シネマディクト
シネマディクト Cinemadict | |
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情報 | |
正式名称 | シネマディクト |
旧名称 | 奈良屋劇場 |
完成 | 1997年 |
開館 | 1997年3月15日 |
収容人員 | (2館合計)205人 |
客席数 |
ルージュ:150席 ノアール:55席 |
設備 | ドルビーデジタル、DTS |
用途 | 映画上映 |
運営 |
株式会社奈良屋劇場 (代表:谷田恵一[1]) |
所在地 |
〒030-0862 青森県青森市古川1丁目21-18 北緯40度49分27.3秒 東経140度44分17.1秒 / 北緯40.824250度 東経140.738083度 |
アクセス |
青森駅から徒歩10分 青森市営バス「古川」停留所下車 |
外部リンク | http://www.cinemadict.com/ |
シネマディクト(Cinemadict)は、青森県青森市古川1丁目に所在する映画館(ミニシアター)である。旧名称は奈良屋劇場(ならやげきじょう)。
歴史
[編集]1954年、青森県青森市古川に奈良屋劇場として設立される。当初は東映作品を中心とする邦画の封切館だった[2]。館名の「奈良屋」は、創業者の谷田猷次郎が奈良県出身だったことに由来する[3]。1960年の『映画便覧』には奈良屋東映として掲載されており、青森市内には奈良屋東映を含めて19の映画館が存在していた[4]。
開業5年後の1959年頃、天井裏を観客席に改造するという試みを行うも[5]、1962年、火事により当時の建物は消失。その後再建され[2]、東洋映画劇場が「青森東映」[6]に改称して以降は邦画の二番館として営業を継続した。
その後ビルの改装までの間はピンク映画を上映していた。1997年3月15日、地上4階建ての「NARAYAビル」に改築。同ビル3階に2スクリーンのミニシアターのシネマディクトとして再開業した。ビルの正面(国道7号線沿い)には旧劇場時代に使用していたスライド式映写機がモニュメントとして展示されている[7]。
フロア構成
[編集]階 | 入居施設 |
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4階 | 映写室 |
3階 | シネマディクト(ルージュ/ノアール) |
2階 | たにた耳鼻咽喉科クリニック |
1階 | エントランス (かつてはあおもり信用金庫の支店が入居していたが、青い森信用金庫へ統合したことに伴い撤退している) |
同館のあるビル3階に向かう階段の壁には、歴代上映作品のポスターが数多く展示されている。
特徴
[編集]150席のルージュ館(椅子の色は赤)と、55席のノアール館(椅子の色は黒)の2スクリーンで構成されている。
リニューアル当初は主に洋画の話題作をメインに上映していたが、2023年現在はそのような映画の上映はほとんど上映されず、アート系の映画を主とした編成をしている。
映画上映のみならず、2006年からは『シネマディクト寄席』と題した落語の興行を年数回行っている[1]。
関連項目
[編集]- 土曜ワラッター! - 青森放送のラジオ番組。同じく谷田が出演し、おすすめ作品を紹介・解説するコーナー「映画大王」を内包していた。また、番組のイベントおよび公開放送も行われるなど、番組ぐるみでの繋がりが深かった。
- 張間陽子のハリコレ! - 青森放送のラジオ番組。「映画大王」の後身となるコーナー「谷コレ!」が不定期に放送され、引き続き映画の紹介や解説を行っている。
脚注
[編集]- ^ a b Person Cover Interview (2011年3月28日). “第140回「シネマディクト館主 谷田恵一さん」”. JOB PRESS. 2012年12月3日閲覧。
- ^ a b 奈良屋通信 (2001年2月17日). “開店当時の奈良屋。”. シネマディクト. 2012年12月3日閲覧。
- ^ 奈良屋通信 (2010年2月21日). “奈良へ”. シネマディクト. 2012年12月3日閲覧。
- ^ “1960年の映画館(東北地方)”. 消えた映画館の記憶. 2021年7月7日閲覧。
- ^ 写真で見るあおもりあのとき (2010年10月7日). “「映画全盛のころ 観客あふれる劇場」”. 青森県立郷土館. 2012年12月3日閲覧。
- ^ 後に「青森東映シネマ」と改称し3スクリーン体制となるも2005年4月15日閉館。ビル自体は「青森東映プラザ」として残存している。
- ^ 奈良屋通信 (2002年1月7日). “新年号”. シネマディクト. 2012年12月3日閲覧。
- ^ “映画館で見る映画が本物 by 谷田恵一さん(シネマディクト)”. 青森の魅力 (2010年12月23日). 2012年12月3日閲覧。