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ノート:ルワンダ虐殺

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"Chapter IX. History of the Wahuma", 『ナイル源流発見記』のプロジェクトグーテンベルクでの原文。「カナンの呪い」乃至「カナンの末裔」は「ハム人種」概念の元で、米国の白人社会では黒人奴隷に適用する際に結びつけて使われたようです[1]が、スピークのハム仮説で直接触れられている訳でないです。johncapistrano 2010年3月26日 (金) 11:08 (UTC)[返信]

大変申し訳ありませんが、自分には『ナイル源流発見記』の原文を短時間で適切に読みこなす英語力がありませんので『現代アフリカと国家』p85を参考にさせて頂きます。同書に拠ればスピークの主張は、大湖地域の支配者層はその身体的特徴からアビシニアの半セム・ハム人に起源を持つ外国人で、当該地域の王国は半セム・ハム人により築かれた、とするものです。そのため、スピークの主張ではjohncapistrano様の仰る通りハム仮説に関して直接の言及は行っておりません。しかしながら、スピーク以降にハム仮説を基にした主張を行った者は存在したわけで、その中には「ハム人種」を「カナンの末裔」とする概念と「ハム仮説」概念を結びつけたものがあったのではないでしょうか。なお『現代アフリカと国家』p85では、"カナンの末裔たるハム人種がアフリカへ文明を伝えた"に該当する部分に Sanders, Edith R. "The Hamitic hypothesis; its origin and functions in time perspective", Journal of African History, X (4), : 521-532, 1969.[2]が出典として提示されております。--Ken.y 2010年3月26日 (金) 12:58 (UTC)[返信]
スピーク「以降」と「以前」では違いますよね。セリグマンについては英語版でも言及がありますね。キャッシュですが[3]こちらもどうぞ。johncapistrano 2010年3月26日 (金) 14:47 (UTC)[返信]
参考ページのご提示感謝します。えと、そうしますとjohncapistrano様が論点としておられるのは、本文中の説明は「スピーク以降のハム仮説」の例示ではあるが、「スピークの提示したハム仮説」としては不適切、という点と考えて宜しいでしょうか?--Ken.y 2010年3月26日 (金) 15:48 (UTC)[返信]
大体そうですね。スピークが提唱して人類学者が追随したのであってハム仮説があってスピークが適用したではないってことです。要約欄から疑問をもたれている様子でしたのでノートで確認しましたが、記述としては現行で許容されると思います。johncapistrano 2010年3月26日 (金) 15:57 (UTC)[返信]
なるほど納得致しました、ご説明下さり有難うございました。--Ken.y 2010年3月26日 (金) 16:14 (UTC)[返信]

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