ネルトリンゲン - プラインフェルト線
ネルトリンゲン - プラインフェルト線 | |
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ネルトリンゲン - グンツェンハウゼン区間 | |
基本情報 | |
現況 | 保存鉄道(ネルトリンゲン - グンツェンハウゼン) |
国 | ドイツ |
所在地 | バイエルン州 |
路線記号 | 5330 |
路線番号 | 912 |
開業 | 1849年 |
所有者 | ドイツ鉄道 |
路線諸元 | |
路線距離 | 56 km |
営業キロ | 16.8 km |
軌間 | 1435 mm(標準軌) |
線路数 | 単線 |
最小曲線半径 | 400 m |
線路等級 | CE(グンツェンハウゼン - プラインフェルト) |
停車場・施設・接続路線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ネルトリンゲン - プラインフェルト線(ドイツ語: Bahnstrecke Nördlingen–Pleinfeld)は本来ルートヴィヒ南北鉄道(Ludwig-Süd-Nord-Bahn)の一部で、バイエルン州シュヴァーベン行政管区ネルトリンゲンと中部フランケン行政管区プラインフェルトを結ぶ鉄道路線である。この路線を通じてフランケン湖水地帯(Frankische Seeland)がヘッセル山地域とリース盆地に繋がっている。グンツェンハウゼン - プラインフェルト間は湖水地帯鉄道(Seeland-Bahn)の名称で旅客鉄道として運用されている。一方、ネルトリンゲン - グンツェンハウゼン間は保存鉄道で、特別列車は湖水地帯急行(Seeland-Express)の名で運行される。この区間について、旅客列車の復活が長期間要求されている[2]。また、保存鉄道区間はネルトリンゲン - ドムビュール線と合わせて、「ヘッセル山鉄道(Hesselbergbahn)」とも呼ばれる。
歴史
[編集]ネルトリンゲン - オェティンゲン区間はドナウヴェルト - ネルトリンゲン区間とともに1849年5月15日に開通された。路線の全通は1849年10月1日にグンツェンハウゼン - シュヴァーバッハ間の開通で実現された。以前にグンツェンハウゼン - ゲオルゲングミュント間の鉄道をシュパルト経由で建設する計画案は実現されなかった。
1906年にトロイヒトリンゲン - ドナウヴェルト区間が、1835年頃の計画通り、フランケンアルプを貫通して開通された。既存のルートヴィヒ南北鉄道の区間はその重要性を失った。
1985年9月29日にドイツ連邦鉄道はネルトリンゲン - グンツェンハウゼン間の旅客列車路線を廃止した。1995年8月1日までドイツ鉄道は貨物輸送をヴァッサートリューディンゲン - グンツェンハウゼン区間で、1997年までネルトリンゲン - ヴァッサートリューディンゲン区間で継続的に運営した。1999年保存鉄道会社バイエルン鉄道(BayernBahn)はネルトリンゲン - グンツェンハウゼン間の鉄道施設をDBから長期間にリースした[3]。
2003年6月8日にバイエルン保存鉄道(Bayerisches Eisenbahnmuseum, BME)が子会社バイエルン鉄道の運営を引き受けた[3]。2019年園芸博覧会(Landesgartenschau)の機に臨時快速列車が週末と休日に限って、ニュルンベルクからヴァッサートリューディンゲンまで運行された[4]。2019年5月にドナウ=リース郡議会で、社会民主党、緑の党、女性団体・エコロジー民主党・無所属連合の各一人の郡議員は廃止路線復活および定期列車運行再開の目的でオンライン請願を開始した[5]。
運行形態
[編集]グンツェンハウゼン - プラインフェルト区間の運賃システムはニュルンベルク広域運輸連合(Verkehrsverbund Großraum Nürnberg, VGN)の管轄下にある[6]。
- 普通列車(RB 62): グンツェンハウゼン - ラングラウ - ラムスベルク - プラインフェルト。60分間隔。使用車両は642形気動車。
2004年10月より化粧品製造社シュヴァルツコフ工場の製品がネルトリンゲン方面に運搬されている。バイエルン鉄道は工業用アルコール積荷のタンク車を運用して、2010年1月以来長者車や車運車などをラインラント方面に運行している[7]。グンツェンハウゼン - プラインフェルト間には貨物列車が通行しない。
参考文献
[編集]- Wolfgang Klee (1993) (ドイツ語). Bayerische Eisenbahngeschichte. Teil 1: 1835–1875. Bayern-Report. Band 1. Fürstenfeldbruck: Merker. ISBN 3-922404-43-X
- Stephan Kuchinke (1997) (ドイツ語). Die Ludwigs-Süd-Nordbahn von Lindau nach Hof. Stuttgart: Transpress. ISBN 3-613-71064-1
外部リンク
[編集]- 路線経路、主要施設、許容速度: OpenRailwayMap
- “Bayerisches Eisenbahnmuseum e.V.” (ドイツ語). bayerisches-eisenbahnmuseum.de. Bayerisches Eisenbahnmuseum e.V.. 2022年10月4日閲覧。
脚注
[編集]- ^ Eisenbahnatlas Deutschland (10th ed.). Schweers + Wall. (2017). pp. 105, 106. ISBN 978-3-89494-146-8
- ^ Planungsgemeinschaft Mainländer Consult / RMCon (2013年3月). Untersuchung einer möglichen Reaktivierung der Hesselbergbahn (PDF) (Report) (ドイツ語). Verkehrsverbund Großraum Nürnberg GmbH. pp. 11, 12.
- ^ a b “Strecken der BYB” (ドイツ語). Bahn-Report Band 36 (Nr. 212): p. 66. (2018-03-01). ISSN 0178-4528.
- ^ “Züge fahren zur Gartenschau in Wassertrüdingen” (ドイツ語). nordbayern.de. Verlag Nürnberger Presse Druckhaus Nürnberg GmbH & Co. KG (2019年2月27日). 2019年3月1日閲覧。
- ^ “Es lebe die Hesselbergbahn von Nördlingen nach Nürnberg” (ドイツ語). openpetition.de. openPetition gGmbH. 2019年5月28日閲覧。
- ^ “Schienennetz Gesamtraum” (ドイツ語). vgn.de. Verkehrsverbund Großraum Nürnberg GmbH. 2022年7月10日閲覧。
- ^ Martin Mönikes (2010年1月9日). “Henkel-Zug bei Hammesfahr” (ドイツ語). Rheinische Post Online. オリジナルの2010年1月10日時点におけるアーカイブ。