投げ銭
投銭[1](なげせん[1]、とうせん[1]、なげぜに[1])とは、第一義には、貨幣(主に硬貨すなわち銭)を投げること[2]。第二義には、金銭を与えること[1]。第三義には、投銭(なげぜに、なげせん)のこと[2]、すなわち、大道芸人や乞食に対して見物人や通行人が投げ与える銭のこと[1][2]。
また、2010年代後半以降にはインターネット用語として、動画共有サービスなどコンテンツのネット配信者に対する送金・寄付を意味する「投げ銭(なげせん)」「ネット投銭(ネットなげせん)[3]」も派生した[4]。
願掛の投銭
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
願掛/願掛け(がんかけ)の意味で投銭(なげせん、とうせん、なげぜに)を行う習慣は、古今東西に見ることができる。
トレヴィの泉
[編集]古来、後ろ向きでコインを投げ入れると願いが叶うと言い伝えられてきたのは、イタリアの首都ローマにあるトレヴィの泉である[5]。
願いの泉
[編集]南米コロンビアの首都ボゴタ郊外の「モンセラーテの丘」には、「願いの泉」と呼ばれる井戸がある。後ろ向きでコインを投げ、井戸の真上の鉄の輪に入ると願いが叶うという。
中国人の投銭
[編集]中国人あるいは中華圏の人の間では、幸運などを願掛して小銭を池などに投げ入れる習慣がある[6][5]。
日本では、2010年代前期半ば頃から[7]、官民一体となってインバウンド消費を推し進めた成果として中国人観光客がどっと押し寄せたが[6]、素晴らしい観光地であるがための願掛の投銭が、忍野八海などの禁止される地域でまで多発してしまい、社会問題になったりもした[7][6]。注意されようとも自分がどうしてもやりたいことは構わずやってしまいがちな中国人の気質と、母国では日常的にやっているだけにそもそもなぜ悪いのかが今一つ納得できていないこともあってか、注意看板を立てても[7]、ビラを配って周知徹底しようとしても[7]、大した改善は見られなかった。
中国人のこの習慣が大事に発展してしまった例もある。中国人にとっては、搭乗する飛行機でさえも投銭の対象となることもあり[8]、2017年6月27日、上海浦東国際空港で中国南方航空の飛行機に搭乗する予定であった80代の女性は、安全祈願として1元硬貨9枚を飛行機のジェットエンジンの空気取入口に向けて投げ、1枚が入ってしまった[9]。そのため、フライトは5時間以上遅れる事態になった[9]。この女性が厳しいお咎めを受けたという報道は無い[9]。しかし、大きな代償を払うことになった人もいる。2019年、人生初の空の旅をしようとしていた20代の男性は、不用意にも搭乗予定のエアバスA320neoのジェットエンジンの空気取入口に向けて数枚の1元硬貨を投げてしまった[8]。空港職は離陸前の点検でエンジン付近に落ちていた硬貨に気付き、その便(雲南祥鵬航空の格安便)のフライトはただちに取り止めとなった[8]。男性は公共の秩序を乱した罪で10日間の拘留に処せられた[8]。乗客のキャンセル費用や点検に回すことになった機体に係る諸費用などは、男性が全額を損害賠償することとなり、その額は日本円にして約186万円であった[8]。硬貨のような硬い物がエンジンの内部に入り込んでしまうことは設計上想定されておらず、入り込んでしまった場合、エンジンの損傷は避けられず、最悪の場合は大破する[8]。飛行機に向けて投銭をしてはならない[8]。
投げ与える銭
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
特定の相手に対して
[編集]古くから行われてきた行為としては、乞食に憐れみをもって投げ与える金銭を指す、これを「投銭(なげぜに、なげせん)[2]」という。また、その行為をも指す。日本語では、古来、与えられる側の呼び方で「お恵み(おめぐみ)」があった。他者からの恵みの一つの形である。
他方、乞食への「お恵み」と意味において地続きでありながらもポジティブな意味合いをもっているものが多い形に、大道芸人やストリートミュージシャンのように路上などでパフォーマンスをする人への称賛を兼ねた投銭もある。1878年発表の児童文学『家なき子』(エクトール・アンリ・マロ著)で描かれているような、貧民が生活手段として身に着けた大道芸で旅芸人として報酬を得る例は、芸を持たない乞食がひたすらに他者の慈悲を求めるのとは違って、パフォーマンスの対価を受け取っているわけであるが、始めた動機はと言えば、今日の明日のパンが買えないという、止むに止まれない、いわば"乞食寄り"のものである(右の画像の1点目も同様)。しかしながら、同じ路上パフォーマンスといっても、それを主業としていない人の自己表現としての路上パフォーマンスもあり、例えば、格式高い劇場のドレスコードにも引っ掛からない立派な礼服を纏った演奏家の路上ライブに対しても、ひっくり返して路上に置いた帽子などといった投銭の容器を表現者側が用意することで路上パフォーマンスの形を執る限りは、投銭が行われる(右の画像の2点目が該当)。
なお、路上パフォーマンスに対する投銭は、古来日本の演芸の世界で行われ続けている「金銭を紙に包んで渡す行為、および、その金銭」を意味する「御捻り/お捻り(おひねり)[10]」と強く結び付いているように思われがちであるが、「御捻り」のほうは神仏に対する供物に起源があり[10]、背負っている歴史が違う。洗った米や金銭という貴重品を白い紙に包んで捻った物を指していたのが、祝儀にも使うようになったものである[10]。
式典における散餅銭の儀
[編集]日本の上棟式や神事に際して集まった人々へ餅をまく行事である散餅銭の儀の時に小銭もまくことがある。また、日本での葬儀の際に花籠やざるから銭や餅を入れ落としながら葬列する風習もある。小銭を投擲するかたちにはなるが不特定多数にに対して行われるため「撒く」の字が当てられる。
ネット投銭
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
インターネットの分野で「投銭(なげせん、異綴〈以下同様〉:投げ銭)」「ネット投銭(ネットなげせん)[3]」などと呼ばれるものは、ウェブ上の無料コンテンツを閲覧した利用者がその制作者や配信者に対して金銭などを寄付できるサービス・機能の総称である[3]。また、そういった寄付行為をもそのように呼ぶ[3]。
寄付する金額は利用者が決める[3]。少額から行えるものが多い[3]。直接的な金銭提供から、運営サービスのコンテンツ利用のポイントで提供する事例がある。報酬型は直接集計からの提供と、原資からの提供が主流。
日本においては、2020年(令和2年)8月6日、ドワンゴが第三者の用語利用の悪意ある制限を排除する目的で特許庁に商標登録を行った(登録番号:6271896, 区分:9,38,41,42.)[11]。
なお、ネット投げ銭による収益は、各配信サイトの広告パートナープログラムによる収益と対象を区別することもあり、権利者の収益許可範囲においてネット投げ銭での収益は除外する場合もある[注釈 1]。
NHKの番組『クローズアップ現代+』によると、新型コロナウイルスの流行により、直接的な交流ができなくなったことから、投げ銭をコミュニケーションツールとして用いる者もいるとされている[14]。同番組に出演したITジャーナリストの高橋暁子は、投げ銭がここまでブームとなった背景に「推し文化」があるとし、投げ銭はAKB48のビジネスモデルをオンラインにしたものであると指摘している[14]。また、高橋は投げ銭をすることで特典が得られるなど、視聴者の承認欲求をくすぐる仕掛けがあることに加え、番組内では頻繁に投げ銭が行われているため、自分も投げ銭をしなければならない気持ちになる(エコーチェンバー現象)ことも指摘している[14]。また臨床心理士の森山沙耶も、『朝日新聞』の取材に対して同様の回答を寄せており、視聴者はライバーが自分のものになった所有感を持ちやすいのではないかと指摘している[15]。 以上のこともあり、未成年者が親のクレジットカードで高額の投げ銭をしてしまったり[16][15]、入院が必要になってしまったケースもある[14]。また投げ銭をすると景品が当たると称する詐欺事件も報じられている[17]。 朝日新聞によると、プラットフォーム側の規約では交際目的での利用は禁じられているにもかかわらず、ライバーのプロフィールに投げ銭の特典として実際に会えると謳う記述も目立っているとされている[15]。
Ch-OMUSUBI(おむすびチャンネル)は、日本への留学希望者や2022年ロシアのウクライナ侵攻に伴う難民が作成・配信するネット動画に対して会員からの投げ銭を仲介しており、単なる寄付と違って配信という「労働」への対価という形にしたり、閲覧者からの指名による投げ銭がない配信者も会費から収入が得られるようにしたりしている[4]。
その他の投銭
[編集]小銭を投擲するという意味では同じではあっても、上述したものとは全く異なる「投げ銭」や「ぜになげ」もある。
銭形平次
[編集]日本では、野村胡堂による1931年(昭和6年)初出の小説でテレビ時代劇の定番にもなった『銭形平次捕物控』で、主人公である江戸の目明かし(岡っ引)平次(通称:銭形平次)が繰り出す必殺技としての「投げ銭」が有名であった[18][19]。これは、逃げようとしたり歯向かってきたり人質を殺そうとしたりする敵の動きを見定めた平次が、十手を逆手で格好よく構えつつ[20]、当時の庶民であれば誰でも紐を通して持ち歩いていたであろう四文銭(寛永通寳真鍮當四文銭)の1枚を素早く取り出し(この場合に使う分を10枚程、留め結び付きの紐に通してある)、相手の頭や手元などに投げ付け、機先を制するというものである[21](重さ5グラムなので、石礫並みの威力がある)。テレビ時代劇の主題歌「銭形平次」(作詞:関沢新一、唄:舟木一夫)でも「今日も決めての 今日も決めての 銭がとぶ」と歌っている[22][23]。なお、二代目大川橋蔵が平次を演じたシリーズでは、投げ銭の使い手が敵(浪人)としても登場し、平次を追い詰める。
野村胡堂の随筆集『胡堂百話』(1959年〈昭和34年〉刊)の「銭形平次誕生(2)」には[24]、「普通の一文銭なら軽すぎるが、徳川の中期から出た四文銭。裏面に波の模様のあるいわゆる波銭ならば、目方といい、手ごたえといい、素人の私が投げてみても、これならば相手の戦闘力を一時的に完封できそうである」との記述がある[24]。なお、作中では描かれないが、岡っ引というのは大変に薄給で、事後の回収が叶わない場合も多いであろう[注釈 2]投げ銭は、相当に痛い出費に繋がったことが推定できる。「わずか4文ばかり」の出費と言うのは収支を無視した見方であって、後述するファイナルファンタジーシリーズにも通じる話であるが、身を切るような痛さと引き換えにした大技というのが、経済面から見た場合の実態である。
ファイナルファンタジー
[編集]「ぜになげ(銭投げ)」は、1992年(平成4年)に発売されたロールプレイングゲーム『ファイナルファンタジーV』に登場する攻撃系の獲得技能(アビリティ)の一つ。当シリーズの劇中における貨幣単位かつ金銭である大切な「ギル」をプレイヤーキャラクターが大量に失う"経済的な痛さ"と引き換えに敵に相応の痛撃を加えられる大技という位置付けになっている。
このアイディアはユニークな戦闘方法としてファンにも受けが良く、常にではないものの、以降のファイナルファンタジーシリーズにも登場することとなった。外伝的作品である2009年(平成21年)発売の『光の4戦士 -ファイナルファンタジー外伝-』では、同じコンセプトの技が、商人が獲得できる最上級の大技「カネしだい」という形で登場している。欧米版での技名は「金が物を言う」という意味をもつ"Money Talks"であった。具体的には、敵1体にその時の「所持金の100分の1」と同じ数値のダメージを与え、使用後に1,000ギルを消費するというものである。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f kb泉.
- ^ a b c d kb小学国.
- ^ a b c d e f kbネット投銭.
- ^ a b 避難民の配信動画に「投げ銭」日本企業 新しい形の支援「労働で収益得られる仕組み」『毎日新聞』夕刊2022年6月15日1面(2022年7月9日閲覧)
- ^ a b 増田聡太郎(翻訳、編集): “どこにでもコインを投げる中国人観光客、博物館や亀の背中にまで―中国メディア”. Record China (2017年2月19日). 2021年1月22日閲覧。
- ^ a b c 「富士山・忍野八海コインだらけ!中国観光客らが投げ入れ・・・文化財保護法違反」『J-CASTニュース』ジェイ・キャスト、2015年8月3日。2021年1月22日閲覧。
- ^ a b c d 「中国人が清掃工場や鎌倉高校、忍野八海に押し寄せる理由」『ダイヤモンド・オンライン』株式会社ダイヤモンド社、2016年12月15日。2021年1月22日閲覧。
- ^ a b c d e f g Ryutaro Hayashi (2020年2月4日). “【まさに破壊兵器】飛行機に向けて「コインを投げてはいけない」、これだけの理由”. esquire. 株式会社ハースト婦人画報社. 2021年1月22日閲覧。
- ^ a b c “安全祈願で飛行機エンジンに小銭を……5時間遅れ”. BBC News Japan (英国放送協会(BBC)). (2017年6月28日) 2021年1月22日閲覧。
- ^ a b c kb御捻り.
- ^ “ドワンゴが「投げ銭」商標登録 「独占する意図はない」”. ITmedia NEWS. 2022年2月23日閲覧。
- ^ 動画・画像の投稿に関するガイドライン(フロム・ソフトウェア) - ウェイバックマシン(2022年2月22日アーカイブ分) - 2022年2月23日閲覧
- ^ “カプコン、ゲーム実況動画の個人向けガイドライン 広告収入や投げ銭で収益化OK”. ITmedia NEWS. 2022年2月23日閲覧。
- ^ a b c d ““投げ銭”急拡大 空前のブームで何が”. NHK クローズアップ現代+. 日本放送協会 (2021年10月26日). 2022年2月23日閲覧。
- ^ a b c 山田暢史; 仙道洸、根岸拓朗、伊木緑 (2022年2月11日). “ライバー殺害事件、トラブル防止するには 投げ銭で視聴者に所有感?”. 朝日新聞デジタル. 2022年2月23日閲覧。
- ^ “未成年の「投げ銭」注意 トラブル相談の4割占める”. 日本経済新聞 (2021年12月17日). 2022年2月23日閲覧。
- ^ “ライブ配信の「投げ銭」で商品券や人気ゲーム機当選も『景品は一向に届かず』被害は数十万円にも...追跡取材でピンク髪のライバーを直撃”. よんチャンTV. 毎日放送. 2022年2月23日閲覧。
- ^ kb銭形平次.
- ^ kb『銭形平次』シリーズ.
- ^ “<時代劇>『銭形平次 第2シリーズ』”. 株式会社BSフジ (2021年1月). 2021年1月25日閲覧。
- ^ 東映 20200801.
- ^ 東映 20200801, エンディングにあり。.
- ^ 舟木一夫 銭形平次 - 歌ネット
- ^ a b 回答:岩手県立図書館 (2009年10月6日作成、2010年10月27日更新). “質問:銭形平次が物語の中で使用した銭は、どんなものだったか見たい。”. レファレンス協同データベース. 国立国会図書館. 2021年1月25日閲覧。
- ^ 東映 20200801, 例として、16分38秒〜17分09秒のシーンの16分56秒あたり。.
参考文献
[編集]- 小学館『デジタル大辞泉』. “投銭”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “投銭”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『デジタル大辞泉』. “御捻り”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『デジタル大辞泉』. “ネット投銭”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『デジタル大辞泉』. “ソーシャルチッピング”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『デジタル大辞泉』、ほか. “銭形平次”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
- 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “『銭形平次』シリーズ”. コトバンク. 2021年1月25日閲覧。
関連項目
[編集]- ギフト(ギフティング)
- アフィリエイト
- 企業倫理
- ファンクラブ - 月賦制、また会費別プランを設定することもできる。
- インターネットビジネス
- クラウドファンディング
- ギフトカード - 直接的な資金以外の方法。
- 資金決済に関する法律 - マネーロンダリング、直接的な資金流動を避けるため、表示アイテムといったものの「購入」を経由する形で対応する。
- マルチチャンネルネットワーク - コンテンツの内容によっては該当行為に当たると判断され、投げ銭を非難されることもある。
- スーパーチャット - YouTubeにおける投げ銭機能。
- チップ (サービス)
- おひねり
外部リンク
[編集]- 東映京都俳優部 (1 August 2020). 「銭形平次(第1話)/蔵出し!原版フィルム」東映京都俳優部サイドメニュー特別篇 (動画共有サービス). YouTube. 2021年1月25日閲覧。 ※アバンタイトルで既に投げ銭のシーンがある。