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ノート:フグレイク

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改名提案

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「フグレイク (デンマークの王)」から「フグレイク」への改名を提案します。

現在「フグレイク」をタイトルに含むページが他に存在しないためページの競合自体が起きておらず、「(デンマークの王)」は不要です。 こうした改名はWikipedia:ページの改名の直ちに改名を行ってもかまわないケースに相当し、本来なら議論は不要かとは思うのですが、 ある事情があってリダイレクトである「フグレイク (デンマーク王)」と改名に伴って生じるリダイレクト「フグレイク (デンマークの王)」を削除する必要があるため改名提案を行わせていただきます。

その事情とは「フグレイクはデンマークの王ではない」という事です。現在の記事は「トゥールのグレゴリウス(538–594)が彼の著した書物の中でフグレイクの名を挙げている。」としています。説明されていませんがこの書物とは『フランク史』を指します。『フランク史』には確かにクロキライクス(=フグライク)というデーン(デンマーク)王がガリアに侵攻し略奪を行った記録があるのですが(新評論の『フランク史』日本語訳のpp.108-109で確認できます)、フグレイクをデーンの王としたのはグレゴリウスの誤りであるというのが定説であると私は理解しています。当時のガリアにはデンマーク以北の北欧の事情に通じた者が乏しく、北から来た者は誰でもデーン人扱いされていた事が原因のようです。フグレイクの治めた国は現在のスウェーデンのイェータランドに存在したGeatsであったと考えられています。

他言語版を見てみますと、その問題の『フランク史』が書かれたフランスの公用語であるフランス語版のwikipediaでは彼はGeatsの王であるとされています(fr:Chlochilaïc)。また、『フランク史』の記述については"Dans le troisième livre de son Histoire des Francs, Grégoire de Tours mentionne un raid conduit par le roi des « Danois » Chlochilaïc."と明らかに否定的に記述されています。英語版でもGeatsの王であるとされており、『フランク史』の記述については "Gregory of Tours calls this king Chlochilaicus Danish."とやはり否定的なニュアンスを込めて書かれています(en:Hygelac)。スウェーデン語版には記事がありません。一方、私としては困ったことにデンマーク語版は『フランク史』の記述をそっくり信用する形で(自国である)デンマークの王であったとしています(da:Chlochilaicus)。ただ、デンマーク王派は少数派であるとは言えるでしょう。

こうした理由から「フグレイク (デンマークの王)」を「フグレイク」へと改名し、リダイレクトの「フグレイク (デンマークの王)」「フグレイク (デンマーク王)」の二つを削除することを提案します。なお最後になりますが、私は現在の「フグレイク」というカナ表記を積極的には支持していません。こうした状況では、初版立項者が日本語で書かれた西洋史の書籍に当たった上で適切なカナ表記を選択した、と想定するのは困難だからです。しかし、カナ表記については申し訳ないのですが私の力の及ぶ範囲ではないと棚上げさせていただいて、今回は「(デンマークの王)」部分の解決に注力させてください。--おいしい豚肉会話2018年1月4日 (木) 11:55 (UTC)[返信]

賛成 提案者票。 --おいしい豚肉会話2018年1月4日 (木) 11:55 (UTC)[返信]