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ノート:与謝野晶子

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秀逸な記事の候補に挙がっていたので読みに来ました。

  • 全体的によくできていると思いました。
  • フェミニストの項、文部省とらいてうのことを記した文がちょっと意味が汲み取れませんでした。
  • 他の研究者やメディアが与謝野晶子をどう評価しているか、彼女の業績や言動についてどのような点を特にとりあげるか、などについてもっとわかるとよりよいと思います。中立性も強化できるでしょうし。
  • ウィキソースとの連携があるのもよいですね。:)

Tomos 23:40 2004年6月3日 (UTC)


「君死にたもうことなかれ」ですが、正しい表記は「君死にたまふこと勿れ」ではなかったでしょうか。歴史的仮名遣いが制限されているならば変更出来かねますが…。 - TRIBESMAN 2004年7月17日 (土) 12:58 (UTC)[返信]


事実かどうか良く分かりませんが、「君死にたまうことなかれ」で有名の与謝野氏が、後で戦争を支持したことについても触れてほしい。武本 --219.127.27.151 2004年10月23日 (土) 22:02 (UTC)[返信]


”『君死にたまふことなかれ』は盗作か?”の項について、これは一つの論として確かに存在するのかもしれませんが、ここに掲載するにあたっては、いつ、だれが、どこで発表した、といったソースを明確にするべきではないでしょうか。「盗作」という言葉はとても微妙なもので、そうであるかないかの線引きは極めて曖昧なものだと思います。だからこそ、ソースを明らかにすることによって、実際に検証された文章までのアクセスを容易にし、それを読んだ人自身が各々に判断できるようにするべきだと思いました。 --Naoakina 2006年10月17日 (火) 05:00 (UTC)[返信]

外部リンクのひとつがスパム防止にひっかかり投稿できなくなっていたので削除しました。--133.70.80.82 2006年12月17日 (日) 04:24 (UTC)[返信]

「反戦」と「転向」とについて

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<このようなことから、反戦家としての立場に一貫性がなかった、あるいは時勢により心情を変化させた転向者であると言える。>    これは余りに輕々で大雜把な斷定に過ぎるのではありませんか。「君死にたまふこと勿れ」は、よく知られてゐるやうに、自らの家の先行きを考へ、弟の身を案じて詠つたものであり、たゞの反戰の歌ではないのではないか。幸徳秋水の反戰論を嫌ひ、さうかと思へば「君死に…」で反戰に流れ、二つの世界大戰では好戦に轉ずるとは、余りにもをかしな話です。また、そのやうな人を「転向者」と呼ぶのかどうか、これも疑はしい記述です。当該箇所のやうな捉へ方をしてゐる文獻があれば提示していたゞきたい。本當は削除して書き直さうかとも思ひましたが、かうしてノートに問題の提起を致しました。  なほ、この話題も含め、「保守」的な與謝野晶子に關しては、中川八洋著『與謝野晶子に学ぶ』(グラフ社,2003年)を參照。お返事、反論等をお待ち致します。

紙幣の顔

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前回の紙幣変更の時だったかと思いますが、与謝野晶子を紙幣の顔にしようという案があったそうですが、孫に現職の国会議員がいるということで(本編にもある通り与謝野馨)、流れたそうです。 新聞で読んだ記憶があるだけなので、紙名や日時をご存知の方、補足頂ければ幸いです。--218.41.79.116 2009年1月3日 (土) 13:57 (UTC)[返信]