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ジョージ・ロバート・ウォーターハウス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ジョージ・ロバート・ウォーターハウス

ジョージ・ロバート・ウォーターハウス(George Robert Waterhouse、1810年3月6日 - 1888年1月21日)はイギリスの博物学者である。ロンドン自然史博物館などで働き、多くの動物を記載した。

略歴

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ロンドンのSomers Townに生まれた。父親は法律家の事務職でアマチュア昆虫学者であった。弟のフレデリク・ジョージ・ウォーターハウス(Frederick George Waterhouse)も動物学者となりオーストラリアの生物を研究した。ベルギーブリュセル近くのコクルベールの学校で学んだ後、1824年にイギリスに戻り、建築家の見習いとして働き始めた。庭園の設計や、教会の装飾の設計などをした[1]

父親から昆虫学の興味を引き継ぎ、1833年に、フレデリック・ウィリアム・ホープ(Frederick William Hope)とロンドン昆虫学会を設立し、名誉学芸員となった。1849年から1850年には会長も務めた。チャールズ・ナイトの百科事典、"Penny Cyclopædia"(1828-1843)の項目も執筆した。1835年にリバプール王立研究所の博物館の学芸員に任命された後、1836年にロンドン動物学会の学芸員に代わった。はじめ動物学会の哺乳類標本の目録作りを行い、翌年にはその仕事を終えたが、この目録は、当時イギリスで一時的に用いられていたQuinarian systemという分類体系に従っていなかったので出版されなかった[1]

ビーグル号の探検航海にチャールズ・ダーウィンと同行することを求められたが同行しなかった。ダーウィンの帰還後、ダーウィンの収集した哺乳類、甲虫の標本はウォーターハウスに託され、ウォーターハウスが研究し、結果が出版された。1843年に、ロンドン自然史博物館の鉱物学部門の助手となり、1851年に没したチャールズ・コーニックの後をついで、ロンドン自然史博物館の専門職員(キーパー)となり、1880年までその仕事を続けた[1]。博物館の有名な始祖鳥の化石が購入されたのはウォーターハウスが学芸員の時代である。哺乳類に関してはフクロアリクイ(Myrmecobius fasciatus)や、ゴールデンハムスター (Mesocricetus auratus) の記載者といて知られる[2]

著書

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参考文献

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  1. ^ a b c Woodward, BB (1899). “Waterhouse, George Robert”. Dictionary of National Biography, 1885-1900, Volume 59. http://en.wikisource.org/wiki/Waterhouse,_George_Robert_%28DNB00%29 
  2. ^ Henwood, Chris (Spring 1992). “The Discovery of the Syrian (Golden) Hamster, Mesocricetus auratus”. reprint of BHA's first magazine. British Hamster Association. 2009年4月29日閲覧。