ゴールド劇場・シルバー劇場
ゴールド劇場・シルバー劇場 | |
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情報 | |
正式名称 | ゴールド劇場・シルバー劇場 |
旧名称 | マキノ劇場 |
開館 | 1983年8月8日 |
開館公演 |
細雪/楢山節考(ゴールド) 成人向映画(シルバー) |
閉館 | 2012年2月3日 |
最終公演 |
ニュー・シネマ・パラダイス(ゴールド) 白夜行 -白い闇の中を歩く-(シルバー) |
客席数 |
220席(ゴールド劇場) 140席(シルバー劇場) |
設備 | ドルビーデジタル5.1ch |
用途 | 映画上映 |
運営 | 株式会社スターキャット・エンタープライズ |
所在地 |
〒453-0801 愛知県名古屋市中村区太閤1-23-11 |
最寄駅 |
JR・名古屋市営地下鉄・あおなみ線 名古屋駅から南に300m 名古屋鉄道 名鉄名古屋駅・近畿日本鉄道 近鉄名古屋駅から南西に400m。 |
最寄バス停 | 名鉄バス「笹島町(西)」停留所 |
最寄IC | 名古屋高速都心環状線 錦橋出口 |
ゴールド劇場・シルバー劇場(ゴールドげきじょう・シルバーげきじょう)は、愛知県名古屋市中村区太閤1-23-11にあった映画館。
スターキャット・エンタープライズによって運営されており、2スクリーンを有していた。二番館だった開館当初を除き、主に国内外のアート系作品を上映するミニシアターだった。
沿革
[編集]- 1983年(昭和58年) - 二番館としてゴールド劇場・シルバー劇場が開館
- 1985年(昭和60年)頃 - ミニシアターに転換
- 2012年(平成24年)2月3日 - 閉館
データ
[編集]- 所在地:愛知県名古屋市中村区太閤1-23-11
- アクセス:JR・名古屋市営地下鉄・あおなみ線 名古屋駅から南に300m
名古屋鉄道 名鉄名古屋駅・近畿日本鉄道 近鉄名古屋駅から南西に400m。 - 座席数:ゴールド劇場 - 220席、シルバー劇場 - 140席。
- 支配人:木戸義夫(1983開館時)、牧野鐘徳(1987-1990)、城戸哲也(1993)、丹羽修三(1996)、木村勝(1997-1998)、高藤奨(1999-2001)、石黒稔章(2002-2004)、丹羽修三(2005-2006)、有川芳明[1](2007-2011)、丹羽修三(2012閉館時)[2]。
歴史
[編集]マキノ劇場
[編集]1956年(昭和31年)7月31日[注 1]、ヘラルドグループ創業者の古川為三郎によって中村区太閤通1-56[注 2]に「マキノ劇場」(マキノ映劇)[注 3]が開館。マキノ劇場の館名は、映画館の所在地だった中村区牧野町に由来している[5]。マキノ劇場は邦画の二番館、後に名画座として営業したが、1983年(昭和58年)頃に閉館した[3]。
ゴールド劇場・シルバー劇場
[編集]1983年(昭和58年)8月8日、ヘラルド興業によってマキノ劇場跡地にゴールド劇場・シルバー劇場が開館した。ゴールドの初回上映作品は市川崑監督の『細雪』[6]で、シルバーは成人映画だった[7]。開館当初はゴールド劇場が名画座、シルバー劇場が成人向映画の上映館だったが、同年12月3日にはシルバー劇場が名画座路線に転向した[8]。1985年(昭和60年)頃から国内外のアート系作品を上映するミニシアターとなり、『ミツバチのささやき』[7]、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『シュリ』、『東京日和』などを上映した。
名宝会館閉館後の一時期は、『K-19』や『ハルク』や『サンダーバード』など東宝洋画系の作品も上映していた。ビルの1階にはパチンコ店(末期はまんが喫茶)がテナントとして入居していた。
2003年(平成15年)にはヘラルド・コーポレーションが民事再生法を適用し、センチュリーシネマとともに映画館の運営がスターキャット・エンタープライズに委託された。2004年(平成16年)からは毎月最終土曜日夜にオールナイト上映を実施していた[9]。
2009年(平成21年)5月17日には、ゴールド劇場で上映されていたアニメ映画『劇場版 天元突破グレンラガン 紅蓮篇』の舞台挨拶で、同作の今石洋之監督と主人公・シモン役の柿原徹也、ニア役の福井裕佳梨が来館した[10]。また2011年(平成23年)2月19日には、『学校をつくろう』上映時の舞台挨拶で、同作出演の柄本時生と池上リョヲマ、監督の神山征二郎がゴールド劇場を訪れている[11]。
都市計画道路事業用地として道路拡張工事が行われる影響で、2012年(平成24年)2月3日に閉館して28年の歴史に幕を閉じた[12]。閉館前最後の1週間には『ローマの休日』、『山の郵便配達』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『東京日和』の4本を上映し、会員によって選ばれた2月3日の最終上映作品は『ニュー・シネマ・パラダイス』だった[13]。運営元のスターキャット・エンタープライズは、閉館の理由は経営難ではなく「(ささしまライブ24地区の整備事業にともなう)道路拡幅工事のため」と説明している[1][注 4]。最終上映は立ち見が出るほどの盛況ぶりとなった[14]。
28年間で上映した作品数は2,050本、入場者数は237万人を数えた[15]。跡地の一部には2017年(平成29年)7月21日に「セブン-イレブン名古屋太閤1丁目店」がオープンしている[注 5]。
関連項目
[編集]- 名古屋市のミニシアター
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 名古屋市西部の映画館「消えた映画館の記憶」を参照した[3][4]。
- ^ 後にゴールド劇場・シルバー劇場と同じ太閤1-23-11に。
- ^ 最末期の「マキノ映劇」は基本的に、一般映画2本に、成人映画1本を必ず挟み込む3本立興行で、よって自動的に成人向かつ18歳未満入場禁止となっていた。これと同様の興行形態は、名古屋市内では名宝会館西隣にあった二番館・「納屋橋劇場」(事実上廃館)でもみられた。
- ^ 閉館後の建物には、漫画喫茶「マンボー名駅店」が1階部分に入居して残っていたが、後に閉店し、程無く建物ごと取り壊された。なお、マンボー名駅店の住所は「名古屋市中村区太閤1-23-11 マキノ弘洋ビル 1階」となっていた。[1]
- ^ 先述の道路拡張工事終了後の建設となったため、セブン-イレブン太閤1丁目店の住所は「名古屋市中村区太閤1丁目2305番1」となっている[16]。
出典
[編集]- ^ a b 吉村史織 (2012年1月6日). “ゴールド・シルバー劇場が閉館へ”. レポドラ日記. CBCラジオ. 2015年1月28日閲覧。
- ^ 『映画館名簿』、各年版
- ^ a b 『写真アルバム 名古屋の昭和』樹林舎、2015年、p.229
- ^ 柴田勝『中京 名古屋映画興業の変遷』自費出版、1974年、p.42
- ^ 木全公彦 日本映画の(ギョク) 名古屋のマキノ(第三編) - 映画の國(2010年5月17日)
- ^ 「秀作シネマ、28年に幕 名古屋の『ゴールド・シルバー劇場』きょう閉館」朝日新聞朝刊、2012年2月3日、p.27
- ^ a b “ゴールド・シルバー劇場最後の一日”. 映画屋ブログ. アメーバブログ (2012年2月3日). 2015年1月28日閲覧。
- ^ ゴールド・シルバー劇場最後の一日 - 映画屋ブログ(2012年2月3日)
- ^ 「オールナイトシネマ、1周年迎える 名駅の2劇場」朝日新聞夕刊、2005年6月24日、p.4
- ^ “劇場版天元突破グレンラガン!!!”. 福井裕佳梨オフィシャルブログ yukaric~ユカリック~. アメーバブログ (2009年5月12日). 2015年1月28日閲覧。
- ^ 総合企画広報室広報課 (2011年2月25日). “名古屋 ゴールド劇場でも新たな感動が”. 専修大学. 2015年1月28日閲覧。
- ^ ゴールド・シルバー劇場 閉館のお知らせ
- ^ 「さよなら興行、名作4本を上映 名古屋のゴールド・シルバー劇場」朝日新聞朝刊、2012年1月21日、p.26
- ^ 名駅前の映画館「ゴールド・シルバー劇場」閉館 - 28年で2050本上映 名駅経済新聞、2012年2月6日
- ^ “名駅前の映画館「ゴールド・シルバー劇場」閉館-28年で2050本上映”. 名駅経済新聞. (2012年2月6日) 2015年1月28日閲覧。
- ^ “セブン-イレブン名古屋太閤1丁目店”. 全国の採用情報. セブン-イレブン ジャパン. 2018年11月17日閲覧。 “愛知県名古屋市中村区”
参考文献
[編集]- 『映画年鑑 別冊 映画館名簿』 時事映画通信社 各年度版