ノート:中央競馬クラシック三冠
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イギリスと日本の相違
[編集]特にポイントになる部分に要出典タグを貼りはしましたが、端的に言って、節まるごと独自研究でしょう。要出典のポイントを下記に書き出しておきます。基本的に論証は不要で、要するに、そう書いてある文献を示していただければ結構です。
- 三冠馬以外の二冠馬はダービーとセントレジャーを制している例が多く、いわゆるギニーレースが今日考えられている程には重要視されていない時期があったと思われる
- 「ダービーとセントレジャーの二冠馬のほうが他の組み合わせの二冠馬より多い」かどうかは、数えれば検証出来る話です。
- しかしそのことと、「ギニーレースが今日考えられている程には重要視されていない時期があった」こととは結びつきません。
- 1970年代までのフランスの競走体系の中で2000ギニーよりもリュパン賞(2100m)の方が重要な位置にあったことでも明らかである
- そう述べている文献を示してください。
- 三冠体系が崩れ始めた頃からイギリスでは1600メートルの2000ギニーと2400メートルのダービーの両方にチャレンジしようとするものは減ってきており
- これはトートロジーです。「2000ギニーとダービーの両方にチャレンジしようとするものが減ったことで三冠体系が崩れた」と表現することもできます。
- それは1970年代から80年代に入る頃にイギリスにおける短距離G1競走の増加とフランスにおけるギニーレース(当初はG2でその後G1昇格)の強化でマイル路線が明確に設定されたことが大きいと思われる
- この記述から、執筆者さんがイギリスやフランスのグループ制度についてよくご存じないのではないかと思いました。日本の(かつての)JRAと違って、G1レースというものはつくろうと思って作れるものではありません。結果的にG1やG2になるのです。「G1競走を増やすことでマイル路線を設定する・強化する」という図式は成り立ちません。たとえば賞金を増やすとか、注目度を高めるために日程を調整したり宣伝を行うとか、有力馬を誘致するとか、そういったことは可能です。
- 20世紀中頃には、ダービー、キングジョージ、凱旋門賞という路線を歩むのが通常になった
- 「通常」というのがなんなのかにもよります。ダービーの勝馬のことなのか、上位馬・有力馬のことなのか。とはいえ、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスの創設自体が20世紀中頃(1951年)ですからねえ。
- 近年はイギリスのクラシック三冠競走は実質的に「三冠」としての目標となっていないと指摘する声もある
- まあこう書いてある出典を持ってくるのはそう難しいことではないでしょう。ただし、文脈からは、「過去には三冠が目標となっていた」ことを示す出典が同様にないと、全体としては意味が通らなくなるでしょう。
- これはフランスを含めて他の国もそうであるが、「三冠」が本来スピードとスタミナを違う距離と時期とで競う競走体系でなくなり、ただ人気のある競走を3つ並べる競走でしかないことを意味する
- そう書いてある出典を示してください。
- 2005年にディープインパクトが無敗で三冠を達成した際には、競馬を知らない人にも大きな話題となった
- これも出典を示すのは容易でしょうが、文脈からは、それ以前の三冠達成は話題にならなかったことを同時に示す必要があるでしょう。そうでなければ特筆することではありません。
- そのため、イギリスほど出走馬に棲み分けが生じにくい
- 「イギリス」が棲み分けが生じていること、日本ではそうでないこと、そして、その原因が皐月賞と日本ダービーの距離の差が400メートルであることがその原因であることを述べた出典を示してください。もし仮にそうであるならば、なぜその「棲み分け」が100年前には無かったのか、イタリアやドイツではどうなのか、といったことも示していく必要が本当はあるだろうと思います。
- しかし1984年からのマイルG1競走の設定と秋の天皇賞の2000メートルへの短縮などで、その後距離適性を重視して3000mで実施される菊花賞ではなく2000mで実施される古馬との混合戦・天皇賞(秋)を選択する馬も増えてきており
- <1984年のマイルGI設定を契機>に、<距離適性を重視して>、<秋に天皇賞へ挑む3歳馬が増えた>ことを示すか、そう書いてある文献を示してください。
いちおう細かく切り分けましたが、全体として独自研究そのものとしか思えません。「日本の牡馬三冠」が、最近の短距離路線の整備の結果として、必ずしも菊花賞を目指さなくなったという主旨であれば、別に反対ということではないのですが、それにしても出典は必要ですし、そもそもその話とイギリスがどうのこうのは無関係です。--零細系統保護協会(会話) 2013年12月29日 (日) 09:35 (UTC)
一読して当方の脇の甘さを痛感しています。訂正しながら若干の説明をします。
・ダービーとセントレジャーの二冠馬について
2000ギニーとダービーの二冠馬との比較について、別の項目での勝ち馬一覧表を参照すると21頭と19頭で逆に2000ギニーとの二冠馬の方が多かったので訂正しました。どうもハイペリオンやネバーセイダイのイメージが強かったようです。
・ギニーレースについて
これは、まだ米国の競走馬が英国の競走馬に歯が立たなかった20世紀初頭に、長距離血統の種牡馬を米国に輸入することが難しかった時に、米国人はスピード血統の種牡馬が買いやすい事情から、どしどし輸入して自国の競走馬の血統改良を行い、やがて「スピードはスタミナを制す」と言われるほど英国競馬を席巻した歴史を語った大橋巨泉氏の本に書かれていたことを書いたのですが、その本は手元にはありません。仏のギニーレースの昇格はドイツの例と混同したようで削除します。
・グループレースについて
欧州がグループ競走で米国はグレード競走であるのは知っていますが、最初は国内でG1競走の認定を行い、必ずしも国際G1として統一された基準が最初からあった訳ではありません。70年代後半に問題になったのは米国のG1乱造と一部で言われるほど各競馬場がG1競走の認定を行い、やがて出走馬のレベルを一定の基準で定め、グレードの変更を頻繁に行うようになったと認識しています(その詳細までは把握していませんが)。そしてG1は作ろうと思って作れる訳ではないとのことですが、順序が逆ではないかと思います。最初にG1競走を作るという計画があって、賞金を増やし、日程を有力馬が集まりやすいように変えて、ステップを踏みながらG1へ昇格するのが普通のやり方だと思います。70年代から80年代後半にかけてのセントジェームスパレスSやスプリントチャンピオンシップ(現ナンソープS)や、後のクイーンエリザベス2世Sなどその時代ごとに理想とするレース体系を作るために英国の競馬関係者が長い期間考えてきたのが今の体系だと思います。だから図式が成立すると考えています。英国のマイル競走の体系化に合わせる形で仏の競馬関係者が2000ギニーを強化し、その影響でリュパン賞が存在意義を失い、一時は秋に移行することも検討されたが結局は廃止に追い込まれたことで、G1は作られるものだと感じたものでした。
以上ですが、たしかにこの節とはまた別の話であると私も思います。加筆するたびにどうも別の話に持って行ったようで反省しています。今後この点に注意していきたいと思います。 eraharisi
- お返事ありがとうございます。
- まず基礎的なこととして、eraharisiさんによる考察の内容の是非云々の話ではないです(eraharisiさんの考察が間違っている、という意味ではありません。)。要するに「そう書いてある出典(文献)を示してください」ということになります。例えば、具体的に<大橋巨泉氏の本>と言及なさっているので、たとえばその書名や何ページに書かれているか、という情報が必要だということです。それがウィキペディアのルールであり、出典が示されていなければ、いきなり削除されても文句は言えないということです。巨泉さんの本がお手元になければ、図書館とかで探すとか、別の文献を探すとか、いずれにしろなにかそういうものが必要ということです。(競馬関係の本はカタい図書館にはなかなかないので、その点は大変です。)
- 逆に言えば、巨泉さんの本に“エプソムダービーは1883年まで乳牛によって争われていた”と書いてあれば、どんなに「そんなわけねーだろ」と思っても、ウィキペディアにはそう書いていいということになります。もちろん、複数の出典を検証していくことであからさまな嘘や間違いはいずれ正されていくでしょうけども、“歴史上もっとも白熱したダービーは1892年のレースである”みたいなものになってくると、いろいろ見解が分かれていくでしょうから、出典の使い方や記事の書き方は注意が必要になってくるでしょう。
- あちこちに要出典をつけましたが、文末が「と思われる」とか「を意味する」とかで終わるようなものは(一般的にウィキペディアのルールに照らして検証可能性/出典の点で)怪しいということになります。「○○によれば✕✕である」とか、そう書いてある文献を示す必要が出てくるということです。そうした出典・文献を示せないのであれば、執筆者としてはときには「俺はこう思うけどそれについては書けないな」と自重することも必要です。
- もちろん、なんでもかんでもいちいち出典を示さないと書くこともできない、とは私は考えていません。たとえば、イギリスにダービーというレースがあることや、その距離が約2400メートルであるというような基礎的な事実まで一つ一つ出典を付していくのは、執筆者もしんどいですし、読む側にとっても鬱陶しいでしょう。なので、そこらへんのバランス感覚は必要だろうと思います。私もいちいちそこまで出典をつけて書いてはいないです。「単なる事実」よりは「事実に対する評価・解説」のほうが、出典の必要性は高いでしょう。こうした観点から、一般に「評価」や「分析・解説」をウィキペディアに書いていくのはなかなか難しいです。例えば、「三冠の意義は薄れている」と私が解説に書くと、本当かよ、ということになりますが、「○○という本には三冠の意義が薄れていると書いてある」と書けばこれは事実です。
- 繰り返しますが、これらの話は、eraharisiさんの考察が合ってるとか間違ってるとかいう話ではないです。個人的には、「イギリスではもう三冠を達成することは多くの馬主にとって最大の目標ではなくなっている」とか「有力馬はダービー、KQ、凱旋門賞へすすむ」とか「日本では相変わらず三冠達成が至高の目標である」とか「でも以前よりは唯一無二の目標ではなく、大昔は短距離馬でもなんでもとにかく三冠に出たけども、今はそうでもない」というような大筋には異論はないです。しかし異論はなくても、同じように思っていても、それでもやっぱりそう書いてある出典を示さないと、書くのはなかなか難しいということです。
- たとえば「2000ギニーのあとはダービーに出るのが通常だ」と書くときに、何を以って「通常」と判定するのかは難しいと思います。「2000ギニーの優勝馬は次にダービーに出走することが(そうでない場合より)多い/少ない」ということは事実として検証可能です。しかし、「通常」かどうかを決めるのは「優勝馬」だけが基準とは限りません。1着馬だけが次にセント・ジェイムズ・パレス・ステークスに出ても、本命で負けた馬や2着から8着馬までが全部ダービーに駒を進めたならば「2000ギニーのあとはダービーに出るのが普通」と言ってもいいかもしれません。これも、こうやって検証していくことは困難ですが、そのかわりに、どこかの本で「2000ギニーの後は普通はダービーに出る」と書いてあれば、それを根拠にしちゃえばいいわけです。
- 「2000ギニーを勝った馬がその後もマイル路線を歩む傾向」というのは確かにあると思います。しかしそれは私達が判断することではなく、「そういう傾向がある」と書いてあるものを持ってこなければなりません。そうでなければ、ひょっとしたら2000ギニーのあとにエプソムに向かわず愛2000ギニーに向かうのは、マイル路線志向なのではなく方違えなのだ、と言っちゃうことだってできちゃうかもしれません。
- ウィキペディア内の数々の競馬記事を見て回ると、実は全然出典が示されていないものがあふれています。以前は、今ほど出典に関するルールが厳密ではなかったということもあるのですが、そのぶんを差し引いても、出典が示されていない記事・記述はたくさんあります。が、それがいいか悪いかで言えば良くはないでしょう。
- eraharisiさんは、競馬に関して十分な経験と見識をお持ちだと思っています。ここらへんのウィキペディアの独特の習わしに慣れてしまえば、素晴らしい執筆者になっていただけるだろうと思っています。よろしくお願いします。--零細系統保護協会(会話) 2014年1月4日 (土) 08:31 (UTC)
大変貴重なお話をありがとうございます。このウィキペディアの世界に全く慣れていない私ですので、お手数をおかけしましたことをお詫びします。出典物と言われると昔は持っていた本がその多くを廃棄したので、こんなことなら残して置いておけば良かったと後悔しています。これからは十分に注意しながら、また記憶違いの無いようにしていきたいと存じます。この後ともよろしくお願いします。 eraharisi
長きに渡り出典が示されなかった記述を一斉除去しました
[編集]出典の明記テンプレートが2009年より貼付されているにもかかわらず出典がまったく示されなかったため、本文を除去しました。6年も経過しているため、猶予期間は過ぎたと考えます。なお、今後も信頼できる情報源による出典が明記されず記事本文も充実しない場合は、しかるべき時期に削除依頼を提起します。--HOPE(会話) 2015年6月11日 (木) 12:29 (UTC)
注釈について
[編集]膨大な量の注釈がついていますが、整理が必要ではないでしょうか。「^ 日本馬唯一の凱旋門賞2年連続2着、三冠馬唯一のグランプリ秋春連覇及びグランプリ3勝。」や「^ 皐月賞及び同競走でレコード勝ちしており、レコード勝ちを2度記録しての三冠達成は2022年現在唯一。また、クラシック競走レコード勝ち馬による三冠は2022年現在最後。」、「^ 自身の誕生日に二冠達成した初の騎手」など、それだけ条件を絞れば唯一になるでしょうというようなものや「中央競馬クラシック三冠」の記事に記載することがふさわしいか疑問に感じるものが見受けられます。--みやここんぶ(会話) 2024年9月26日 (木) 13:35 (UTC)
- 反応がないので続けたいのですが、以下については11月を目途に削除したいです。
- 基準としては「三冠馬のうち唯一〇〇で勝利」のように、日本競馬の中で特異性がなく無理やり三冠馬のなかで比較するようなものは不要と考えています。ご意見あればいただきたいです。
- ^ 当時は2歳戦が行われなかったため、史上唯一となるデビュー年での三冠達成及びデビュー年で引退した三冠馬となった。
- ^ 三冠馬唯一の横浜競馬場開催の皐月賞勝ち。
- ^ 同レース史上最大着差を記録。
- ^ 三冠馬唯一の旧:天皇賞(秋)(東京芝3200m)勝ち。
- ^ 二冠馬が菊花賞で1番人気とならなかったのは史上初で、2023年現在も他にタニノムーティエのみ。
- ^ 同じ騎手が全競走に騎乗した初の三冠馬。
- ^ 三冠馬唯一の現:天皇賞(秋)(東京芝2000m)勝ち。
- ^ 同じ騎手が全競走で騎乗した2頭目の三冠馬。
- ^ 三冠馬唯一の有馬記念連覇達成。
- ^ 同競走でレコード勝ちしており、結果的にレコード勝ち経験馬として初の三冠達成を果たした。
- ^ 無敗で皐月賞・東京優駿の二冠はトキノミノル・コダマに次ぐ3頭目。
- ^ 無敗で菊花賞優勝はクリフジ以来41年ぶり2頭目。
- ^ 皐月賞及び同競走でレコード勝ちしており、レコード勝ちを2度記録しての三冠達成は2022年現在唯一。また、クラシック競走レコード勝ち馬による三冠は2022年現在最後。
- ^ オルフェーヴルの管理調教師・池江泰寿の父。
- ^ 2023年現在最後となる、同じ騎手が全競走で騎乗した三冠馬。
- ^ 無敗で皐月賞・東京優駿の二冠はトキノミノル・コダマ・シンボリルドルフ・トウカイテイオー・ミホノブルボンに次ぐ6頭目。
- ^ 無敗で菊花賞優勝は上記のシンボリルドルフ以来で史上3頭目。
- ^ 国内の全競走で池添が騎乗。
- ^ 三冠馬唯一のグランプリ秋春連覇及びグランプリ3勝。
- ^ 海外レースで勝利を挙げた初の三冠馬(2012年フォワ賞)。
- ^ 東京競馬場開催の皐月賞・東京優駿を共に制したのはメイズイ・シンザンに次ぐ3頭目。
- ^ デビュー2戦目を除く全競走で福永が騎乗。
- ^ アメリカ三冠ではギャラントフォックスとオマハの父子が三冠を達成しているが、どちらもデビュー戦にて敗戦している。
- ^ 2023年現在、年度代表馬制定後に同賞を受賞していない唯一のクラシック三冠馬および無敗二冠馬(コダマ・トウカイテイオー・ミホノブルボンも年度代表馬を受賞しているため)。
- ^ 2023年現在、有資格初年度に殿堂入り出来なかった唯一の三冠馬(セントライト・シンザンは顕彰馬が制定された1984年、ミスターシービー・シンボリルドルフ・ナリタブライアンは引退の翌年、ディープインパクト・オルフェーヴルは引退の翌々年に殿堂入りしているため)。
- ^ 有馬記念創設後、同競走に未出走のまま引退した唯一の三冠馬(2023年現在)。
- ^ 牡牝合わせてシンザン以来2頭目の、複勝率100%(生涯3着以内)の三冠馬。
- ^ 無敗で皐月賞・東京優駿の二冠は父ディープインパクト以来で史上7頭目、親子で無敗二冠以上はシンボリルドルフ・トウカイテイオー以来史上2組目。
- ^ 無敗で菊花賞優勝は父ディープインパクト以来で史上4頭目。
- ^ 2023年現在唯一、三冠達成年に引退した三冠牝馬。
- ^ 古馬開放後を含め、エリザベス女王杯に勝利した唯一の牝馬クラシック二冠馬(2023年現在)。
- ^ 2022年現在唯一となる、同じ騎手が全競走で騎乗した三冠牝馬。
- ^ 最終戦で1番人気でなかった二冠牝馬はスウヰイスー・カネケヤキ・ベガに次ぐ4頭目、かつ2023年現在最後。
- ^ 1戦を除き全競走で蛯名が騎乗。
- ^ 福島競馬場デビューで唯一の三冠牝馬。
- ^ 古馬GIに勝利した初の三冠牝馬。
- ^ 同競走でレコード勝ちしており、結果的にレコード勝ち経験馬として初の牝馬三冠達成を果たした。
- ^ 下記のアーモンドアイに抜かれる迄はウオッカに並ぶ牝馬最多タイ。
- ^ 牡馬混合重賞に勝利した初の三冠牝馬。
- ^ 三冠牝馬唯一の有馬記念制覇。
- ^ 三冠牝馬としては初めて、ラストランの競走で勝利。
- ^ 牡牝を通じて、海外GIレースで勝利を挙げた初の三冠馬(2014年ドバイシーマクラシック)。
- ^ 乗り代わり有りでの牝馬二冠はブラウニー・スウヰイスーに次ぐ史上3頭目。
- ^ 同競走でレコード勝ち。
- ^ 自身の誕生日に二冠達成した初の騎手
- ^ デビュー3戦目を除く全競走でルメールが騎乗。
- ^ 牡牝混合GI5勝はウオッカに並ぶ牝馬最多タイ。
- ^ 3歳牝馬としては史上2頭目の年度代表馬。
- ^ 三冠牝馬唯一の天皇賞制覇、牝馬及び三冠馬唯一の天皇賞2勝。
- ^ 同競走でレコード勝ち。
- ^ 外国人騎手による牝馬二冠は史上初。
- ^ 1戦を除き全競走で松山が騎乗。
- ^ 無敗で桜花賞・優駿牝馬の二冠達成はミスオンワード以来63年ぶり2頭目。
- ^ 無敗で秋華賞を含む二冠以上の達成はカワカミプリンセス以来14年ぶり2頭目。
- ^ これにより、桜花賞・優駿牝馬を制した二冠牝馬が4頭連続で牝馬三冠を達成した。
- ^ 無敗のままGI3勝はシンボリルドルフ・ミホノブルボン・ディープインパクト・コントレイルに続く5頭目で、牝馬では史上初。
- ^ 自身の誕生日に三冠達成した初の騎手
- ^ 阪神ジュベナイルフィリーズ優勝馬としてはアパパネ以来の三冠牝馬。
- ^ 同じ種牡馬が2年連続で二冠牝馬を輩出したのは史上初(前年の二冠牝馬はスターズオンアース)。
- --みやここんぶ(会話) 2024年10月16日 (水) 12:09 (UTC)