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ジョン・デイリー (軍人)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョン・R・デイリー
John R. Dailey
生誕 (1934-02-17) 1934年2月17日(90歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 バージニア州クワンティコ英語版
所属組織 アメリカ海兵隊
軍歴 1956年 - 1992年
最終階級 大将(General)
除隊後 NASA副長官代行
国立航空宇宙博物館館長
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ジョン・レヴェル・"ジャック"・デイリー(John Revell "Jack" Dailey, 1934年2月17日 - )は、アメリカ合衆国の軍人。アメリカ海兵隊に所属し、1990年から1992年にかけて海兵隊総司令官補英語版(ACMC)や参謀長(Chief of Staff)を務めた。軍人としての最終階級は大将。

彼は36年間の海兵隊生活の多くを作戦参謀として過ごしたが、当初はパイロットとして勤務していた。また海兵隊システムコマンド英語版(MCSC)や軍幕僚学校英語版(AFSC)などでの勤務経験もある。

退役後、アメリカ航空宇宙局(NASA)副長官代行(1992年 - 1999年)、国立航空宇宙博物館館長(2000年 - 2018年)などを務めた。

経歴

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ジョン・デイリーは1934年2月17日、バージニア州クワンティコに生まれた。1956年にはカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて理学士号を取得した。

海兵隊員

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UCLA卒業後の1956年6月、デイリーは海兵隊にて少尉に任官した。基本術科学校英語版卒業後は飛行訓練に参加し、1958年7月に海兵隊航空団の操縦士に任命された。その後は戦闘機、軽攻撃機、偵察機、電子戦機、輸送機、ヘリコプターなど各種の航空機に操縦士として搭乗し、作戦中の飛行時間は7000時間以上とされる。

1972年、デイリーは北ベトナムで活動する第1海兵合同偵察中隊(Marine Composite Reconnaissance Squadron-l)および輸送任務部隊(Carrier Task Unit)の指揮官となる。ベトナムには2度派遣され、450回の飛行任務を遂行した[1]。1973年5月に帰国した後、ワシントンD.C.にある海兵隊司令部英語版航空兵器調達局(Aviation Weapons Requirements Branch)に移る。同年中、彼は国防大学に入学し、卒業後は海兵隊司令部航空機設計・計画局(Aviation Plans and Programs Branch)に配置される。

1978年、デイリーはエル・トロ海兵隊航空基地英語版を拠点とする第3海兵航空団第11海兵航空群英語版(MAG-11)の指揮官に着任。1980年7月、第3海兵航空団参謀長に就任。1981年7月、海兵隊司令部に戻り、航空機設計・計画・予算・統合ドクトリン局(Aviation Plans, Programs, Budget and Joint Doctrine Branch)の局長に就任。1982年5月、准将に昇進すると共に副航空参謀長補(Assistant Deputy Chief of Staff for Aviation)に就任。1985年5月、ハワイカネオヘ湾基地英語版に駐屯する第1海兵水陸両用旅団英語版の指揮官に就任。

1986年6月12日、少将に昇進すると共にノースカロライナ州チェリー・ポイント海兵隊航空基地を拠点とする大西洋艦隊海兵軍英語版第2海兵航空団の指揮官に就任。1987年7月30日からはバージニア州ノーフォークの軍幕僚学校英語版に校長として勤務する。1989年8月21日、ワシントンD.C.にある海兵隊研究・開発・調達司令部(Marine Corps Research, Development and Acquisition Command)の司令官となり、同年11月24日には中将に昇進した。1990年8月1日、大将に昇進すると共に海兵隊総司令官補英語版に就任。

退役後

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バズ・ライトイヤーのフィギュアを受け取るデイリー(右)。このフィギュアは実際に宇宙空間で15ヶ月間を過ごし、国立航空宇宙博物館に展示品として寄贈された。左は映画監督ラセター、中央はNASA副長官ガーヴァー英語版(2012年)

海兵隊を退役したデイリーは、1992年から1999年までアメリカ航空宇宙局(NASA)にて副長官代行(Associate Deputy Administrator)を務めた。NASA勤務中のデイリーは予算の大幅な削減を受けた組織の改革活動を主導していた[1]

2000年1月に国立航空宇宙博物館館長に就任し、2018年1月まで務めた[2]。18年間という任期は、歴代館長の中でも最長であった。2017年12月に退任が発表された際、全米飛行家協会英語版から2017年度ライト兄弟記念賞(2017 Wright Brothers Memorial Trophy)が贈られている[3]

2000年12月15日、V-22計画検討委員会というブルーリボン委員会の委員長に就任した。この委員会は、V-22オスプレイにおける事故の発生を背景として、その計画を継続すべきか否かについて検討した[4]

受章

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V
Bronze star
Bronze star
Bronze star
Bronze star
海軍航空徽章英語版
1段目 海軍殊勲章英語版 陸軍殊勲章英語版
2段目 防衛上級貢献メダル 殊勲飛行十字章 銅星章 功労メダル
3段目 エア・メダル[5] 海軍・海兵隊褒章メダル英語版[6] 戦闘行動章英語版 海軍大統領殊勲部隊章英語版
4段目 海軍称揚部隊章英語版 海軍部隊功労章英語版 海兵隊遠征メダル英語版 国防従軍章英語版
5段目 派兵章英語版 ベトナム戦争従軍記章英語版[7] ベトナム共和国武勇十字部隊章英語版 ベトナム戦線記念記章英語版

脚注

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  1. ^ a b General John R. Dailey:L NASA Associate Deputy Administrator (Acting), November 3, 1992 - December 31, 1999”. Biographies. National Aeronautics and Space Administration. 2007年11月22日閲覧。
  2. ^ J.R. “Jack” Dailey, Former John and Adrienne Mars Director of the National Air and Space Museum”. National Air and Space Museum. 2020年2月8日閲覧。
  3. ^ A Farewell Salute to Jack Dailey”. Air & Space Magazine. 2020年2月8日閲覧。
  4. ^ リチャード・ウィッテル 著、影本賢治 訳『ドリーム・マシーン』鳥影社、2018年9月2日、506頁。 
  5. ^ 複数受章を示す5/16インチ星章英語版1つ、および22の攻撃/飛行回数章英語版付。
  6. ^ Vデバイス英語版付。
  7. ^ 5/16インチ星章4つ付

参考文献

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This article incorporates text in the public domain from the United States Marine Corps and NASA, which are part of the United States Government.
  • Gen. John Dailey”. Smithsonian National Air and Space Museum. 2013年11月6日閲覧。