ノート:ほうとう
2008年1月7日 の編集について
[編集]①記述の重複が多い(信玄起源説に何度も言及する等)こと、②サブタイトルと本文内容のアンマッチ、③類似語彙の乱用(甲州、山梨県内、県内など)、④語源と起源項の内容重複 を修正させていただきました。なるべく過去の記載を生かしたつもりです。 以上
日本で全国的に見られる冬至にかぼちゃを食べる習慣から、山梨県内では、冬至にはかぼちゃのほうとうを食べることが多い。
とのことですが、冬至でなくても、ほとんどの場合、ほうとうにはかぼちゃが入っています。 以前と比べてほうとう自体を食べる機会が減ったにも関わらず、冬至には相変わらず食べることが多いという最近の傾向があるのでしたら(そういう傾向があるのかよく知りませんが)、そのように書いた方がわかりやすいと思います。--くにゃこ 2006年6月20日 (火) 12:22 (UTC)
「風林火山」の幟が目印とのことですが、本当なんでしょうか?--木林森 2006年9月23日 (土) 07:37 (UTC)
- 甲府駅前の「小作」はじめ、何軒かほうとうを出しているようなお店の前を見ましたが、風林火山の幟は見あたりませんでした。私も疑問です。--くにゃこ 2006年9月24日 (日) 11:43 (UTC)
そもそもあれは、観光客向けではないのでしょうか。「山梨県民と」の節にあるのはちょっと変な感じですね。確か「山梨県史民俗編」では観光食と日用食に分けた論説がなされていた覚えがあります。--でここ 2007年5月31日 (木) 17:42 (UTC)
- 日常食としての加筆をしました。画像が観光食のものなので、日常食の写真が欲しいですね。それも、ちゃんと麺を練るところからはじめて、味噌まで食材もすべて自家製のもので作ったほうとうと、食材はすべてスーパーで買って作る現代の日常食のものが比べられればいいなぁとも思います。--でここ 2007年6月2日 (土) 09:01 (UTC)
2007年5月1日 (火) 18:36(JST)の編集について
[編集]「おざら」は郡内地域よりむしろ国中の文化ですので、当該の記述を削除いたしました。日本の食生活全集山梨編集委員会編、『聞き書山梨の食事』 農山漁村文化協会、1990年 ISBN 978-4540900082では、「富士川流域の食事」として紹介されています。--くにゃこ 2007年5月1日 (火) 09:44 (UTC)
「ほうとう」の語源
[編集]> 穀物の粉をハタキモノと呼び、粉にする作業を「ハタク」と呼ぶ事から、「ほうとう」の語源はハタクが料理名に転用されたと考えられている
これは初耳です。面白い説だとは思うのですが、出典とされる『山梨県史民俗編』の信憑性は如何ほどでしょうか。関西で言われる「コナモン」(粉もの)にも通じるように思えるのが興味深い一方で、名詞のハタキモノがあるのにわざわざ動詞の「ハタク」から転じたとするのはかなり無理があるような気がします。いずれにせよ現在のところ、これを真説として「餺飥」説を斥けるだけの説得力は感じられません。コメントアウトされた部分を復活して両論併記とすべきではと考えます。死郎 2007年6月3日 (日) 13:49 (UTC)
- ハタキモノは使われておりますよ。「県史」では、ハタクから穀物の粉を意味するハタキモノ(オハタキモノ)、さらに料理に転用されてホウトウ(オハト)と転化したといった説明がされております。いちおう穏当に両論併記にしようと思っていたのですが、ハクタク説があまりにも断定的に書かれていて、どう扱って良いのやらと思いコメントアウト処置にしておきました。『山梨県史民俗編』ではほうとうについて日常食と観光食にわけて解説されており、ハクタク説は戦後に観光食としてほうとうが着目されてから、信玄由来伝説が形成される過程で生じてきたものであると記されております。また、山梨の郷土研究史において食文化に触れているものを見ると、いずれも語源について触れているものが見あたらず、どうも由来伝承そのものが怪しげであると記されてあります。ハクタク説を記す「典拠」にしましても、紹介されているのは専門店のパンフレットといった類のものでして。私自身としましては「県史」の説明に納得しておりますし、出自の怪しげなハクタク説よりも信憑性を感じて、まず第一に記すべきであろうと判断したのですが。--でここ 2007年6月3日 (日) 14:07 (UTC)
- 当該部分を加筆した当人ですが、ハタキからホウトウという語形が生まれるのは言語学的に見て極めて違例のことであると思います。個人的に考えましても、どういう語形変化を想定すればこういう変化が可能なのか理解できません。そういう意味ではハクタク説も通常の音韻変化とは言えませんが、ウレシク(嬉)がウレシウとなったように、ウ音便によりクがウに変化したと説明することは可能ですし、しかもこちらは院政期の資料にホウトウへの過渡的語形ともいうべきハウタウという存在が確認されているわけです。ハタキ→ホウトウを主張するなら、せめてその具体的証拠(文献上の用例や、ホウトウという語形に至るまでの中間語形等)を示すべきではないでしょうか。それをすることなしに一方的にコメントアウトされてはかないません。--Ponsaku 2007年6月3日 (日) 15:42 (UTC)
ちょっと両論併記化を試みてみました。「県史」には言語学的考察が触れられていませんので、私にはそちらの方面からタッチすることができません。へたに弄るよりもコメントアウト処置にしておいた方が適切だろうと思いますよ、不自然な文章になるよりは。私はハタキ説を主張しているわけでも、ハクタク説を否定しているわけでもありません。wikipediaに求められるのは証拠でなく典拠ですし、民俗学的方面からは「県史」にある影山正美氏の論考で典拠が出せましたから、あとはハクタク説と言語学的方面からの典拠が必要ですよね。文献ですと、江戸中期の勤番士の記した「裏見寒話」に言及されていることが紹介されてますよ。あと、影山氏の書かれたほうとうに関する論考が郷土研究誌「甲斐路」にもあるようですので、そのうちに参照してみます。--でここ 2007年6月3日 (日) 16:35 (UTC)
- 不自然な文章というのは、おそらく同一項目内で両論の折り合いをつけようとされていたのではないかと推察します。それぞれに小見出しを付け、別の視点を保ったままでの併記を試みましたので、また意見をいただけたらと存じます。仰るように「餺飥」説についての資料も脚注に付けたいところです(個人的には今のところ手が回りませんが……どなたか引き受けていただけないかな)。死郎 2007年6月4日 (月) 13:40 (UTC)
そうですね、現状ではハクタク説に典拠が無く、穏当に両者を折り合わすことができないのが難点です。
死郎さんの併記化処置の編集はありがたいのですが、やや勇み足かと思える点もあります。少なくとも「県史」ではハクタク説は観光食化の過程で出現し、肉付けされて信玄由来説が形成されたとありますし、必ずしも語源としての妥当性を否定はしていないのですよね。素人考えでありますが、ハクタク説が仮に妥当であるとしても、粉食が一般化して「ハタク」作業や「ハタキモノ」が身近となりほうとうの語源としてもより自然であると考えられ、さらに戦後の観光食化でハクタク説に尾ひれが付いて怪しげな説となってしまった。また、「うどん」との違いの認識もそうですが、日常食としてのほうとうや「ハタキ」作業から離れた現代人にとっては、「ハタキ」説も一般的な連想ではなくなりつつある。つまり、一概にどちらかが語源とは言えないような実態であった可能性も考えられるのではないかと思うからです。あと、「宝刀」説は観光食化の過程で生じたものに間違い無いようですし、分離する必要は無いかとも思います。
それと、参考文献に挙げた「県史」のふたつの文章ですが、語源部分だけでなく全体の参考にもなっておりますので、脚注化ではなく参考文献の節に記しておいた方が適当です。--でここ 2007年6月4日 (月) 14:10 (UTC)
- ハクタク説に典拠がないと言われたので挙げておきます。まずは辞書類の記述から。小学館『日本国語大辞典・第二版』の「ほうとう」の項をひもときますと、「「はくたく」の変化したもの。(中略)鮑腸(ほうちょう)。」と説明し、用例として能因本枕草子(10C終)、色葉字類抄(1177-81)、尺素往来(1439-64)等の用例を列挙しています。「はくたく(餺飥)」の項には用例として十巻本和名類聚抄(934頃)と色葉字類抄(前出)が挙げられていますが、前者の用例は奈良時代の散逸漢字辞書である楊氏漢語抄の引用部分なので、「はくたく」という語が奈良時代に遡ることがわかります。「ほうちょう(鮑腸)」の項には用例として江戸時代の随筆である嗚呼矣草(1806)の「山陽・西海の諸国、麪粉をこねて引延し、二つに割て温麪となしほうてう(蚫腸)と云、これ蚫の腸に擬せし故如斯いえるとかや」という文章を引用しています。これらの用例から、奈良時代のハクタク専用期から平安中期のハクタク/ハウタウ並存期を経てハウタウに収斂していったこと、江戸時代には更にホウチョウという語形も生じたことが窺えます。また、その他の辞書類でも、角川書店『角川古語大辞典』が「はくたく(餺飥)」の項に「「はうたう」とも。」と記し、三省堂『時代別国語大辞典・室町時代編』も「はうたう」の項で「「はくたく」の転。」と述べて「餺飥」に「ハウタウ」と付訓された文献の用例等を挙げ、ともにハクタク説を採っています。
- また、日本語学の研究者の著述としては、元東北大学教授の佐藤喜代治氏が「「ほうとう」「はっと」の話」(日本国語大辞典・ことばのまど17 昭和50年9月)で「ほうとう」の語源について触れています。同氏は信州松本や山梨県の「ほうとう」、岩手県遠野の「はっと」、枕草子の「はうたう」を取り上げた上で、以下のように述べています。
- この「はうたう」は「和名類聚抄」に見える「餺飥」と考えられ、「はくたく」が音便で「はうたう」となり、また促音便で「はったう」、さらに「はっと」ともなったのであろう。
- ついでながら、穀粉を意味する方言ハタキモンの語源である動詞ハタク(叩)ですが、この語が文献上に登場するのは比較的新しく、室町後期になってようやく登場します(→『日本国語大辞典・第二版』)。上に述べたように、ハウタウの登場が平安後期なのですから、そもそも時代が合いませんね。そんなわけで、私にはハタキモン→ホウトウ説こそ民間語源説の域を出ないただの憶説としか思えません。たとえそれが山梨県史のような半ば公的な書物に記されているとしても、です。そもそも語源学とは言語学の領域に属するものなのですから、あくまでも言語学的知見が主、民俗学や歴史学等の他分野の学問の知見は従たるべきであって、後者が優先されるようではまさに本末転倒というものでしょう。--Ponsaku 2007年6月5日 (火) 07:22 (UTC)
- どの説が妥当であるかについては意見を差し控えるとして、でここさんへのお返事を。『勇み足』と仰ったのがどこなのかわからないのですが、もし2007年6月4日 (月) 23:16の版で手直しされた部分のことなら、そこはお書きになった文意を汲み取って書き足した(つもりの)箇所です。どうも読み違えていたようで、申し訳ない。脚注については、もともとカッコ書きで注釈になっていた記述も含めてまとめたのですけれど。「参考文献」に戻して、さらにPonsakuさんが挙げてくださった幾つかも加えたほうがよろしいでしょうか。死郎 2007年6月5日 (火) 13:17 (UTC)
>Ponsakuさん ハクタク説の典拠をありがとうございます。これで両論併記のかたちに仕上げられるのでは無いかと思います。何だか、個人的には奈良時代に遡るハクタクなる料理と、近世くらいに日常食としての起源があるであろう粉食料理のほうとうが別系統ではないかという思いが強くなりました。それは「独自の研究」にあたってしまうでしょうね。Ponsakuさんのような言語学の素養があられるであろう方がハタキ説を憶測とおっしゃられるのであれば否定はしにくいのですが、言語学的知見、それもほうとうに関する民俗研究を踏まえた上でのハタキ説を否定する論説が文献としてあるなら別ですが、我々の「独自の研究」で推論を反映させるわけにはいきませんし、語源に関する議論は取り合えず、どちらの説が妥当であるかには触れないかたちでの両論併記で落ち付けるべきだと考えますが、この点はいかがでしょうか?誤解なきようくりかえしますが、私は別にwikipedia上でハクタク説の否定を言っているわけではありません。『県史』を参照に民俗研究的視点からの加筆を施しているとどうも語源について矛盾してくる点が出てきてしまうので、穏当に決着させるためにお知恵を拝借したいのです。
>死郎さん ええと、「勇み足」といったのは、「この説を認めるならば、ハクタク説は誤りになるということなる」の部分ですね。誰かほかにも「県史」を参照できる方がおられれば良いのですが、少なくともハクタク説を語源としてはっきり否定はしていないのですよね。民俗研究からもはっきり語源について、ハクタク説を否定するような論説が提示されない限りは、あまり推論を重ねると「独自の研究」に接触するんじゃないかと考えました。--でここ 2007年6月5日 (火) 14:16 (UTC)
- 「近世くらいに日常食としての起源があるであろう粉食料理のほうとう」とでここさんはおっしゃいますが、ホウトウという料理が近世に起源があるという具体的な証拠をお示し頂かないことには納得しようがありません。逆にハクタク起源説の立場からは、『和名類聚抄』所引の『楊氏漢語抄』において、餺飥が小麦粉を練り延ばして四角に切った料理だったと説明されていること、これは確かに山梨のホウトウとはずいぶん異なっているものの、岩手県遠野のハット(うどんのように伸ばして方形に切ったものをあずき・ごまなどにいれて食す)とはよく似ていること、山形県や青森県、長野県などの地域でハットがいわゆるホウトウに似た料理の意味で使用されていること等の根拠を示すことが出来ます。佐藤喜代治氏も上記論考中においてハクタクとハットの類似性について言及しておりますが、氏の説かれる如く、奈良時代のハクタクや遠野のハットの方がホウトウの原型に近いものであると解するのが自然であるように私には思われます。--Ponsaku 2007年6月5日 (火) 16:02 (UTC)
ご質問部分は、自身でも言っておりますように私の「独自の研究」ですので、それを証明しろと言われても困るのですが・・説明いたしますと、『県史』に拠りますが日常食ほうとうが一般化するのと養蚕の普及は深く関わっております。養蚕の普及により田地の集約化が進み、裏作で麦が栽培されるようになると粉食料理が日常食として一般化し、粉食料理体系のなかにホウトウも位置付けられると読み取れました。すると、養蚕の普及がはじまった近世くらいに日常食としての源流はあるのではなかろうかと。ホウトウとハクタクが別系譜では無いかと申し上げたのは、必ずしもどちらかを語源と断定する必要は無いんじゃなかと思ったからです。
我々がどちらの説を妥当と感じようと、しょせんは我々の価値判断に過ぎませんし、妥当性に関する議論をここでするのはあまり意味があるとは思えません。具体的にハタキ説を否定している文献が提示されるまでは、双方の説を公平に記述して妥当性の判断は利用者に委ねるのがよろしいかと思うのですが。--でここ 2007年6月6日 (水) 03:29 (UTC)
- 既に申し述べたように、語源学は言語学の領域に属するものなのですから、何をさておいても言語学的知見を優先すべきなのに、両論併記とやらでそれをないがしろにされた格好であり、極めて不満です。異論は併記すべきと言われるかも知れませんが、私にとってはこれは、極端に言えば、人類の起源について、進化論と神によるアダムの創造とを併記しているに等しい愚行であると思います。個人的には、ハタキモノ説などは問答無用でばっさりとカットしてしまいたいところですが、私の2007年6月14日 (木) 14:55の編集は最大限譲歩したものとお心得下さい。--Ponsaku 2007年6月14日 (木) 18:59 (UTC)
意味不明な定義づけ
[編集]「鍋料理」と認識される場合があるが、山梨県内では鍋料理との認識は薄く、あくまでも固有の料理、あるいは食事と捉えられている この一文の意味がサッパリ分かりません。鍋料理(きりたんぽ鍋、石狩鍋、ちゃんこ鍋)も、「固有の料理」であり「食事」です。何がどう違うのでしょう?この文章を書いた方は、何を表現したかったのか、意味不明です。--PSP4000 2009年7月6日 (月) 04:09 (UTC)
- 鍋料理の定義がわからないのですが、大鍋で調理したまま出されて個別に取り分けられるとか、冬場の季節食であるとか、鍋料理の系譜をもつものではない、という意味なのかもしれません。--でここ 2010年6月15日 (火) 17:36 (UTC)
カテゴリー「関東地方の麺料理」について
[編集]「山梨は関東でもある為~」との編集要約がありましたが、山梨県は首都圏には含まれますが関東地方からは外れています。念のため。とはいえ群馬や埼玉にもほうとう、もしくは類似の料理があるので、カテゴリー追加自体に関しては異存ありません。--死郎 2010年5月24日 (月) 13:13 (UTC)
「吉田のうどん」との関連について
[編集]冒頭文をはじめ「吉田のうどん」と「ほうとう」はまったく別の料理とありますが、本当にそうでしょうか。「吉田のうどん」の方にも以前加筆を施しておきましたが、富士北麓地域においても国中と同様の粉食文化であったでしょうし、「吉田のうどん」の起源は、ハレの日の粉食料理としての「うどん」であるように思えます。現代の日常食もしくは観光食としての「ほうとう」の実態は本来的にはハレの日の食である「うどん」であり、吉田のうどんも「うどん」ですよね。まったく別というよりは、甲府盆地や富士北麓地方における日常食としての同一起源を持つ別種の郷土食、とでも表現するのが適切であるように思うのですが、以下がなでしょうか。--でここ 2010年6月15日 (火) 17:29 (UTC)