ディミトリ・コラファス
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ディミトリ・コラファス(Dimitri Chorafas, 1916年10月23日 - 2004年3月2日)は、ギリシャ出身の指揮者[1][2][3]。本名はディミトリス・コラファス(希: Δημήτρης Χωραφάς)。
アテネ出身。地元の音楽院でヴァイオリンを専攻し、1936年から1939年までパリ音楽院に留学してアンドレ・トゥーレの下でヴァイオリンの腕を磨いた。1940年に祖国に戻って母校のヴァイオリン講師となったが、1940年代末にはパリ音楽院に戻り、アンドレ・クリュイタンスとルイ・フレスティエに指揮法を学んで1951年にプルミエ・プリを取得した。以後、フランスやベルギーの主要都市の歌劇場やオーケストラを中心に客演活動を通して名声を高め、1974年から1980年まで祖国のアテネ国立歌劇場の芸術監督を歴任した。
ヴェルサイユにて没。
脚注
[編集]- ^ ディミトリ・コラファス - Discogs
- ^ “Le Panthéon des musiciens”. 2018年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月18日閲覧。
- ^ “Φτωχότερη η συμφωνική μουσική”. 2019年1月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月18日閲覧。