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テオドラ・コムネナ (オーストリア公妃)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テオドラ・コムネナ
Theodora Komnena
ハインリヒ2世の2人の妻、ゲルトルート・フォン・ザクセンとテオドラ・コムネナ

出生 1134年
東ローマ帝国コンスタンティノープル
死去 1184年1月2日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
オーストリア公国ウィーン
埋葬 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
オーストリア公国ウィーン、ショッテン修道院
配偶者 オーストリア公ハインリヒ2世
子女 アグネス
レオポルト5世
ハインリヒ
父親 アンドロニコス・コムネノス英語版
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テオドラ・コムネナ (Theodora Komnena, ? - 1184年1月2日)は、オーストリアハインリヒ2世の2度目の妃。

生涯

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東ローマ帝国の皇族アンドロニコス・コムネノス英語版(皇帝ヨハネス2世コムネノスと皇后ピロシュカの次男)の次女として生まれた。テオドラの幼年期についてはわずかしか知られていない。ハインリヒ2世との結婚は、神聖ローマ皇帝コンラート3世コンスタンティノープルに滞在した際、テオドラの叔父の皇帝マヌエル1世コムネノスとの間で取り決められたという。

ハインリヒ2世との間には3子が生まれた。