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ジェレミー・ジアンビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジェレミー・ジアンビ
Jeremy Giambi
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンノゼ
生年月日 (1974-09-30) 1974年9月30日
没年月日 (2022-02-09) 2022年2月9日(47歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 右翼手左翼手一塁手
プロ入り 1996年 MLBドラフト6巡目
初出場 1998年9月1日
最終出場 2003年8月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジェレミー・ディーン・ジアンビ(Jeremy Dean Giambi、1974年9月30日 - 2022年2月9日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼ出身のプロ野球選手

兄のジェイソン・ジアンビもメジャーリーガーであり、通算400本塁打以上を達成している。

経歴

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プロ入りとロイヤルズ時代

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1996年MLBドラフト6巡目でカンザスシティ・ロイヤルズから指名され、同年6月10日に契約を結んだ[1]

1997年にA級のランシング・ラグナッツにて31試合の出場で打率.336・5本塁打・21打点・5盗塁・OPS1.028を記録した。次いでAA級のウィチタ・ラングラーズでも、74試合で打率.321・11本塁打・52打点・4盗塁・OPS0.930を記録した。2チーム合計では、105試合の出場で打率.326・16本塁打・73打点・9盗塁・OPS0.960を記録した。

1998年は、AAA級のオマハ・ロイヤルズで96試合に出場し、打率.372・20本塁打・66打点・8盗塁・出塁率.469・長打率.634・OPS1.103を記録。同年メジャー昇格し、9月1日にメジャーデビューを果たした。ロイヤルズで18試合に出場。打率は.224ながら2本塁打を記録したほか、9三振に対し11四球を記録した。守備では9試合で左翼手を守り、無失策だった。

1999年は出番を大幅に増やし、指名打者及び一塁手の中心格として90試合に出場。本塁打は3本に留まったが、打率.285・出塁率.373を記録した。AAA級オマハでは、35試合で打率.346・12本塁打・28打点・OPS1.157を記録した。

アスレチックス時代

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2000年2月18日にブレット・ラクストンとのトレードによりオークランド・アスレチックスに移籍した[1]。アスレティックスでは守備位置を変わりながらレギュラー的存在となり、104試合で打率.254・10本塁打・50打点を記録した。なお、同年及び翌2001年は兄のジェイソンもアスレティックスに所属していた為、兄弟で同じチームでプレーした。

2001年は、指名打者と右翼手に分散しながら124試合に出場し、打率.283・12本塁打・57打点・出塁率.391を記録。

フィリーズ時代

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2002年はシーズン途中でフィラデルフィア・フィリーズに移籍し、計124試合に出場した。最終的に打率.259・20本塁打 (自身初の20本超え) ・45打点・出塁率.414・長打率.505・OPS0.919を記録した。

2003年以降はメジャーはおろかマイナーでも打率.100台に低迷するようになり、その年を最後にメジャーの舞台に戻る事はなかった。

2022年2月9日に亡くなったことが代理人の務めるジョエル・ウルフから発表された[2]。47歳没。ロサンゼルスの保健福祉課が胸部を銃で撃ったことによる自殺が死因と公表している[3]

人物・プレースタイル

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偉大な成績を残した兄、ジェイソン・ジアンビとの比較を常にされ、またマリファナ(大麻)所持などで素行不良な面があったことから現役時代は過小評価されてきた[4]。メジャー通算打率.263に対して出塁率は.377を記録したため選球眼は一流とされる[4]

アスレチックスでは、出塁率の高さを評価され、また当時セイバーメトリクスに懐疑的な見方が多かったことから安価に獲得できるコスパのいい選手として活躍した[4]。「マネーボールの申し子」とも評され、映画『マネーボール』ではニック・ポラッツォがジェレミーを演じた[4]

守備と走塁は酷評されており、ジェレミーが外野で打球を追う姿を『マネーボール』は「狂犬から逃げまどう郵便配達人のよう」と形容している[4]

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
1998 KC 18 70 58 6 13 4 0 2 23 8 0 1 0 1 11 0 0 9 3 .224 .343 .397 .740
1999 90 336 288 34 82 13 1 3 106 34 0 0 1 4 40 5 3 67 7 .285 .373 .368 .741
2000 OAK 104 302 260 42 66 10 2 10 110 50 0 0 3 4 32 2 3 61 7 .254 .338 .423 .761
2001 124 443 371 64 105 26 0 12 167 57 0 1 3 2 63 1 4 83 13 .283 .391 .450 .841
2002 42 187 157 26 43 7 0 8 74 17 0 0 3 0 27 0 3 40 4 .274 .390 .471 .861
PHI 82 211 156 32 38 10 0 12 84 28 0 1 1 0 52 2 1 54 1 .244 .435 .538 .973
'02計 124 398 313 58 81 17 0 20 158 45 0 1 4 1 79 2 4 94 5 .259 .414 .505 .919
2003 BOS 50 156 127 15 25 5 0 5 45 15 1 0 1 0 26 0 2 42 3 .197 .342 .354 .696
MLB:6年 510 1705 1417 219 372 75 3 52 609 209 1 3 9 11 251 10 16 356 38 .263 .377 .430 .807

背番号

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  • 15(1998年 - 1999年)
  • 7(2000年 - 2002年)
  • 25(2003年)

脚注

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  1. ^ a b Jeremy Giambi Statistics and History - Baseball-Reference.com (英語) . 2016年5月3日閲覧。
  2. ^ Manny Randhawa (February 9, 2022). “Jeremy Giambi, former OF and DH, dies at 47” (英語). MLB.com. February 10, 2022閲覧。
  3. ^ 急死の元アスレチックスのジェレミー・ジアンビさんは自死、胸を銃で撃つ 兄はジェーソン - 日刊スポーツ 2022年2月11日
  4. ^ a b c d e 「歴史の裏主人公」「マネーボールの申し子」――自ら命を絶ったジェレミー・ジアンビの短くも波乱に満ちたキャリア”. THE DIGEST (2022年2月13日). 2022年7月13日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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