シェフィク・ジャフェロビッチ
シェフィク・ジャフェロビッチ | |
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Šefik Džaferović | |
2019年のジャフェロビッチ | |
第17代ボスニア・ヘルツェゴビナ大統領評議会議長 | |
任期 2022年3月20日 – 2022年11月16日 | |
前任者 | ジェリコ・コムシッチ |
後任者 | ジェリカ・ツヴィヤノヴィッチ |
任期 2020年3月20日 – 2020年11月20日 | |
前任者 | ジェリコ・コムシッチ |
後任者 | ミロラド・ドディク |
第7代 ボシュニャク系大統領評議会メンバー | |
任期 2018年11月20日 – 2022年11月16日 | |
首相 | ゾラン・テゲルティヤ |
前任者 | バキル・イゼトベゴヴィッチ |
後任者 | デニス・ベチロビッチ |
ボスニア・ヘルツェゴビナ議会代議院議員 | |
任期 2002年10月28日 – 2018年11月20日 | |
民主行動党事務局長 | |
任期 2001–2005 | |
個人情報 | |
生誕 | 1957年9月9日(67歳) ユーゴスラビア ボスニア・ヘルツェゴビナ社会主義共和国 ザヴィドヴィチ |
政党 | 民主行動党 |
子供 | 2 |
出身校 | サラエボ大学 |
シェフィク・ジャフェロビッチ(ボスニア語: Šefik Džaferović、1957年9月9日–)は、ボスニア・ヘルツェゴビナの政治家である。2002年から2018年まで同国代議院議員を務めた。2018年11月に大統領評議会のボシュニャク系メンバーとなり[1]、2020年3月および2022年3月より同評議会議長を務めた[2][3]。
経歴
[編集]1957年、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ社会主義共和国の町ザヴィドヴィチに生まれた。
1996年まで、ザヴィドヴィチとゼニツァの司法機関や警察機関で働いた[4]。
政治家として
[編集]1996年よりゼニツァ=ドボイ県評議員。同年、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦民族院議員に任命された。
2000年、ボスニア・ヘルツェゴビナ議会民族院議員となった。
2002年の総選挙でボスニア・ヘルツェゴビナ議会代議院議員に当選し、以後の選挙でも再選を続け2018年まで代議院議員を務めた[5]。
大統領評議会メンバー
[編集]2018年5月26日、所属する民主行動党内での選挙により、来る総選挙での大統領評議会メンバー候補に選出された[5]。
2018年10月7日に行われた総選挙においてボシュニャク系大統領評議会メンバーに選出された。クロアチア系はジェリコ・コムシッチ、セルビア系はミロラド・ドディクが選出された[6]。
2020年3月20日、コムシッチの後任として大統領評議会議長に就任した[2]。
2022年3月20日、コムシッチの後任として二期目の大統領評議会議長に就任した[3]。
2022年10月2日執行の総選挙には出馬せず、穏健派のデニス・ベチロビッチ元下院議長が当選し後を継いだ[7]。
政治スタンス
[編集]ボスニア・ヘルツェゴビナの欧州連合(EU)および北大西洋条約機構(NATO)加盟に対して前向きである。2022年3月、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、EUとNATOに加盟することで、ボスニア・ヘルツェゴビナはより安全になると述べた[8]。
騒動
[編集]2021年3月、COVID-19のパンデミックがボスニア・ヘルツェゴビナにも及ぶ中、同国は世界でもワクチン接種が進んでいない国とされていた[9]。セルビア、スロベニア、トルコからワクチンの提供支援を受けたが、その後ジャフェロビッチは、ボスニア・ヘルツェゴビナは他の西バルカン諸国に劣らずワクチン接種が進んでいる、と述べた[10]。対立政党からは「理にかなったことをめったに言わない政治家」と強い批判を受けた[9]。
2021年8月、ジャフェロビッチとコムシッチは数日前に発生したヘルツェゴヴィナの山火事への対応として、ドディクの同意を得ないまま、軍のヘリコプターを消火に使用するよう指示した[11]。軍のヘリコプターを消火活動に使用するためには大統領評議会の3人全員の同意が必要であるが、ドディクの同意を得ることができなかったことによる措置であった[12]。
出典
[編集]- ^ “ボスニア・ヘルツェゴビナ基礎データ”. Ministry of Foreign Affairs of Japan. 外務省. 2022年9月18日閲覧。
- ^ a b “Šefik Džaferović od danas predsjedavajući Predsjedništva BiH” (ボスニア語). N1 (2020年3月20日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ a b “Džaferović od danas predsjedavajući Predsjedništva BiH”. Anadolu Ajansı (2022年3月20日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ a b “CIN: Imovina političara - Šefik Džaferović”. imovinapoliticara.cin.ba. 2022年9月18日閲覧。
- ^ a b “Šefik Džaferović kandidat SDA za člana Predsjedništva BiH” (ボスニア語). Al Jazeera (26 May 2018). 2022年9月18日閲覧。
- ^ “Izbori u BiH: Pobjeda Komšića, Džaferovića i Dodika” (ボスニア語). Al Jazeera (08 Oct 2018). 2022年9月18日閲覧。
- ^ “Susret Izetbegovića i Bećirovića: Rukovanje nakon otkazane sjednice”. N1. (2022年10月4日) 2022年10月5日閲覧。
- ^ “Bosnia will be ‘safer' if it becomes member of both EU, NATO: Bosniak member of presidency”. Anadolu Agency (2022年3月16日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ a b “Nikšić: Džaferović je djelovao kao razuman političar, a sada je isti Novalić” (クロアチア語). Klix.ba (2021年3月23日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ “Džaferović: Bosna i Hercegovina u vakcinaciji ne zaostaje za zemljama regiona” (クロアチア語). Klix.ba. 2022年9月18日閲覧。
- ^ “Predsjedništvo bez Dodika zadužilo Ministarstvo sigurnosti da bude na raspolaganju za gašenje požara” (クロアチア語). Klix.ba (2021年8月13日). 2022年9月18日閲覧。
- ^ “Dok bukte požari u Hercegovini čeka se Dodikova saglasnost za angažovanje helikoptera OSBiH” (クロアチア語). Klix.ba (2021年8月11日). 2022年9月18日閲覧。
外部リンク
[編集]- Šefik Džaferović (dzaferovic2018) - Facebook