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ノート:レッドハット

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Linuxというと、SLSからSlackwareを経てRedHatで、RedHatに対しては後発という印象をもっているのですが……。最近は違うのでしょうか。秋山

利用者:setu 私も1995年にSlackwareから入りました。当時は、RedHatは少なくとも日本ではマイナーでしたよね。でも、SUNSITEのLINUXのディレクトリ中にRedHatがあって、すごい量のファイルが置いてあるのを見ています。日本でマイナーだったのは、もしかしたら日本語対応のせいかも知れませんね。Slackwareには対応の日本語パッケージが有志の間で作られていましたから。

1997年にインドに滞在中に乗せたときにはRedHatでした。5.xの時代かと思います。目的には英語で十分だったのですが、自分のために必要な日本語関連のソースをダウンロードして乗せるのに苦労した思い出があります。LINUXの歴史をまとめたら良いかも知れませんね。ああ、英語のページで見た記憶があります。日本特有のLINUXの歴史もあるといいですね。

執筆者の意見

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「自分達が作ったものを、コピーレフトで公開することがビジネスとして成り立つことは考えにくかったが、他のRed Hat系が増えるにつれて、レッドハット自身もより成長しており、ビジネスモデルは正しかったと言える。山の裾野をわかちあうことで、山を大きくすることができ、結局自分の裾野も大きくなったと言うわけである。」は執筆者の意見では?--Kei20912 2011年4月4日 (月) 02:25 (UTC)[返信]