ダニエル (ヴェステルイェートランド公)
ダニエル Prins Daniel av Sverige | |
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Hertig av Västergötland | |
ダニエル王子(2016年5月) | |
全名 | Olof Daniel |
称号 | ヴェステルイェートランド公爵 |
身位 | Prins(王子) |
敬称 | Hans Kunglig Höghet(殿下) |
出生 |
1973年9月15日(51歳) スウェーデン エレブルー県、エレブルー |
配偶者 | ヴィクトリア王太子 |
子女 |
エステルイェートランド公爵エステル王女 スコーネ公爵オスカル王子 |
父親 | オーレ・ベストリング |
母親 | エヴァ・ベストリング |
ダニエル王子(Prins Daniel, 出生名:Olof Daniel Westling (オーロフ・ダニエル・ベストリング); 1973年9月15日 - )は、スウェーデン(ベルナドッテ王朝)王室成員で、ヴィクトリア皇太子の夫。
公式の称号は、Hans Kunglig Höghet Prins Daniel av Sverige, Hertig av Västergötland(スウェーデン語:ヴェステルイェートランド公爵、スウェーデンのダニエル王子殿下)。
結婚前は、ストックホルムの中心部で3つのトレーニングジムを経営する実業家として活躍していた。
略歴
[編集]1973年9月15日にエレブルーで誕生、オッケルボーで育つ。ちなみに、生まれた年月日は奇しくも義父であるカール16世グスタフ国王が即位した日と同じである。学校を卒業した後は、イェブレにある陸軍の歩兵連隊に短期間服務した。その後、ストックホルムにスポーツジムを開業した。一方、後に妻となるヴィクトリア皇太子は、当時、拒食症にかかっており、その治療後、落ちた筋肉をつけるためにダニエルのスポーツジムに通っていた。2002年に、ダニエルがヴィクトリア皇太子の個人トレーナーを担当したことがきっかけで、交際に発展した。
当初、ヴィクトリアの父カール16世グスタフは、実業家として成功しているとはいえ、庶民出身で[1]、普通の体育大学を卒業しただけで、特に芳しい学歴も経歴も持っていなく教養の貧しい[1]平民であるダニエルと、ヴィクトリアとの恋愛を認めず、スウェーデン国民も大半が反対していた。カール16世グスタフは、夕食時にヴィクトリアからダニエルの事を聞かされたが、その時、カール16世は無言で席を立ち、以後、数か月もの間、ヴィクトリアと一言も会話もしないほど激怒したという。その後、ヴィクトリアは、カール16世とダニエルとの食事をセッティングし、何とか交際は認められた。一方で、カール16世はダニエルに、スウェーデン王室の一員に相応しい教養を身につけるよう要請した[2]。
それを期に、ダニエルは王室の一員となるべく、立ち振る舞いやファッション等のマナー、3か国語、王室をはじめとする自国の歴史、公務に関する学習を7年間に亘って続けた[3]。この教師陣は一流どころが揃えられ、歴史の授業を担当したのは当時の外務大臣だったという[2]。そして2009年2月24日に皇太子とダニエルは、カール16世グスタフとスウェーデン政府から、王位継承法に基づき、正式に婚約を認められた。
腎臓に先天的な疾患を抱えていたダニエルは、婚約発表の3か月後の5月28日に、カロリンスカ大学病院で父親の腎臓を移植する手術を受け、王室からは手術は成功し、父子ともに術後の経過は良好との発表がなされた。その際、皇太子は公務でグリーンランドに滞在中だったため、手術に立ち会うことはできなかった。
現在は、皇太子の夫として公務に務め、2009年3月に催された皇太子の聖名祝日記念式典や、ストックホルム宮殿での公式晩餐会に出席したのを皮切りに、7月にはソリーデン宮殿での韓国の李明博大統領との昼食会に出席している。
結婚式は、国王夫妻の34回目の結婚記念日となる2010年6月19日に、ストックホルム大聖堂で執り行われた。これに伴い、「王子(prins)」の称号と、皇太子が保有しているヴェステルイェートランド公爵に共同で叙位された。
2012年2月23日、ヴィクトリア皇太子との間に第1子エステル王女が誕生し[4]、2016年3月2日に第2子オスカル王子が誕生したことで、2児(1男1女)の父になった。
スウェーデン王室 |
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脚注
[編集]- ^ a b [あすへの考]【天皇制】皇室の将来像 議論怠るな…関東学院大学教授 君塚直隆氏 53 : 社会 : ニュース : 読売新聞オンライン
- ^ a b [奇跡体験!アンビリバボー] 2013年2月14日放送 「奇跡バレンタインSP 国中が反対!王女の許されざる恋」
- ^ フジテレビ系列『ザ・ベストハウス123』2011年4月13日放送分より。
- ^ Ohlin, Pia (2012年2月24日). “スウェーデンのビクトリア王女が女児出産、首都で祝砲”. AFPBB News. 2012年3月2日閲覧。