ティルマン・リーメンシュナイダー
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ティルマン・リーメンシュナイダー Tilman Riemenschneider | |
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自分自身の像とされるリーメンシュナイダーの作品 | |
生誕 |
1460年頃 Heilbad Heiligenstadt |
死没 |
1531年7月7日 ヴュルツブルク |
ティルマン・リーメンシュナイダー(Tilman Riemenschneider、1460年頃 - 1531年7月7日)は、中世のドイツの彫刻家。
テューリンゲン北部、ニーダーザクセン南東部との境目にあるハルツ山脈付近、現在のアイヒスフェルト郡ハイルバート・ハイリゲンシュタットに生まれた。1483年、ヴュルツブルクに移住し、1485年、金細工師の未亡人と結婚。生涯4回結婚し、財を成した。1504年、市参事会員に、1520-1521年、市長に選任され1524年までこの職を務めるものの、1525年、農民の反乱に味方して捕縛され、司教領主の命によって拷問にかけられ、以後市民としての存在の基盤を失った。1531年7月7日、ヴュルツブルクにて死去。彫刻のマイスターとしてヴュルツブルクに工房をかまえ、祭壇や墓碑の彫刻を数多く手がけた[1]。
トーマス・マンは、自身の70歳の誕生日である1945年5月29日にアメリカ合衆国首都ワシントン市において英語で行った演説「ドイツとドイツ人」(Deutschland und die Deutschen)において、リーメンシュナイダーを称賛している[2]。
1960年に発見された小惑星のリーメンシュナイダーの命名の由来にもなった。
作品
[編集]伝記研究
[編集]- 植田重雄『リーメンシュナイダーの世界』恒文社 1997
- 杉田達雄『リーメンシュナイダー その人と作品』水声社 2017
- イーリス・カルデン・ローゼンフェルト『リーメンシュナイダーとその工房』溝井高志訳、文理閣 2012
参考文献
[編集]- 坂井栄八郎『ドイツ歴史の旅 増補』(朝日新聞社〈朝日選書〉1993)。ISBN 4-02-259412-8。「14 ヴュルツブルクとリーメンシュナイダー」(109-116頁)。
- Lexikon des Mittelalters. Bd. VII. München: LexMA 1991(ISBN 3-7608-8907-7), Sp. 838-839(M.Tripps).
- Alfred Schädler: Deutsche Plastik der Spätgotik. Aufnahmen von Helga Schmidt-Glaßner. Karl Robert Langewiesche Nachfolger Hans Köster. Königstein im Taunus 1962, S. 17(Text), S. 82-84(Aufnahmen).
- Der Creglinger Altar des Tilman Riemenschneider. Aufnahmen von Georg Schaffert / Text von Karl Scheffler. Karl Robert Langewiesche Nachfolger Hans Köster. Königstein im Taunus. O.J.(ISBN 3-7845-0381-0)
- Riemenschneider-Gestalten. Herausgegeben von Dr. Wolf Strache. Verlag Die Schönen Bücher, Stuttgart 1966.
脚注
[編集]- ^ Lexikon des Mittelalters. Bd. VII. München: LexMA 1991(ISBN 3-7608-8907-7), Sp. 838-839(M.Tripps).
- ^ 坂井栄八郎『ドイツ歴史の旅 増補』朝日選書、109-110頁。
Thomas Mann: Werke. Das essayistische Werk. Taschenbuchausgabe in acht Bänden. Herausgegeben von Hans Bürgin.
Thomas Mann, 'Politische Schriften und Reden'. Dritter Band. Frankfurt a.M. : Fischer(Bücherei) 1968, S. 168.