・アレグザンダー・ジョン・スタンリー・アチソン(1911年 – 1966年)
- 第7代ゴスフォード伯爵チャールズ・デイヴィッド・アレグザンダー・ジョン・スパロー・アチソン(1942年 – )
爵位の推定相続人は現当主の叔父の息子にあたるニコラス・ホープ・カーター・アチソン(1947年 – )で、その法定推定相続人は息子にあたるエリック・ジェームズ・パトリック・アチソン(1988年 – )である。
出典
[編集]- ^ Cokayne 1902, p. 334.
- ^ Cokayne 1902, p. 335.
- ^ a b Cokayne et al. 1926, p. 31.
- ^ "No. 11679". The London Gazette (英語). 2 July 1776. p. 1.
- ^ "No. 12661". The London Gazette (英語). 5 July 1785. p. 322.
- ^ "No. 15889". The London Gazette (英語). 15 February 1806. p. 192.
- ^ Cokayne et al. 1926, pp. 31–32.
- ^ "No. 19277". The London Gazette (英語). 9 June 1835. p. 1102.
- ^ Cokayne et al. 1926, p. 32.
- ^ "No. 20769". The London Gazette (英語). 31 August 1847. p. 3162.
- ^ a b Cokayne et al. 1926, p. 33.
- ^ Mosley, Charles, ed. (2003). Burke’s Peerage, Baronetage & Knightage Clan Chiefs Scottish Feudal Barons (英語). Vol. 2 (107th ed.). London: Burke's Peerage Limited. p. 1610. ISBN 978-0-97119662-9。
- ^ "No. 41531". The London Gazette (英語). 24 October 1958. p. 6487.
- ^ "Earl of Gosford". UK Parliament (英語). 2024年5月6日閲覧。
参考文献
[編集]- Cokayne, George Edward, ed. (1902). The Complete Baronetage (1625–1649) (英語). Vol. 2. Exeter: William Pollard & Co. pp. 334–335.
- Cokayne, George Edward; Doubleday, Herbert Arthur; Warrand, Duncan; Howard de Walden, Thomas, eds. (1926). The Complete Peerage, or a history of the House of Lords and all its members from the earliest times (Gordon to Hustpierpoint) (英語). Vol. 6 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press. pp. 31–33.
- Cokayne, George Edward; Hammond, Peter W., eds. (1998). The Complete Peerage, or a history of the House of Lords and all its members from the earliest times (Addenda & Corrigenda) (英語). Vol. 14 (2nd ed.). Stroud: Sutton Publishing. pp. 344–345. ISBN 978-0-7509-0154-3。