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ノート:ピューティア大祭

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ピュートー

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ピュートーの箇所ですが、前段はピュトンに、後段はデルポイに一部転記、詳細は両記事を参照するという形にして、こちらでは大祭それ自体に直接かかわる部分のみ要約して述べた方が、3つの記事の関連を考えると、よりよいように思うのですが。--HannaLi 2007年8月16日 (木) 17:48 (UTC)[返信]

こんにちは。ギリシア神話関連記事を最近調べると、あまりにもスタブ的な状態や偏った記述が多いのです(例として、「ギリシア三大処女神」というのがあります。こんな言葉は聞いたこともなく、そんな風に言うのも知らないので、Google で検索してみると、200件ほどヒットしましたが、大体内容を確認すると、すべてウィキペディアの記述から生じていることが分かったことがあります。これらは緊急に、とりあえず消しました。そういう「三大処女神」などがあったというのがこれ以上広まるのは問題だからです)。そこで記事にもっと手を入れる必要を感じて、少し作業を始めました。
ご指摘の「ピュートー」のことですが、「ピューティア大祭」の起源を説明するのに、参考として必要な程度の簡単なことを説明しただけです。ピュートーデルポイピュートーンの記事などがあまりにもスタブ的(というか、デルポイの記事は、世界遺産の面が強調されていて、ギリシア神話の記事としては、まだまだ記述が不足しています。「世界遺産としてのデルポイ」と「古代ギリシアのデルポイ」では意味が違うのです。単純に、世界遺産は、遺産指定された部分の話になりますが、デルポイ関連は別に遺産指定されていない場所や出来事なども関連します。デルポイをめぐる色々なギリシア神話の事件は、世界遺産記事としては余分かも知れませんが、ギリシア神話の記事としては必要なものです)で、もっと整理して、詳しい記述を加えるべきです。しかし、そのために「ピューティア大祭」に記した最低限に近い情報説明を削る必要はないとも思います。英語から訳した部分の本文にもありますが、人的な意図と自然災害の結果、ピューティア祭についての情報は限られたものとなっているようで、詳しいことは分からないようです。
いま一つ、おそらく「強調点」あるいは「捉え方」の違いがあるかも知れません。英語では、en:Pythian Gamesという記事名になっており、その他の西欧諸国の言語版でも似たような「games」の名になっています。これは、祭礼に付属して行われた競技大会があり、ピューティア大祭という場合は、祭礼を言っている訳で、当然そのなかで、付属競技大会も説明されることになります。他方、オリンピックがそうですが、競技大会としての名が有名なものは、最初から競技大会の記事になるのだとも思えます(ピューティア大祭の場合は、芸術の競技があり、スポーツの競技・チャリオット競技も加わっているというところが、オリンピックとの大きな違いだと思います。オリンピックとは違い、アポローンの祭礼だということが、この違いの元なのです)。
日本でも、色々な神社で祭礼があり、相撲大会などが付属するものもあったと思います。この場合、「祭礼」とそれに付随する「相撲大会」とどちらに焦点を置くのかという話になります。なぜ、「ピューティア大祭」と呼ぶのか、どういう起源で祭が起こったのか、そのことの最低限の情報が現在の記述ではないのでしょうか。(つまり、上で述べているように、「競技大会」を中心には見ていないのです。アポローンの祭礼であり、それに付属して有名な競技大会があったという話です。有名な競技大会についてはある程度詳しい記述があります。アポローンの祭礼の記述もある程度必要で、それを削るというのが、HannaLi さんの述べておられることなのです)。そういうことで、ご理解願えれば幸いです。--Maris stella 2007年8月17日 (金) 10:22 (UTC)[返信]
お返事ありがとうございます。まず、
Maris stella: アポローンの祭礼の記述もある程度必要で、それを削るというのが、HannaLi さんの述べておられることなのです
これは違います。というより逆です。この記事の名前がピューティア競技会ではなくピューティア大祭となっている以上、祭礼の記述は必要です。というより祭礼について記述することを考えた上で、この記事名にされたのだと思っていました。ただ書くならば、この大祭に含まれていた宗教的儀式の記述であったほうがより望ましいのではないか、というのが私の考えです。
Maris stellaさんがご自身で「最低限に近い情報」とおっしゃっているように、今の時点で、ピュートーの箇所に書かれているのは、アポロンによるピュトン退治の神話、そして、大祭の開催されていない時期も含めたより一般的なデルポイの神託の説明だと思います。
おっしゃるようにデルポイおよびピュトンの記事にはまだ成長の余地がありますが、それゆえにこのピュートーの部分の記述は、より一般的な内容を扱っているこれらの記事でふれておいて、大祭それ自体を専門に扱っているこの記事では、大祭ではどのような儀式が行なわれていたのか、より突っ込んだ内容をもっと前面に出して扱ってはどうなのかな、というのが私の考えていたことです。そうすれば、この記事ばかりでなく、他の2つの記事についても、内容がより充実するのではないでしょうか。
特に明確に一部転記を提案するものではないので(テンプレートをはらなかったのはそのためです)、英語版の方にはない記述箇所でありますし、Maris stellaさんが挙げていらっしゃる参考文献にもできる限りあたってみて、とりあえずデルポイやピュトンの記述の方をふくらませようかとも思います。
また、本文中でシュワルナゼの写真も出ていますが、アポロンの祭だったというこの祭典の芸術的・文化的性格と、現代におけるIDCの動きともっとからめた記述が可能なはずですし(現状ではIDCが何をやっているのかわかりづらいです)、スポーツとのバランスに関しては、例えばこの大祭で行なわれたスポーツ競技についてはこれから文献を確認しながら追加するつもりです。画像も戦車競走に関してはデルポイから出土した非常に有名な御者像の写真がウィキコモンズにあるので、記事で取り上げる写真としてはそちらの方が適切だと思います。--HannaLi 2007年8月17日 (金) 13:56 (UTC)[返信]